11.4
寮の中に図書館があり、夜の10時まで自主学習をすることができる。直接会うのには少し気が引けていたけど、図書館で勉強をしていたところで偶然会ったという体で会うことになった。
結衣と会うのは久々だ。夏休みや冬休みの時期に実家に帰るときに会って少し話をするぐらいなので、こんな時間で学校内でわざわざ会って話すのは何処か落ち着かない。
柴田さんはずっと結衣と私が仲良くないことを気にかけていた。「子連れ同士で結婚すると大変だもんね」とまるで経験をしてきたかのように言われたこともあったが、そのときは「そうだね」と返した。そこまで周りに仲良くしているところを見せつけないといけないのか。世間は面倒だ。
図書館内は本をめくる音とカリカリとシャープペンシルの書き込みの音でいっぱいだった。テーブルも多く用意されているが一人だけで勉強している人が多い。
入口側の方からずんずんと奥の方へ進んでいくと結衣が本を読みながら私のことを待っていた。テーブルには結衣一人だけだった。
「久しぶりだね」
周りの人から顰蹙を買わないように小さな声で結衣に声を掛けた。私の発した声は結衣の耳に届いたようで、読んでいた本を閉じ、顔を私の方に向けた。私の顔を見て、笑顔になった。
「薫、ごめんね。いきなりで」
私は結衣の前の席に座った。本棚から適当に本を取ってくればよかったなと後悔をしたが、結衣が話を始めた。
「本当に久しぶり。冬休み以来?」
「そうだね。今まで学校で話をしようとは思ってなかったから。・・・どうしていきなり連絡してきたの?」
「薫が携帯を持ったって聞いたから」
「連絡先は誰から?」
「お父さんだよ」
そう、と小さく返した。結衣から聞いたのか、あの人から言ったのかは知らないがあまり気分は良くなかった。
「こうして連絡も取れるようになったから、私の考えを聞いてもらおうと思ってね」
結衣は少し嬉しそうに話した。顔も何処か微笑んでいた。それに足して私は仏頂面だ。
「考えって何?」
私が聞くと、彼女は少し前のめりになった。
「長期的な計画なんだけどね」
「・・・就職とか進学に関すること?」
私がそう言うと彼女は少し笑い、
「そんなんじゃない。あなたが言ってた、お父さんがあなたのお父さんを殺したこと」
思わずのことだったので、じっと結衣の目を見てしまった。この子はいきなり何をと思ったが、どこか冷静な自分もいた。
「それに関してちょっといろいろとやってみようと思って」
「どうしてまたそんな」
「お父さんね、あまり私のこと、好きじゃないってことがわかったの。最近なんか他の女の人に興味があるみたいで、それでカチンと来てね」
愛人のような言い方だなと心の中で思い込んだ。結衣は、「ちょうどいいと思って」と付け加えた。
「怖いことを言うのね」
「私は薫のことが好きなの。でもあの人は薫に酷いことをしたんだって思うと、どこかで『ああ、殺してあげないと』なんて」
漫画の読みすぎか想像力が豊かすぎてサイコパスな人格を演じたがっているのかわからない。でも、その考えはどこかわかってしまう自分がいる。
「・・・具体的に何をするのかわからないけど、あまり乗り気になれない」
結衣はそのままだった。ショックを受けたような素振りを見せず、逆にもっと前のめりになったような気もする。
「あの人を少し懲らしめるというのが正しいかな」
「ちょっと感情的なんじゃないの。いや、あの人があなたに何をしたのかもよくわからないからあまり突っ込んだ話もできないけど」
「あの人はずっと私達のことを利用してきたんだって、この前やっと気づいた。実家に帰ったときに喧嘩をして、あの人は大きな声で叫んだの。『お前は俺の子供なんだからな。俺の評価を下げることなんかするんじゃねぇよ』って」
「喧嘩ねぇ」
「小学5年のときからあなたから『あいつが嫌いだ』なんて一回言われたことを思い出してね」
私は彼女の話を聞くことにした。
「私ね、思ってるの。こんなバカげた学校にいて、見たこともない会長なんてやつを信じて。これが私の望んでいる人生なのかとかって」
「それであの人を懲らしめて、人生にアクセントをつけると」
「なんらかの行動が必要だと思ってる。薫もそうでしょ。少しやってみたいと思わない?」
彼女の言葉を聞いて、鼻からふうと息を漏らす。
「それはそうだけど。でもどこか諦めた」
そう、諦めた。あいつはお父さんを。
目線が下に向いていることに気づく。
「ねぇ、私達も高校3年だよ。親から離れるべきタイミングだと思うの」
「離れるねぇ」
背もたれにかかると、一緒にやってやっても構わないのではと考え始めていた。あの人を懲らしめる、なんなら殺してみる、お父さんと同じ場所にバラバラで置いてやっても構わない、と。
ただ、それは立派な犯罪だし、思春期の女の子がお父さんのことが気に食わないから非行に走るようなもの。彼女もあいつから何をされたのかはわからない。
結衣は何も言わずに考えている私を見ながら、
「一つにこれは長期計画なので、年単位で進めていこうと思ってるの」
勝手に話が進もうとしているが、私は何も言わなかった。
「卒業したら二人で暮らそう」
「二人で?」
思わず聞き返した。
「一緒に暮らしていればやりたいことも直ぐにできる。しかも、私達、よく似ていると言われるからそれも利用できる」
「そこまで言うの」
「私は本気だよ。お父さんを懲らしめて、私達は独立する。私も薫もどちらにもメリットが有る」
メリットねぇ。天井に目線を移すと蛍光灯がチカチカともうすぐで切れそうだ。じっと見ていると、なぜか過去のことがテープの巻き戻しのように頭の中に映り始める。
心の何処かで、諦めているふりをしながら、いつかこんなチャンスが来ればいいなと強く思っていたんだ、と過る。
全力で走って逃げたこともお父さんの事を埋めたことも、自分の感情を私にぶつけてきたり。忘れるわけないもの。
でも、私は感情的になってはいけない。
そうだ、彼女の遊びに付き合う。
それだ。
それで、ついでに。
都合が良いように進む世の中ではない。
私は彼女の思いつきの行動に渋々付き合う。
「具体的にどうするの」
結衣は私がそう言ったことで、一瞬目が点になっていたが、嬉しそうに話し始めた。
「最近、お父さんは工藤って人を目にかけてるみたい。その人を利用する」
「ああ、実家に帰ったときに一回あったことがある。でもあんまり覚えてない」
「あの人は今、会の改革をしようと必死。この前も岩手の支所長が会の費用を不正に利用しているなんて公表して辞めさせてる。昔からの幹部も恐れるぐらいって言われてる。だからそれを利用して、あなたが見てきたお父さんの事を公表させようと思ってる」
結衣は自信があるのだろう。淡々と話してくれたが、
「でも、もしうまくいかなかったら」
と結衣に心配事を伝える。結衣は胸を張るように、
「大丈夫、物事は全て上手く進むようになってるから」