11.2
私はずっと考え事をしていた。高校3年生になって、就職はどうするなどと何かに没頭することはあるけれど、この感覚は久しぶりだ。
周りの音が一瞬にして消え、目の前には考えたいことだけが浮かび上がっている。ただ、どこか遠くから「ねぇねぇ」と呼びかけている声がある。
その声に振り向くと、目の前で柴田さんが必死に呼びかけていた。
「どうしたの、なんか急に一点だけ見ていたけど」
「あ、ごめん・・・」
「大丈夫?」
「大丈夫だよ。ちょっと考え事」
宇都宮駅から車で30分以上のところに私が通っている学校がある。この学校は全寮制の学校で、信教世界が運営する。今は夕食の時間で、柴田さんと二人で食堂に来ていた。
夕食の時間の前に、あるメールが届いていた。その内容が頭から離れなかった。
「ねぇ。薫ちゃんは、就職はどうするの?」
「就職?事務がいいかなって」
「事務ってまた微妙なところだねぇ」
「仙台支部が空いているみたいだから、あとお父さんもいるし」
柴田さんは、「いいなぁ。使える親がいて」と足をジタバタさせた。
この学校は会が運営する大学や専門学校に進学するか、支所や支部といった会に関連する仕事に就職するかを選ぶのが普通で、私は後者を選んでいた。ただ、就職と言っても親が幹部であったりと力を持っていればそれだけ『良い仕事』に就くことができる。
「そんな親でもないし」
「でも薫ちゃんのお父さんって青森とか栃木とかで支所長をやったことがあるんでしょ?十分、力持ってるじゃない」
父と柴田さんのお父さんとは何回か会ったことがあるらしく、彼女は父の経歴を少し知っていた。
「でも、私この学校に転校してきてからそこまで仲良くないから」
「えぇそうなの?」
柴田さんはどこか、ああもったいないという表情をしていた。そこまで使える親じゃないんだよと付け加えようとしたが、自分の利益になるとは思えない。
「私はそこまで親とかと仲良くないから」
「就職活動で携帯を使えるようになったじゃない。それで連絡とか取らないの?」
携帯電話をやっと高校3年になってから手に入れた。他の子達が聞くと卒倒しそうな話だ。この学校はどこか外部情報を入れることを恐れているところがあるのか、携帯電話やインターネット端末の所持を厳しく禁じている。例外として進学、就職前の高校3年生だけは通話機能とメールのみの制限をつけた携帯電話の所持を認めている。
「連絡先知らないし」
「じゃあ、結衣ちゃんは?」
「話すことなんてあまりなかったから」
「そう。私から見たら二人は本当に姉弟に見えるのね。顔も声も似てる。でも、そうか、本当の兄弟じゃないと仲良くはなれないよね」
柴田さんは自分で話を終わらせた。彼女は結衣の存在を知っている。一度だけ、結衣と二人で実家に帰るときに駅で会ったことがある。その時の驚きの顔をよく覚えている。
私は、結衣と似ているなどと一ミリも思ったことはない。
私達はご飯を食べ終え、自分の部屋に戻った。いつもなら共同生活と称して二人共同部屋で、佐藤さんと同じ空間を共有している。ただ、佐藤さんは東京で進学説明会を受けに行っているので今日は私一人だ。
この日はとても都合がいい。夕食の時間の次には教育のDVDを見る時間だ。いつもなら適当に流し見をしておしまいにしているが、今日はそんなことなんかに興味を移すことなど出来なかった。
私は携帯電話を取り出し、メールのボタンを押した。携帯電話会社や柴田さんからのメールが何件か届くぐらいだったが、今日新たに一件ショートメールが届いていた。
『結衣です。話したいことがあるんですが』
驚いたが、冷静に考えれば相手が連絡先を知るタイミングなどいっぱいだ。
ショートメールは電話番号を利用する。親が何らかのタイミングで教えたのだろう。
午前中に届いていたメールに返信する言葉を考えていた。結果、こんな夜遅くまで悩み抜いた結果、
『なんでしょう』と適当な返事のように送り返した。
返信は思ったより速かった。2分程度だっただろうか。
『電話は大丈夫ですか』と書かれている。
『大丈夫です』と私も送り返す。
すぐに携帯電話がヴァイブレーションで動いた。電話番号が画面の中央に表示されている。知らない番号だったが、着信ボタンを押した。
「はい」
「夜遅くにごめんなさい。携帯電話、持ったと聞いて」
「こっちもごめんなさい。なんて送り返せばいいかわからなくて」
「今は、寮にいるの?」
「うん。いつも一緒の子は東京に行ってる」
「そう」
相手が話すのを止めると、スピーカーの奥から小さなピーという音が聞こえる。相手は話す言葉を必死に考えている。
「あの、なにか用でもあるの」
「いや、できれば会えないかなと思って」
「どうして?」
「ちょっと私の考えを聞いてほしくて」
「はぁ」
私は相手が見えないと不便だなと時代遅れの考えを巡らせた。