11.1
池袋は東京の中でもゴチャゴチャしていると僕は思う。東に西武で西に東武、もうグチャグチャである。こんな場所はあまり好きじゃない。通る人通る人みんながどこか疲れている顔をしながら東武東上線の南口に吸い込まれていくのはなんともおかしい雰囲気だ。平日の木曜日の昼12時前だから?そんなのはもしかすれば関係なく、東京のどこでも繰り広げられている景色なのだろうか。
池袋ウェストゲートパークなんて名前の格好はいい場所で、ある人を待っている。バスのロータリーに近いのでざわざわとしている。
今日、待ち合わせをしているのは彼女でも何でもなくただの取材相手を待っているだけである。
浅井から、真田さんへ取材をしたいというのを取り付けた。結局、僕と平崎さんの押しの強さに負け、浅井に連絡をさせ、ここまでたどり着いた。
「進藤さん、あまり変なこと言わないでくださいね」
と浅井に不審な顔をされながら言われたが、「何もしねぇよ」と言い返すしか出来なかった。
噴水の周りのベンチに資料が大量に入っているリュックサックを抱えるように座っていた。
じっと待っていると、
「あのぉ」と遠くから声を掛けられた。
声の方向に振り向くと、女性が立っていた。
「あ、真田さん?」と聞くと、「はい」と笑いながら返事をしてくれた。
来ていたジーンズに砂がついていることに気づき、手で払う。いつも気にしているのは格好だ。
「どうも、週刊誌の記者をしている進藤と申します。いきなりの連絡で大変失礼しました。今日は大丈夫ですか?用事とか」
真田さんは小さく、首を振り、
「いえ、お話を聞きたいなら協力しますよ」
「そりゃ良かった。ここじゃあなんですからカフェとかに」
池袋駅の中を人混みをかき分けながら、吸い込まれるように西武百貨店へと足を踏み入れ、そのまま8階へと上がった。最初はカフェでもと言ったが、
「進藤さん、お好きなところで大丈夫ですよ」と真田さんに言われた。
「そうですか。なら、おすすめの店があるんですよ」と言って回転寿司に行くことにした。取材で回転寿司なんてと一瞬思ったがそれはそれだ。
真田さんも思ったより乗り気で、「良いですね」と少し微笑みながらも僕に付いて来てくれた。
回転寿司はとても盛況だった。店内に入るために30分近く店前に設置されていた椅子に座り行列に並んだ。
店内に入るまでの間に真田さんへいくつか質問をした。
浅井はどんな少年でしたか?真田さんはどんな小学校時代を送りましたか?とやんわりとした質問を繰り返した。それに対しては嫌な顔を一切見せずに、ハキハキとした口調で答えてくれた。
彼はとても真面目な人、小学校のときはあまり感情を表立って出そうとはしませんでした、と話してくれた。その間、僕はただ相手の話を聞くことに注力した。
店内に入るとカウンター席に通され、二人並んで座った。おしぼりを渡され、手を拭いたり、箸を準備したりと、周りがどう見ても寿司を食べに来ただけの男女に見えるだろう。まさか回転寿司で取材をしようとするやつなんているとは思えない。
眼の前をキレイなマグロやサーモン、サバが流れていく。
先程の話で、家族の話になった。あなたの両親はどういう人でしたかと。途中になってしまったが彼女が話を続けた。
「私の父は少し、厳しい人で」
「ああ、そうですかぁ」
僕は一生懸命にマグロを醤油につけ、口に運んだ。ある程度飲み込んで、
「勉強しなさいとかうるさく言ってきたりしたんですか?」と聞く。
「そこまでではなかったかなと。でも成績とかはよく気にしていましたね」
彼女は前を走る寿司には目もくれずに答えた。「頭のいい子は就職とか進学に有利な推薦をもらうんです。でも私はもらえなくて」
「・・・なるほど」
僕は続けてサーモンを取った。
「僕は全然だめで。変な成績しか取れませんでしたよ」
ハッハッハと笑ったが、彼女は一緒に笑うことはなかった。
話の流れを取り戻すように彼女が、
「父は私のことをどう思っていたのかわかりませんが、あまり好きではなかったと思います」
僕はその言葉を聞いて、「うーん」と言葉を選んだ。
「普通のお父さんだったらそんなことはないと思いますけどね」
「そうですかね」
結局話は止まった。
わざわざ浅井を通して取材を申し込んだのは暇つぶしでも何でもなく、自分の中で確認したいことがあるからで、単に寿司を食べに来たわけではない。もう少しコミュニケーション能力に長けていればよかったのにとは思うが。
「真田さん、ちょっと変な質問をしますけどね」
こう切り出すと彼女は、「どうぞ」と言い返した。
「念の為なんですがね、お父さんの名前を教えてほしいんです」
「父の名前?」
「ええ」
「・・・ケイです。京都の京と書いて」
「名字は?」
「荒川ですけど」
背もたれにかかり、彼女の方を見た。彼女も私の方へ顔を動かし、注目をする。
「真田さん、姉弟いますよね」
彼女は一つ間を置き、「それが、どうしたんですか」と切り返した。
「どうもしませんよ」と小さく笑い、「別に聞いてるだけですから」と付け加えた。
彼女はまた流れる寿司の方を向いた。
「何を目的に聞いてるのかさっぱりで」
「ずっと気になってたんです。あなたのお父さんと名字が違う」
「それは離婚をしていて、他の人もよくあることだと思いますけど」
「そう。荒川京は一度離婚を経験している。それは私も知ってますよ。週刊誌の記者とかなんとかをしていればどうでもいい情報も手に入れたりしますからね」
リュックサックを取り出し、中から資料を取り出した。
テーブルの上に小さく広げた。
「まず最初に、これはあなたが会員の、信教世界の広報誌です」
3年以上も前の広報誌を、彼女の前に置いた。4月の特集号と書かれている。彼女はゆっくりと手に取るも、中身を見なかった。
「これがどうしたんですか」
「毎年4月と10月になれば、各支所や支部の幹部が写真付きで紹介されるんです。その広報誌には荒川京の名前が載っている。ここ、顧問という欄。渡したのは4月のです。でも、10月には載っていない」
「当時のことはよく覚えていませんし、父がどんな行動をしていたのかそこまでわかりません」
「でもこの時期に、あなたのお母さんは、お父さんの行方不明者情報をインターネット上で上げている」
彼女は無言でまた流れる寿司の方を見ている。何もいわないでずっと僕の話を聞いていた。
「京さんのことも、あなたの本当のお父さんのことも。できる限り調べようと思ったんです」
彼女の方に体を向けた。ただ、相手はそのままの状態だった。
「あなたのお父さん、消息不明じゃないですか」
彼女は頭をこちらに動かし、初めて目を合わせた。少し微笑み、
「私は知りません」と答えた。
僕は頬が気のせいか痒く感じた。頬を掻きながら、
「家族の関係にまで私みたいな姑息な週刊誌の記者なんかは踏み込めない。でも知っているはずです。あなたは本当に真田さんなんだから」
彼女は何も言わず、こちらを見ていた。
「大丈夫、格好つけて話しただけですから」