3.3
そのまま現場近くの場所まで向かったが、市街地から30分程度のところで一気に森林に囲まれた。坂も多く、車に乗っているだけでも吐き気が何度も襲ってきた。コンビニや商店などは少なく、ただただ田んぼと散らばるようにある家々だけだった。予想以上に市街地から隔離されているような場所だ。
「よし、到着だ」
いわゆる農道。そのど真ん中に停めた。周りは田んぼだけで、家も小屋もない。近くにあるのは農作業をしている人の軽トラックの数台だ。
進藤は後部座席に置いていたリュックサックから資料を取り出した。厚さはあまりなかったが、紙一枚にギッシリと文字が並んでいる。
「取材は人に聞けるだけ聞くことが大事なんだ」と言って進藤は車を飛び出し、勢い良く扉を閉めていった。浅井は思わずのことだったので追うこともできず、じっと背中を見つめるだけしかできなかった。
進藤は近くで農作業をしている男性に話しかけた。相手の年齢は40から50代だろうか。見た目より若いかもしれない。取材相手に名刺のようなものを渡して、二人は話し始めた。
「すいません。いきなりで申し訳ないです。ここらで起きた事件などを取材しているものでして」
男性が振り向く。いきなりのことだからか怪訝な顔をしている。麦わら帽子をかぶり、灰色の半袖のティシャツ。ズボンは作業服の紺色だ。
「テレビとか?」
「いえ、そういったものではないので簡単で構いません。少しお話を」
進藤は持っていた資料を見せた。風が強いせいか、バサバサと音を立てて揺れている。資料には見出しの所に、大館誘拐事件と書かれている。
「この事件について、知っていることとかありますか」
男性は資料を手に取り、読み始めた。一枚一枚丁寧に読み、風で飛ばされそうになってもしっかりと握っている。そして、男性は、「ああ」と声を出し進藤を見た。
「知ってますよ。何年か前のことですよね」
男性に近づき、資料の文章に指をさす。
「覚えてますか。この誘拐。当時の小学生が誘拐されているようなんですが」
男性はかぶっていた麦わら帽子を脱いだ。
「直接は見たわけではないんですがね。ここの農道を進んで行くとちょっと狭い道に出るんです。そこで誘拐みたいな事があったって聞きますね」
男性は大体の場所を指で指した。車の出入りが少なさそうな場所だ。
「その話ってどちらで聞かれたんでしょうか」
男性は、記憶をたどるように一点を見つめた。「そうですね」と言うと、男性は思い出したのか、
「両親からかなと思いますけどね。実家が近くにあるんです。当時は仙台で働いていたので詳しくまでは知りませんけど」
「ご自宅は近くにあるんですね」
「ええ、まあ。でもここに好き好んで住もうという人はいませんよ。私以外にはもう年齢は高い人ばかりで。私が通ってた高校もここらにあったんですが、閉校になって」
へぇと進藤は相槌を打った。
「通っていた高校はどちらに」
男性はまた指を指して教えてくれた。誘拐があったとされる場所を過ぎて行くと雑木林に囲まれている道に出る。そこを真っ直ぐですと。ただ忠告をするように付け足した。
「でもあそこに行くのはあまりお勧めはできないですね」
「どうしてですか?」
「あそこは良く柄が悪い人が出入りしてるんです。暴走族なのか暴力団だか知りませんけど。宗教団体というのも話があります」
進藤はへぇと同じように相槌を打つ。男性はまた話し始めた。
「両親がそこでトラブルになったんですよ。近くを通っただけでね。近くに作業小屋みたいに農作業用の小屋を設置していたんですけど、他の人も同じようにトラブルに巻き込まれているから、撤去して町内会で警察に相談しようって決めたんです」
「トラブルですか」
「夜に大きな声で歌ったり、騒いだりしてるんですよ。ここ、何にもないでしょ。音なんて簡単に通るんですよ。でも警察にお願いしても改善されないから、もう面倒事はよそう。そう決めたんです」
進藤はペンを取り出し、思い出下かのように書き加えた。
「最近はどうですか」
「最近は静かですよ」
トラブルも減りましたかと進藤が聞くと「うーん」呻くように言い、男性は腕を組んだ。
「まあ、人の出入りも減っているし、電気もついてないときもありますね。下手をすれば当時のほうが明るくて、治安が良かったのかもしれないですね」
男性は小さく笑った。皮肉にも聞こえた。
「お忙しい中ありがとうございました」
進藤は深くお辞儀をし、車に戻った。