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Global Boy Central  作者: 安達 ユウヘイ
6 Destroy the Utopia
28/49

6.3

 事務室には扉が2つある。1つは店内に、もう1つは外の駐車場へと繋がる扉。店内へと繋がる唯一の扉は平崎が占拠していた。


 午前3時を時計の針がとっくに過ぎているのに、雰囲気はあまりよろしくはなかった。

「死ぬべきだったな」とは安易に言うべき言葉ではなかった。それを聞いた平崎は「はぁ」と呆れたような声を出したのがどことなく印象的だった。


 悪かったよとも言う関係でもなく、だからといってこの息苦しい雰囲気の中ではどうしても居心地が悪い。

 事務室内に設置されているスピーカーから店内に入店音が鳴る。入店音とともに、平崎が店内へ吸い込まれていった。


 こんな時間にやって来る客なんか碌でもない。

 余り物の弁当を買っていくサラリーマンか、チンピラの若者ぐらいだ。

「ふぅ」と息を吐き、背もたれに全ての体重を乗せた。

 制服のシワ?

 姿勢の悪さ?

 もうどうにでもなってしまえ。

 

 事務室のもう1つの扉が、コンコンと鳴った。

 思わず、浅井は勢いよく立ち上がった。変に息を飲んだ。

 ホラー映画を見た時、よく女性がキャアキャア騒いでいるが、あれはやっぱり嘘だ。どうも人間は本当に驚いてしまうと声は出なくなるらしい。アルバイトを始めてからの経験上、この時間にこの扉をノックする輩は碌でもない。


 以前に一度、ノックをされ、開けたことがある。結果、金曜日の飲み会帰りのオヤジが家と勘違いしてここにやってきただけだったが、その処理が大変だった。店内への影響はなかったが、駐車場では吐くわ、泣くわで対処が面倒。半分、鼻を詰まらせながら対処したので当時の匂いは覚えていない。

 そして、今日。眼の前には未確認の物体がいることは確かだ。


 コンコンともう一度鳴る。キレイな二回のノックがこの空間を変な緊張感を高ぶらせる。

「どちら様ですか」

 浅井は恐る恐る聞いた。声が上ずる。ただ、それを笑う人間は今のところいない。

「進藤です」

 思わずの言葉に「えっ」と言うと扉の向こうからも「えっ」とこだまのように跳ね返してきた。


「久々だねぇ」

 進藤は笑いながら言った。「最近どうだった?」と調子よく聞いてくるが、

「まあ、ぼちぼち」と答えるだけ。

 何故、この時間に何の用も伝えないで、ヘラヘラと席に座っていられるのか不思議でならなかった。

「今日はどうされたんですか」

 浅井は少し、前のめりになって聞いた。


「いや、久々に会いたくなってね」

 それだけ?と聞きたかったが、「ああ、そうですか」と自分の意志とは反対の事を話した。

 テレビはとっくにテレビショッピングの時間を終え、深夜のニュースの時間へと変貌していた。30分のストレイトニュース。30分経つとまた同じニュースを垂れ流す。この時間帯にはスタッフの人も全員、仮眠やら準備やらをしているのだろう。所謂、休息の時間とでも言うのだろうか。


 じゃあ、自分はどうだ。さっぱりだ。この空間に変な緊張感を齎せた張本人は、腕を組み、口周りの筋肉を柔らかくしながらこの場所に居座っている。


 レジの対応が終わった平崎が戻ってきた。所定の場所なのだろうか、店内へ繋がる扉のところで立ち止まり進藤の方を向いていた。

「あの、この人、進藤さん」

 浅井が紹介をすると、進藤はどうもと言って頭を下げた。それに連れられてどうもと平崎も頭を下げた。


「店長と知り合いの」

「よくご存知で」

 進藤は嬉しそうに答えた。また、進藤はどうもと言って頭を下げ、平崎も無言ではあるがまた頭を下げた。


「何いつも二人で働いているのかい?」

 ニヤニヤしながら進藤が聞いてくるが、馬鹿にしているような聞き方だったので、

「いつもじゃないですよ」と邪険に言い返した。

「羨ましいなぁ」とあまり、進藤には言葉の中身までは伝わらなかったが。


「本当は別の用件ですよね。まさか、久々に会いたくなってが第一の要件なわけがない」

 そう言ったが、進藤はまだ、ニヤニヤと顔を柔らかくしたままの状態だった。

「そんなに次に次にって進んじゃダメさ。もっと順序良く行かないと」

「順序よくですか」

「ちゃんと話すよ」


 椅子を浅く座っていた進藤は、座り直し、背筋を伸ばした。それがどうもここまでの数分間、感じてきたものから一気の変わりようだったので、異様に違和感を感じた。相手は切り替えたのだ。

「いろいろ調べたんだ」

 浅井と平崎は、頭の上にはてなマークを付けたような顔をした。何を?と聞こうとする前に進藤が話し始めた。


「わからないのかい。真田さんのことさ」

 ああと声には出さなかったが、小さく頷いた。そうですか、調べたんですかと。平崎は全く、よく状況が分かっていないようだった。

「なんでまた、このタイミングで?もう、取材は数ヶ月前で終わったじゃないですか」

「だって、君が会いに行くって言ってたから」

 進藤は人差し指で浅井を指した。いつ言った?と頭の中で考えたが、見当も付かず、終いには頭を抱えていた。


「誰がそんなこと言うんですか」

 後ろにいる平崎の方を向いた。平崎は「私じゃないです」と全力で手を振り、否定をした。じゃあ、誰なんだ?疑うことばかりで精一杯だ。

「店長だよ」

 この空間に相応しくない明るい声で発した。あまりにも意外な所からの襲撃。

「何故、店長が」


 少し食い気味に聞いた。ただ、相手は冷静だった。そして簡潔に答えた。

「店長が君を見たらしい。それで僕に言ってきた。メールでね」

「何処で」

「船橋で」


 完全に当たっていた。恐れていたわけではなかった。別にバチが当たるわけでもない。ただ、何とも言えない。秘密がバレたような恥ずかしさとまではいかないが。

「まあ、それは別にいいさ」

「用件はそれではないと」

「君が直接、真田さんに会いに行ったというのは少し想定外だった。ただ、進展はしていないようだったし、タイミングも丁度いい時に重なった」

「何がですか?」

「誘拐事件について、はっきりとまではいかないけど、ある程度のところまで分かってきた」

 聞いた瞬間に「ある程度」と独り言を話すようにつぶやく。平崎はあまりにもよくわからない話が続いているので、まだポカンとしたままだった。そんな自分もポカンとしているのと同じだ。「それは、あれですか、犯人とかわかったんでしょうか」


 焦りが言葉ににじみ出ていて、体も変なジェスチャーを付け加え、相手に質問をした。

「いや、そこまでは全くわからない。ただ、彼女と彼女の新しい父親と前の父親。その関係がわかったんだよ」

 自信満々に、満面の笑みで言った進藤に、「へぇ」と言葉を漏らした浅井は、どこか力が抜けた感覚を覚えた。

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