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第68話 ケルベロスン

「「「ヴァウッッッ!!!」」」



 三つ首の犬は、獰猛に吠え、目の前のご馳走(テュール)までの数mを一瞬で駆ける。大きく裂けた口から覗く長い犬歯は、テュールの身長と変わらない大きさだ。普通の人間が噛まれれば一噛みでミンチになるであろう。



 三つ首同士はテュールまでの僅かな距離で互いの首を牽制し、ご馳走の取り合いをする。勝負は一瞬で決まったようだ。どうやら真ん中の頭が俺を喰らうらしい。上等だ――



 テュールはニヤリと笑い、右手を伸ばし――



「お手!!」



 バクリ



「…………」



 お手? なにそれ美味しいの? と言わんばかりのケルベロスの口内にテュールの右手がすっぽりと収まる。



「もしゃもしゃもしゃもしゃ」



「な……、なにさらしとんじゃい! このバカ犬っっっ!!」



 慌てて容赦のない左ストレートを真ん中の鼻っ面に叩き込む。



「ヴァウアッ!!」



 衝撃に驚き口を開いたところで、右手を素早く抜き、後方へ距離を取る。ぷらぷらと右手を振ってみる。どうやら無事のようだ。



「よーし、えぇと、真ん中の……、じゃあ呼びにくいな。ナベリウスこいつらの頭には名前あんのか?」



「右がケル、真ん中がベロ、左がスン。あと呼び捨てにするな」



 ナベリウスは無表情かつ平坦な声色でそう答える。 



 一方テュールは、マジトーンで呼び捨てにすんなと言われ若干凹む。



 ふん、つーか、スンってなんだよ。続けて読むとケルベロスンって、するのかしないのかハッキリしろってーの、まぁそんなことはどうでもいい――



「おい、ベロ? てめぇよくも俺の右手をもしゃもしゃしてくれたな? おかげで少しズキズキするし、ベトベトするぞ。悪いワンコにはお仕置きだ。お前らにお手と伏せとお座りと待てを仕込んでやる。覚悟しろよ?」



「それならもう仕込んである」



「………………」



 ナベリウスの平坦な声がテュールの決め台詞を台無しにする――



「――どりゃぁぁぁ!! まずは、伏せだ!!」



 テュールは先程の言葉は聞こえなかったことにして戦闘を続ける。そこからはケルベロスの容赦のないブレス攻撃、噛みつき攻撃、犬パンチをかいくぐり、ひたすらベロを殴り続ける。



 それを見ているアガレスたち4人の悪魔は――



「ほぅ、あの小童、最低限ワシらと稽古をできるレベルにはあるようだな」



「えぇ、アガレス老。バエル王が見込んだ人間ですもの。これくらい当然です」



「ベリト……ノ……契約者コロス……」



「ウァレフォル、ダメ。あいつ殺したらベリトに殺される」



「ベリト……モ……コロス」



「ハハ、ウァレフォルも変わらんな。それはそうとナベリウスよ、おぬしの飼い犬がへばってきておるぞ?」



「うん、飼い犬いじめられた。飼い主として教育的指導しないと」



「オレ……モ……逝ク」



「はいはい、ウァレフォル君はダーメ。ナベちゃんいってらっしゃい」



 ウァレフォルは今にも飛び出さんばかりに気負っているが、アガレスとグレモリーのプレッシャーでなんとか押さえつけられている。



 そして、テュールの方はと言うと、徹底的に殴り続けた甲斐あり、ベロが目を回しうなだれている。左右のケルとスンは若干怯えた目をしながら先程より威勢よく吠える。



「ククク、犬っころ、そんなに喚くな。んん? 怖いか? クハハハハ、人間様舐めるなよ!! オラァァァ!!」



 次はケルお前の番だ! 伏せ!! と叫びながらテュールの右腕が振りかぶられる。ケルは完全に怯えた目で首を左右に振りながら吠える。やや先程より甲高い鳴き声は「やめて、やめて」と言っているようだ。



「動物虐待カッコ悪い」



 パシンッ――ナベリウスがテュールとケルベロスの間に入り、拳を受け止める。



「「ヴァウッ!!」」



 ナベリウスの姿を見た途端に目の色が変わり、尻尾を振り始めるケルベロス。



「私の大事なペットをイジメた報い、覚悟しろ」



「……え? 元々はそのワンコが俺を食べようとしたんだぞ? だからこれはイジメじゃなくて正当防衛――」



「フン、少しじゃれついただけ。遊びと食事の区別もつかないとは所詮は人間」



「分かるかよ!? こんなデカい犬が口開けて飛びついてきたら本能的に命の危険を感じるわ!! つーか、実際俺右腕もしゃもしゃされたかんなっ!?」



 テュールが拳を下ろし、大袈裟にツッコむ。これに対しナベリウスは両手で耳をふさぎ――



「はぁ……、キンキン騒がないで、やかましい。やれやれ……、お前の相手は疲れる」



 と、そう答えた。



 ぷっちーん。



「おい、女だからと下手に出てれば、よくもまぁそうズケズケと……!!」



「「ヴァルゥゥゥ!!」」



 テュールのイラッとした口調の変化を敏感に察したケルとスンが歯をギリギリと噛み締め低く唸る。



「なにその言い方、生意気。稽古をつけてくれって頼まれたからちょうどいい。泣かす」



「上等だ。犬っころとまとめてぶっ飛ばしてやるよ」



 そう言い終わるやいなやテュールとナベリウスはそれぞれ20m級の魔法陣を描き、武器を生成する。



 テュールは漆黒の魔力刀を――



 ナベリウスは金色に煌めく扇子を――



 そして武器が両者の手に収まると――



「「疾ッ!!」」



 両者の作り出した20m級の魔力を凝縮された武器同士が激突する――



 魔力の奔流が衝撃波となり、アガレス達の元まで届く――



「ほぅ、人間ごときが20m級の生成武器を作るか、面白い」



「フフ、アガレス老、随分楽しんでらっしゃいますね」



「……我慢…………デキナイッ!!」



「「あ」」



 遂に堪えきれなくなったウァルフォルが疾走る――



 ――!!



「なっ!?」



 急に横からタックルされたテュールはなんとか魔力刀を盾にし直撃を避けるが、勢いはとても殺せるような生ぬるいものではなく、凄まじい速度で身体が弾かれる。



「くっ!!」



 魔力刀を地面に突き刺し、両足を地面に踏ん張りながら減速するテュール。そんなテュールの目の前の地面が、ふと急に暗く――



「ぬぁ!!」



 急いで横にかっ飛ぶテュール。ズドンッッ!! 先程までテュールがいた位置にケルベロスの前足が振り下ろされる。



「「「ヴァフッ!!!」」」



 いつの間にかベロも復活したようだ。



「ハッッッ!!」「ゴロ゛ス!!」



 息つく間もなく、後方の死角からナベリウスの扇子が振るわれ、真正面からはウァルフォルが本能むき出しで襲いかかってくる。



「ちょ、たんまたんまたんま!!」



 3対1では防戦一方のテュールが待ったをかける。が、しかし――



「たんま? なにそれ」



「タンマ……コロス」



「「「ヴァウ!」」」



 悪魔たちは聞く耳を持たず、攻撃の手を決して緩めなかった――



 15分後――



「すみ゛ま゛せんっした……。自分調子乗ってました……」



 全身ヨダレと土埃でドロドロになり、ウァルフォル達にボコボコにされたテュールが地面に横たわりながら敗北を宣言する。



「分かればいい。明日からも稽古をつけてやる。その代わりケルベロスの世話係」



「「「ヴァウ!!」」」



 どうやらケルベロスの中で、主従関係の順位が確定したみたいだ。すげぇドヤ顔なのがムカつくので、少し抵抗を試みる。



「いやぁ、このサイズの世話はちょっと未経験だからなぁ、急には難しいんじゃないかなぁ?」



 よっこらしょっと地面から跳ね起き、ナベリウスにそう答える。



「小さくもなる。ケルベロス縮め」



「「「ヴァウッ!」」」



 一鳴きの返事をすると、ケルベロスの身体がシュルシュルと縮み、そこには――



「ポメラニアン!?」



「「「アウッ!」」」



 黒い毛色の三つ首ポメラニアンがいた……。

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