1.1
誤字脱字等荒いところが多く大変読みづらいところもございます。
随時編集、更新してまいりますのでよろしくおねがいします。
八月の上野駅は、浅井の予想よりもサラリーマンで満帆になっていた。
ボストンバッグを片手に上野駅の新幹線改札口の前に立つ。
黒色の働きアリたちが作った風を全身に浴びながら発車案内板を見つめると新幹線の時間まで二十分程度だった。
その間は何をしようか考えたが、何も思いつくわけでもなかった。そのまま、改札の中に入り、新幹線内の駅弁屋とお土産屋に立ち寄り、ある程度のものを買った。弁当は牛肉弁当、飲み物はコーラ。それらすべてを袋に入れた。
世間がいろんなことに話題が移ろう中で、浅井はこの日の到来をとても、恐れていた。三年ぶりに秋田に帰ることにとても億劫な気持ちだった。浅井は以前勤めていた会社の先輩である進藤に秋田の実家に三年帰っていないと伝えた。
「知り合いが新たな道を進もうとしている中で、ある程度のことは支援しますよ」と進藤は満面の笑みで切符を渡してきた。
新幹線のホームは車両が東京から熱を持ってきたと思えるほど熱く煮えていた。体に染み込んでくる暑さに思わず、新幹線内で飲む予定だったコーラを開け、口に含んだ。少しだけ暑さが引いたかなと思うと、自分が乗る予定の新幹線が目の前に大きく、口を開けて出発の時を待っていた。
新幹線に乗り込むと自分と四、五人程度のサラリーマンと老夫婦のみが東京から先に乗っていた。
明るく新幹線独特なBGMと共に放送がかかった。
本日も東北新幹線をご利用いただきありがとうございます。次は大宮に止まります。
間もなく、大宮です。
放送を聞いてまた、固まったため息が浅井の口からこぼれた。もう、電車が止まってくれればいいのに。そんなことばかりを考えて、浅井は大宮到着前に目を閉じた。
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秋田駅の改札前には、お盆休みの時期もあってか人だかりができていた。「久しぶり」「元気だった」と色んな方向から聞こえてくる中、浅井は迎えに来るはずの人間を待っていた。遠目から人だかりの中でも身長が飛び抜けている人間がいた。ああ、あいつだと浅井はすぐに気づいた。
「おお、久しぶりだなぁ。浅井純平さん元気でしたか」
この人だかりの中ではテンプレートのようなセリフだ。そして浅井も、
「まあ一応ね。永島さん」
と答えた。
「車で来たのか」
と永島の耳に届くか届かないかぐらいの声でいうと、
「もちろん車ですよ。秋田まで来るの大変だったんだからな。秋田駅前、一方通行なんて知らなかったから道に迷ったぞ」
車は西口にある市営駐車場に停めたという永島についていく。西口にはイトーヨーカドーと西武百貨店の秋田店が待ち構えている。イトーヨーカドーには大きく「ありがとう」と看板がかかっていた。今年の秋頃に閉店をするそうだ。
閉店だからといっても浅井にはあまり思い出というのはなかった。
秋田駅前の通りは広く、屋根もかかっている。天候には左右されないこのアーケードには秋田県で数少ない百貨店となった西武百貨店がある。それにもかかわらず人は疎らだ。
改札前から駐車場まで、永島は幾つか聞いてきた。
「秋田に帰ってくるの久々じゃないか?」
「いや、そんなことはない」
浅井はとっさに嘘をついた。
「そうか。何回かメールを送ったじゃないか。バーベキューするから来ないかって。山口がやりたがっているからって。見てなかったのか」
永島は無意識なのかわからないがどこか問い詰めるような言い方だ。
「帰ってる時期が夏とかゴールデンウィークとかじゃないんだよ。9月とか2月とか。いろいろ申し訳ないね」
これも嘘だ。18歳の4月に秋田から千葉の柏に引っ越した。それ以来3年近く、秋田に一度も立ち入ったことはない。
「そうなのか?なら返事ぐらいくれたって良いじゃないか」
ごめんなと浅井は言うがここまでの会話の半分以上が嘘だ。すべて浅井自身の保身のためだ。永島は気分を変えたのか明るいトーンで話し始めた。
「まあ、いろいろあるんだろうけどさ。別にいいよ。ただ、今日の飲み会はしっかり参加の気持ちで居てくれよ。いいか?」
今日の18時に飲み会がある。飲み会という堅苦しい表現はどうかとは思うが、これも山口がみんなでご飯を、という思いで永島に提案をして実現をしたものだ。
「まあ、行くよそりゃあ。・・・行くよ」
ただ、3年のブランクというのは数字以上に大きいものだった。最初は浅井の気持ちの中にも楽しみはあったが、その日が近づいてくるほどその気持ちはすり減っていく。
「山口とか斉藤ケンとか楽しみにしてるぞ」
永島の声のトーンは上がり気味で楽しみにしているという言葉に偽りはないようだ。
西口にある市営駐車場の入り口。エレベーターで4階に向かう。エレベーター乗り口の前で永島と浅井は横並びでドアが開くのを待っていた。エレベーターは2基あるが両方共7階にランプが灯っていた。ふたりとも無口になり、一瞬静かになった。
「お前、仕事・・・どう?」
浅井は短めに聞いた。自分の話題ばかりだと話が続かない。
「どうって。どうもこうもないよ。面白くもつまらなくもない。ちょうどいい。周りはおじさんばかりできつい仕事というわけでもないし。今だと甲子園とかかな。話題になりやすいのは」
永島は流暢に話してくれたが、「そうか」と浅井は話をぶった切る。エレベーターのランプは2階に灯っていた。
そのまま、4階に上がる。エレベーターは自分たちの後ろに並んでいた老人たちの集まりでいっぱいだった。4階に出ても同じ熱さが体を覆う。
「車はどこにある?」と聞くと、目の前だよと永島は言った。目の前には日産のノートが停まっていた。
「すごいな。日産のノートじゃないか」
声が上がる。その声を聞いてか、永島は笑いながら、
「おいおい、高級車じゃないんだからよ」
黒の日産のノートは、浅井の姿をキレイに映していた。思わず、浅井は自分の姿から目をそらした。
浅井は、ボストンバッグを後部座席に乗せ、助手席に座りドアを閉めた。エンジンが掛かると車が微動する。暑い暑いと言いながら永島はエアコンを付け、ラジオもついでに電源をつける。ラジオはFMと表示されていた。
「じゃあ、行こうか。大館に」
浅井は、「ああ」と言って返事をした。車は4階から地下一階の出口に向かう。車はまるでジェットコースターのように駐車場内を駆けていく。
車は秋田駅前の大通りを抜け、やっと国道に入ったところだ。ラジオは地元放送局の番組を流していた。「帰省されてお聞きの方もいらっしゃると思います」とパーソナリティが言ったとき、自分も「好きで帰ってきているわけではないんですよ」と言いたくなった。「私も東京で暮らしていたこともあるんですが、やっぱり地元に帰ってくると何か落ち着くことがありましたね」
それを聞いていた永島が、
「お前もそうなのか?」
「これではいと言ったら今までの反応の辻褄が合わないだろ」
永島は笑いながら、「それもそうだな」
「浅井は偉いよ。ずっと秋田にいると東京なんて住めない。電車も街中なんて乗ることも歩くこともできない」
車は赤信号で停まった。信号の先の標識には右方向のマークと土崎駅の案内が掲示されている。
ラジオはリスナーから募集したメールを紹介していた。あなたの夏の過ごし方。そんなありふれたテーマで番組は進んでいた。「家族で海に行く」「ディズニーランドに友達と行く」「部活の夏合宿」といろいろだ。浅井と永島はラジオを真剣に聞いていたわけではなかった。ずっとBGM代わりに聞いて車内はラジオの音以外はエンジン音だけ響いている状態だ。
車が動き出して、すぐに止まる。動き出して止まる。それを繰り返していた。完全に秋田市内の渋滞に巻き込まれていた。
「ああ、完全に渋滞だ」
永島はハンドルから手を離し、シートにもたれ掛かる。信号が青になっても前にいる車は動き出さない。
「私ね、夏になればなんとなくですけど、いろいろ思い出すんですよ。例えば怖かったおじさんに怒られたこととか、夏休みの宿題を友達に見せてもらったこととか。懐かしいなぁあの頃に戻りたいなぁとかいつも思って、でも頑張ろうと思うんですよね」
ラジオは渋滞のど真ん中にいる自分たちをよそに思い出話にふけている。
浅井は動かない景色を見つめ、永島は前の車両とにらめっこの状態。空気は動いていなかった。
「あのさ、聞いてもいいかな」
この雰囲気に嫌気が差したのか、永島はハンドルを再度握り返し、前を見つめながら浅井に言った。浅井はゆっくりと目を外の景色から永島に移す。
「どうした。いきなり」
「いや。三年だろ。帰ってこなかったのは」
そうだけどと浅井は簡単に返事をする。渋滞が少しずつではあったが、流れができ始め、ゆっくりと車はまた動き始めた。永島は右手でハンドルを握り、左手で頭を掻いていた。
「なんでと聞くのは変だけど、どうしてまた帰ってこようと思ったんだ?実際に俺と連絡を取ったのは高校卒業してから一回程度だろ。いきなり二ヶ月前ぐらいに連絡が来てさ・・・」
「いろいろあるんだよ。こっちにも」
浅井はまた外の景色に目を移した。
「そのいろいろを聞きたいんだけどなぁ。詳しくは聞かないぞ。詳しくは聞かないけど・・・」
永島の話が徐々に歯切れが悪くなる中で、浅井は無視をするように窓によりかかり目を閉じた。