第60話 情熱的な、大陸的な
「さて、テュール、言い残すことはあるかい?」
ルチアはテュールに尋ねる。テュールは正座したまま、謝罪し、弁明のしようがないことを申し伝える。
「そうさね、まぁだが、あたしも息子同然に育ててきたあんたを殺したいわけじゃないさね、五人の意見を聞いてから罰を決めようじゃないか、ほれ、あんた達おいで」
ルチアに呼ばれると風呂上がりの少女たち五人が暖簾をくぐり出てくる。
「さて、あんた達テュールをどうしたい?」
「ん~、リリスはテューくんのお菓子が食べたいのだ! えぇと、ほら、みるみる、くるくるなんとか!」
「ん? そりゃミルクレープかい?」
「それ! それなのだ! あれがまた食べたいのだ!」
入学する前の話だ。テュールがふとお菓子を作りたくなって、折角だから甘いものが好きそうなリリスに食べさせたことがある。どうやらミルクレープがテュールの命を救ったみたいだ。
「……ん、私は別にへーき。あと、ししょーがいなくなったら困る」
レーベはこんなん変態に対してもまだ師匠と呼んだ。
(うぅ、こんな師匠で本当すみません……)
テュールは心の中で泣きながら謝るのであった。
「私も特にありませんね~。テュールさんだけなら、その、恥ずかしいですけど、イヤじゃありませんし……」
モジモジしながらもそう言ってくれるセシリア、そしてカグヤも──。
「私もテュールくんが反省してくれればそれでいいかな……。けど、本当に恥ずかしかったんだからね? 分かった?」
それに対し、コクリと頷くテュール。
「まぁ、私も今回の件は目を瞑ろう。責任の一端がないわけでもないしな。だが貸しは一つだ」
そう言っていつものようにニヤリと笑うレフィー。こうなったらとことん貸しを返させていただきます、と気持ちを改めるテュールであった。
そして、五人の意見を黙って聞いていたルチアが最後の審判を下す。
「カァ、テュール、お前は本当に幸せもんだね。この子達に感謝しな。ミルクレープは全員分用意するんだよ? んじゃ歯を食いしばりな、これはあたしからのけじめだよ」
そしてルチアは腰と膝をかがめ、溜めを作ると、一気に開放し、正座をしていたテュールの顔面にミドルキックを炸裂させる。テュールの頭は物凄い勢いで吹き飛んでいく。首がなんとか繋がっていたため身体もどうにか付いていっているようだ。
「うぉっ、危なっ! おい、なんか今飛んでこなかったか?」
「ん? あぁ、テュールだろ」
「うん、テュールだったねー。あ、テュール、そっちは壁があるから危な──、い、よ?」
テュールは結局、飛んだままテップたちを追い越し、ヴァナルの言葉も虚しく、壁によって強制的に速度をゼロにされる。そして、ズルズルと壁に張り付いた体は自然落下し、床に大の字となった。
「あんた達もバカなこと考えたらあぁなるからね? 注意するさね、カカカ。さ、ベリトが準備をしてくれているんだ、上へ行こうじゃないか」
遠くからテップたちに声を掛けたルチアは、既にテュールに興味などないとばかりに歩き始める。そしてテップはテュールにそっと駆け寄り、立ち上がらせ、肩を貸しながら歩く。
「テュール大丈夫か? よくやったな、あぁ、お前は勇者だ。誰がなんと言おうと勇者だ。俺だけはお前の味方だからな」
肩を貸したテップは、まっすぐ前を見ながら、凛々しい顔でそう言った。テュールの内心は複雑であった。
そして心配そうに見つめる少女たち五人にテュールは改めて謝罪し、ヴァナル、アンフィスとともに一階へ向かう。
「おや、テュール様、何やらお顔が腫れていますが、どうされたんです?」
「……ルチア」
「ほぅ、なるほど。それは仕方ありませんね。テュール様がおイタをしたのでしょう。さ、準備はできていますのでどうぞお掛けになって下さい」
その言葉にテュールは頷き、椅子に腰掛ける。
そして、ベリトが皆に飲み物を配り終えると──。
「ホホ、では、みんな集まったようじゃの。あー、ここにおる者は種族も違えば、年齢も性別も違う。じゃが同じ屋根の下で寝食をともにし、笑い合い、理解できる家族じゃ。とは言うが、親しき中にも礼儀あり、じゃ。家族と言えど覗きはよくないことじゃからな?」
一度言葉を切って、ニヤリとテュールを見る。もう懲りたから勘弁してくれ、とテュールは両手を上げて降参する。
「ホホ、さて、一度は俗世に嫌気が差したわしらじゃがこうしてまた自分たちの作った街へ戻ってこれた。おんしらを育ててたようで、わしらはそれより多くのものを貰ってたみたいじゃの、改めて礼を言う。ありがとう。ホホ、それじゃ新たな門出に乾杯じゃ」
乾杯!! グラスを打ち付ける音が響き合う。
今回はルチアとレフィー以外の女性陣はノンアルコールだ。前回の失態を思い返せば当然だろう。
そして、宴は進み、機嫌が良くなった師匠達が楽器を生成し始める。
「ホホ、テュール、お前さんは何かできるかの?」
「まぁ、その、できるっちゃできる、かな。一応な? その、笑うなよ? ……ピアノだよ」
「ん? なんじゃって?」
「ピーアーノ! ピアノなら少し弾けるって言ったんだ」
「ホホ、そうか、それじゃほれ」
そう言って、モヨモトはアップライトピアノを作り出す。まさかピアノなんていう複雑なものを生成魔法で作れると思わなかったテュールは目を丸くする。
「マジかよ……」
「ガハハハ、そりゃおめぇ、マジだよ。根性と気合がありゃ大抵なんだってできる。ま、俺達がきちんとした楽器を生成するのに五年はかかったがな。バカみてぇだろ? けどな、この世界の音楽史を塗り替えたのは間違いなく俺達だな。色んな楽器を魔法で生成して、それを元に本物の楽器を作ったからなぁ」
テュールの呆れているような不思議がっているような声を聞き、リオンが答える。
「フフ、懐かしいね~、最初に生成したギターは、ひどい出来だったね~」
「カカ、昔話はよしな、老けてみえるさね。さ、つまらない話は終わりにして、今を楽しむさね」
「ガハハハ、だな」
そう言って、リオンがパーカッションを叩き、身体を自然に揺らしたくなるような軽快なリズムを作る。
そのリズムにノりながらツェペシュがアコギで小気味よいカッティングを刻む。
ファフニールはコントラバスを爪弾き、その重低音から曲の構成が明確になってくる。
(おいおい、これってもしかして……)
そして、モヨモトの情熱的な大陸的なヴァイオリンが響き渡る。
「っぶ!! ……あ、すまん。いや、まぁ、うん、これなら多少弾ける、かな」
吹き出すテュールに不思議そうな目をする少年少女たち。いや、これをいきなり弾かれたら日本人なら誰だって吹くはずだ。
そしてルチアもアルトサックスで加わり、重厚な旋律を奏ではじめるとテュールに目で合図を寄越してくる。
(そんな、上手くないからなっ?)
テュールが鍵盤を叩く。みんながなんだ本当に弾けるじゃないか! と驚いた顔をする。ック、一応弾けるって言ったろうが! テュールはピアノを弾いているのが恥ずかしくなり、顔を赤らめながら下を向き、懸命に鍵盤だけを見つめる。
そして、その後もみんなで歌い、笑い、騒いで夜は更けていく。
「おい、テップ朝だぞ!! 起きろ!!」
「あと五分~」
「なんで俺が朝からお前の世話を見にゃならんのだ、ほれ起きろ、っと!」
こうして次の朝からもいつも通り、ドタバタしながらテュール達は学校へ通う。
基本的に平日は授業を受け、帰ってきたら訓練用のダンジョンで修行という日々。週末は冒険者稼業を、やはりこれも自然と第一団で集まって行い、生活費や小遣いを稼ぎながら絶賛社会勉強中だ。
そんな生活が三ヶ月ほど続く。この間、テップはテュールたちの家に泊まっていくことが多く、半ば住み込み状態だったが、ついにお金がもったいないと言い出して宿を引き払い、本格的に住み始めた。これは僅か一週間後の出来事であったが。
さて、そんな三ヶ月が過ぎた頃、やけに最近ギルド依頼で増えてきたものがある。それが──。
「また、ゾンビもどきの討伐依頼か……」
ゾンビもどき討伐依頼である。




