第62話 ロメオ爆誕
診療所を後にし、ギルドへと向かう道中、足早なテュールを呼び止める声がする。
「テュールさんっ」
「ん? なん──ら、せひりあ?」
振り返るテュールの頬をセシリアが両手でぐにょーんと引っ張る。
「フフ、テュールさん、レフィーさんならきっと大丈夫ですよ。龍族の方はほとんど病気もしないですし、生命力がすごく強いんです。そんな怖い顔していると疲れちゃいますよ?」
そう言われて、テュールは初めて自分の肩に力が入っていたことに気付く。普段賑やかなリリスもどうやら遠慮してたようで静かだったようだ。テュールは一度立ち止まり、深呼吸をする。
「ふぅー。すまない。セシリアの言う通りだな。ん~……! よしっ。レフィーのことは先生とカグヤに任せて俺達は俺達にできることしなきゃな?」
テュールはそう言って、笑うとわざとらしくおどける。それを見てリリスとレーベもホッとしたように息をついた。
こうして先程よりゆっくりとした足取りで四人はギルドへと歩みを進める。
「お、色男じゃねぇか! 今日はえらい早い上がりだな? ん? カグヤちゃんとレフィーちゃんがいねぇじゃねぇか」
いつかの腕相撲をした人族の筋肉モジャ公、本名はフェルナンドとイケメンっぽくてイラつくという理由でモジャさんと呼ばれる男がテュールに話しかけてきた。
「はいはい、俺もモジャさんって呼んでてなんだけど、その色男ってあだ名いい加減やめろよー? あー……、レフィーは診療所、カグヤは付き添いだよ」
ガタンッ。その一言にギルド内の冒険者たちが皆腰を浮かす。
「な「「「「なんだってー!?」」」」」
そして、モジャ公が声を上げようとするタイミングで阿鼻叫喚の大合唱となる。そこからは矢継ぎ早にレフィーの様子を皆が尋ねてくる。中には、おいロメオ、てめぇレフィーちゃんに何かあったら成敗する! とか、今すぐ折り鶴折ってお見舞いに行こう! とか熱狂的な信者もちらほらいた。
「落ち着け、別に怪我とか病気とかそういうんじゃなくて、ちょっとした体調不良だよ。大丈夫だ。つーか、みんなみたいなむさ苦しい連中が押し寄せたら迷惑だから見舞いはやめろ」
テュールは興奮する冒険者たちに釘を差し、本来の目的であるゾンビ駆除報告のために受付へ向かう。
「こんにちは、テュールさん。聞こえてきましたよ、大変でしたね。本日の依頼はどうしましょう? もしなんでしたら手の空いている他のパーティの方々にお願いしますが、討伐依頼はCランクからなので今だと……」
そしてテュールと目が合った受付嬢のレセは、先んじてそんな提案をする。
「あ、いや──」「おい、ロメオ、話は聞いたぜ? 俺達が代わりに行ってやるぞ? そうだな夕飯でも奢ってくれればな」
テュールがレセに言葉を返そうとすると、横から狼の耳と尻尾を生やした強面の獣人が声を掛けてくる。が、今もウィンクしてくるあたり中身は結構オチャメである。
「あ、ウォルフさんありがとうございます。でも──」「おいロメオ! 俺達ならエール一杯で代わってやるぞ!」
テュールの言葉を遮り、なぜか変な所で張り合ってくるモジャ公。
「あぁ、モジャさんもありがとう。だけど──」「俺達は無料で代わってやる!」「なら、俺達は代わってくれたらエール一杯つけるぞ!」「なら──!」「俺達なんて──!」
そしてテュールが事情を説明する隙を与えないまま、あっという間に……。
「家一軒とハウスキーパーをニ名、向こう三年の食費、更にエールを十ニ樽進呈するから依頼を譲れ、と?」
「リリスお菓子も食べたいのだ……」
(こら、リリスは黙ってなさい。ほら、そこのおっさんども、お菓子を上乗せしだすのもやめなさい)
ゼーハーと絶対に譲れない競売であるかのようにチップを上乗せし続ける冒険者たち。その引くに引けないおっさんの意地にテュールはめまいすら覚えた。
「……みんなありがとう。でもそもそも大多数のゾンビは駆除したし、まだ日も高いから今から四人だけでもなんとかなるから大丈夫だ。レセさん、今日はいつもより少し遅くなります。報酬は四人分にしておいて下さい。というわけで、もうひとっ走り行ってきます」
「おー!」「ん」「はいっ♪」
「分かりました、ありがとうございます。大変なところすみません、助かります。どうかお気をつけて」
コクリとテュールは頷き、ギルドを後にしようとする。すると冒険者たちから──。
「ロメオ、他の子達に怪我させたら許さねぇからなー!」
「死んでも守り抜けよー!!」
「けど死んだら嬢ちゃん達が悲しい顔するから死んでも生きて帰ってこいー!!」
──ダハハハハ!!
不器用なエールが送られる。テュールはフと一つ笑い、冒険者たちに手を振り、再度南門を目指す。
「というか、マジでロメオってあだ名やめてくれないかな……」
「フフ、いいじゃないですか。仲良しの証拠ですよ」
そして南門へ向かう道中、先程のテュールのあだ名、色男についてテュールが愚痴を零す。美少女プリンセス五人に囲まれて依頼を受けている内に、いつの間にかギルド内で色男が広がってしまい、Cランクで二つ名付きとは流石ですテュール様! と某執事にまでからかわれる始末だ。
ちなみにCランクには異例の早さでの昇進だが、ゾンビ狩りが安全に行えるレベルのテュールたちをカインがギルドマスターに推薦し、討伐依頼受注可能なCランクまで上げたという話だ。平日は他の冒険者がせっせとゾンビ駆除し、土日はテュール達が積極的に請け負うことで負担を減らしている。
結局、南門に着くまでギルドの冒険者たちの愚痴を言っているテュールだが、なんだかんだ文句を言い合ったり、からかったりする関係が心地よいと感じているのは愚痴を聞いているセシリアにもよく分かっていた。
「さて、んじゃゾンビお掃除再開だ。俺は空からみんなを見つつ魔法で援護する。早く終わらせてレフィーの顔見に行こうぜ?」
南門から出たテュールはそう言うと、空中に足場を作り、セシリア、レーベ、リリスを俯瞰できる位置に構える。
それから数時間かけ、街の周辺のゾンビを狩り尽くす。
疲れたかと問うテュールに余裕のある態度で返事をする三人。特に問題もなく依頼を終えた四人はギルドへと報告へ行く。
レセに依頼を報告し、報酬を貰うと、六人分の報酬だったため返そうとするが、お見舞い金ですと言われ、そう言うことならば返すのも失礼に当たると思い、テュールたちは有難く受け取った。
そして、ようやくレフィーの様子を見に行ける──と思ったら次々にギルド内にいる冒険者から見舞いの品を渡される。口々にロメオ以外のみんなで食べてくれ、と言われながら。これにはテュールも苦笑だ。
最終的にテュール一人で抱えきれないほどの量になってしまったので、少しずつ三人にも持ってもらい、診療所を目指す。
「あぁ、キミか。って、すごい量の見舞い品だね……。しかし彼女はもうカグヤ君と一緒に家へ戻ったよ。うん、安心しなさい、身体に異常はなかったよ」
「良かった……! 先生ありがとうございます」
「ん。それじゃまぁ、念のためしばらくは気にかけてやれ。あと、まぁ彼女も冒険者とは言え、女性なんだ。あまり無茶なことをさせないようにな?」
テュールはひとまず安心し、女医の言葉に了承する。そして礼を言うと、診療所を後にした。
「フフ、テュールさん、よかったですね」
「よかったのだ!」
「ん、よかった」
「あぁ、そうだな」
四人の足取りはようやく軽くなり、家までの道のりをたくさんの見舞い品を持って歩くのであった。




