2.1
進藤は柏駅前にあるファミレスで浅井の到着を待っていた。店内はもうすぐで昼12時を迎えるからか8割近くの席は埋まっていた。殆どがグループでテーブル席に一人で座っているのは進藤だけだった。
店の透明な扉が動き、浅井が入ってきた。すぐに店員が近づくが、待ち合わせと言ったのかすぐにいなくなった。進藤は手を上げ、浅井を呼んだ。
「おう、久しぶり」
「お疲れ様です」
浅井は別に笑顔を見せるわけでもなく、進藤の前に座った。
「何か食べたいのあるなら言えよ。こっちがお金出すから」
「いえ、そんな。あの、あまり具体的に何の話をするのかわからないままここに来たので」
「良いんだよ。焦ったって意味はない。ゆっくりだよ。ゆっくり」
進藤は念を押すように言い、浅井は「はぁ」と小さくつぶやいた。
「いきなり昨日連絡が来て、正直驚いてます。仕事のときにもこんなことはなかったのに」
「いや、俺が会社をやめてもう4ヶ月は経って、君も1ヶ月もうすぐで迎えると思うけど会社をやめてどうしてるのかなぁと思ってね」
「そんなのメールとか電話でいいじゃないですか」
「冷たいことを言うのはやめよう。面と向かって話す。それもいいじゃない」
テーブル脇に置かれていたメニュー表を浅井の前に広げ、何を食べたいと進藤は聞いた。浅井は「じゃあマルゲリータピザで」と言った。
「たくさん食わないと成長しないぞ、って親戚の親父に言われなかったか?」
「言われたような言われなかったような」
「今のお前には食事より今回の件が気になっているようだけど」
呼び出しボタンを押し、注文を聞きに来た店員にマルゲリータピザ、チーズハンバーグセット、ドリンクバーとご飯のセットを頼んだ。店員は注文を聞いたあと、乱雑に置かれていたメニュー表をすばやく片付け、足早に厨房へ消えていった。
「浅井は今、何かやってるの。転職活動とかアルバイトとか」
「いや、あまりそういうのはもう良いかなって」
「それじゃあお金はどうしてるんだよ」
「貯金です。崩してるんです。今月と来月はまだ大丈夫です。多分」
浅井の多分が鼻についたのか、
「多分じゃだめだろ。実家にも帰ってないだろ」
「ここに引っ越ししてから一度も」
進藤は背もたれに腰掛け、はぁと息を大きく吐いた。
「お前、秋田からこっちに来てるんだろ。親御さんも心配してるだろ。電話とかは」
「少しは来ます。でも以前来たのはもう半年以上前で」
「帰れない理由とかは、金か?会社をやめたって言えないからか?」
進藤の問に少し間をおいて、浅井は搾るように話した。
「いや、気まずいんです。小さい頃から」
「・・・まあ、気持ちはわかるところもなくはない。俺だって会社をやめたってつい最近言えたから良いけどさ。でもお前、まだ成人式にも行かなかったんだろ。それはどうよ」
「良いんです。どうせ行ったところで何も起きませんし」
「いやそう言われるとさ。俺もなにかありましたかと聞かれると、きれいな子が多いなぁぐらいしか覚えてないもの」
進藤は、じゃあドリンクバーに行ってくると言って立ち上がった。浅井はこの間にいろいろ気持ちを落ち着かせようと必死だった。
浅井と進藤は以前勤めていた会社の先輩と後輩だ。年齢差は6歳ほどで、浅井が最初に配属された部署の先輩だったのが進藤だ。進藤は、新人教育係として約半年近く浅井にいろいろ教えていった。
このとき同期はあまりいい先輩を引かなかったと後悔するやつが多かったのに対して、浅井は進藤の独特のテンポや喋りに引かれ相談事をすることも多かった。また地元が同じ飽きたであることも大きかったような気もする。事実、会社を辞めると最初に相談をしたのも進藤だった。
「ああ、良いんじゃない。俺も来月でやめるし」
フランクに発せられた言葉にとてもショックだったのを今でも覚えている。
その後、進藤が退職したあとは4ヶ月近く頑張ったが、結果やめることにした。
それ以来連絡も、街中でバッタリ会うわけでもなく、今日いきなり会うことになったことは浅井にとってはあまり良いものではなかった。人と一対一で話すのは会社を辞めて初めてに近かった。
「おまたせですよ。はいコーラ」
「ありがとうございます」
二人が向かい合ってストローに口をつけ、飲み物を飲むというのは傍から見たらほぼ見世物に近い。
グラスを置いた進藤は何かを思いついたように話した。
「まあ、ここからなぜ君に来てもらったのかという本題にも近くなるんだけども」
浅井は、回りくどいなと思ったが黙って聞くことにした。
「俺がさ、金を出すから秋田に帰らないか」
浅井は思わずのことにストローを加えたまま固まった。
「そんなことできませんよ。第一お金を借りるなんてできませんし。まず、進藤さんだってお仕事とかどうしてるんですか。お金あるわけでもないですよね」
「確かに仕事を辞めてからはっきりとした就職をしたわけでも、お金が湧き出る泉を見つけたわけでもないんだどさ」
このタイミングで店員がやってきて、「チーズハンバーグとご飯ですね」と言って進藤の前に置いた。どうもと律儀に店員に挨拶をした進藤は、すぐにフォークとナイフを取り出しハンバーグを切り出した。真ん中から切ったハンバーグからはチーズがこぼれ、鉄板が大きく音を鳴らしていた。
「進藤さんも秋田までの交通費なんて簡単に出せるほど安くないってわかりますよね」
ハンバーグを大きく開いた口に入れ咀嚼し始めた進藤は、飲み込むまでずっと浅井を睨む、眉をひそめるような顔を繰り返した。そして、飲み込んだ。
「最近、雑誌記者をしている知り合いから仕事の手伝いをしてほしいって言われてるんだ」
「・・・雑誌ですか。週刊誌とかですか」
「そうだね。そういうところだろう。会社を辞めるタイミングから一気に仕事をもらって、終わったらお金をもらうという、契約でやってるんだけど、その知り合いから面白い事件があるからちょっと一緒に協力して調べたいと言われたんだ」
「それが僕の実家に帰るというのとは何が関係するんですか」
「その事件が秋田なんだってさ」
浅井は「はぁ」とほとんど適当な返事をした。
「実家に帰らなくても良い。だから俺と仕事を一緒にやってほしいんだ」
「何か変なセミナーとかの教本とか売りつける気ですか」
「しないよ。ましてや嘘くさいセミナーほど毛嫌いしてるんだから」
進藤はまたハンバーグを口に入れた。少ししたあと、マルゲリータピザがやってきて、テーブル上は華やかな洋食だらけになった。浅井は一切れ手に持ち、口に入れ飲み込んだ。トマトの味がした。ような気もする。
「具体的になんですか仕事って」
「いや仕事っていうほど堅苦しいものじゃない。ただ、その現場に行ってボイスレコーダーで近くの街の人のインタビューやら現場と思われる写真を撮って知り合いに送るってだけさ」
「報酬は。いくらですか」
「報酬って映画の007じゃないんだから」
進藤はふっと笑った。
007に報酬の描写があるのか知らないが「ははっ」
と適当に笑った。
「知り合いが言うには、週給で5万。もちろん価値のあるものを送った場合」
浅井は本音を言うのなら来月には確実に今のアパートを追い出されるだろうと。ご飯を食うのもままならないだろう。来週になったらアルバイトを始めよう。そう思っていたところだった。
「5万ですか」
「太っ腹だよね。秋田に行けってなったら交通費も出すから言ってほしいって。ふざけんなよって思ったよ。いつも扱き使いやがって。取材が神奈川の方で、小田急の終点、唐木田から鈍行で帰ったというのにその時は2千円だぜ。家まで帰ったら残ってるの数百円だっての。もう少し平たく良い金額を出せってんだ」
進藤は今までの苦しみや辛さを思い出したのか饒舌になった。
「・・・わかりました。少し考えます。あと、もう一つ聞きたいんですが」
「どうした」
「僕をこき使うとか思ってないですか」
進藤はフォークで浅井を指し、
「俺と君は平等の立場だ」と鼻で笑った。