第59話 あいつこそが温泉の勇者様
「では、これより第一回女湯覗き隊の作戦会議を始める」
覗き隊テップ隊長の宣言により、ド直球かつ最低にゲスな作戦会議が始まる。
「まず、この衝立てを調べる。ないとは思う、ないとは思うが、隙間を探そうと思う。そして万が一隙間があった場合、それは衝立ての設計上のミスであり、覗きがバレた場合でも衝立ての製作者に責任を転嫁できる」
(さ……、最低の発想だっ……)
最低の発想を提案したテップの顔が全くの真顔であったために狂気すら感じてしまうテュールであった。
「というわけで、諸君この衝立てを隅々まで調べてくれ、もしなんだったら各自の裁量で隙間を作ってしまってもいい。私はそれを責める気はまったくないっ!」
そんなテップの発言にやはり呆れながらもテュール、ヴァナル、アンフィスは仕方なく、あるわけもない隙間を探し始める。
テップは衝立てを縦横無尽に重力とか慣性を無視した気持ち悪い動きでシャカシャカと移動し、隙間を探そうとしている。テュールは右手に殺虫剤を持っていたら吹きかけてしまっていたかも知れない。
そしてそんなゴキップを横目にテュールがやる気のない様子で衝立てを眺めていると──。
(ん? いやいや、まさかな? こんなおあつらえ向きな覗き穴があるわけない、よな?)
丁度テュールの目線の高さに穴が二つ空いていた。いや、まさかと思いながら吸い寄せられるように、テュールは両の眼を置く。
「っぶ!!」
(モノホンの覗き穴ですやんけっ!! うぉ、マジか。いや、だが、しかしこれは!!)
テュールは、まさかの覗き穴発見に動揺する。そして脳内では天使と悪魔が囁き始めた。
『テュールよ、今すぐこの場から離れて覗き穴を塞ぎなさい』
『おい、テュール、これはチャンスだぞ? こんな小さい覗き穴がバレるわけねぇ。自分一人堪能してから塞げばバレはしねぇよケケケ』
そして頭の中で天使と悪魔が戦っている間もテュールの視線は女湯一直線だった。
リリスは温泉の中を泳いでおり、小ぶりで可愛らしいおしりがあっちへ、こっちへ。
レーベはセシリアの乳を揉み、どうしたらこんな大きくなる? と尋ねているようだ。フフ、さぁ? と乳を揉まれてもまったく動じず髪を洗い続けているセシリア。セシリアの心とおっぱいはどこまでも大きかった。
そしてカグヤは引き締まった身体に丁度いいサイズの上をツンと向くお椀型のお胸を洗っている最中だ。
(こうなったらレフィーも探──)
「どうだ? 楽しいか?」
「あぁ、最高だ。テップにはあんなことを言ったが、この光景に心が躍らない男子などいない」
「そうか、それはなによりだ。で、次は誰を探しているんだ?」
「あん? レフィーだよ。レフィー。あいつのおっぱいもいいぞ? やや小ぶりだがそれがいい。あいつの強気な性格と控えめなおっぱいのギャップがいいんだ。にしてもレフィーはどこだ──」
(ん? 待て。俺は今、誰と話している???)
「ふむ、小ぶりですまなかったな。そんなに私の乳を見たいのか? ん?」
「レレレレレレ、レフィーさん……! え、その、あの、その……」
衝立ての向こう、覗き穴のすぐ横に立っているであろう悪魔が言葉を続ける。
「テュール、貴様は前回、着替えを偶然、事故で、見てしまったな? では今回はなんだ? 偶然穴が空いていて、事故でそこに顔がはまった、とそういうわけか? ん? 違うよな? ……さて、王族の裸は安くないぞ? クク」
(終わった……、レフィーに骨の髄まで搾り取られる人生確定だ……)
微動だにできないままテュールは全身から汗が滴り落ちるのを感じる。
「クク、テュール、さぁこういう時はどうするんだったかな?」
「……黙っていて下さい」
「ん? 聞こえないなぁ?」
「すみませんでした……、お願いします、他のみんなには黙ってて……」
「ククク、さて、どうしたものかな。今、声を上げたらどうなるかな? っ──」
レフィーが息を大きく吸い込む音が聞こえた。窮地に陥ったテュールはここで何を思ったか咄嗟の行動に出る。
「ぬ、う、うぉぉおお!!」
突然雄叫びを上げるテュールに男性陣の目が集まる。
「どうした!? テュール!? まさか見つかったのか!? 例のあれが見つかったのか!?」
すぐさま反応し興奮した様子で尋ねてくるテップ。そしてその問いかけに対して答えることなく、テュールは飛んでいた。衝立ての向こうへ飛んでいた。
「おいおいおいおい、勇者かよ……。あいつは勇者かよ……」
それを呆然と見送るテップ。
「あいつは普段いい子ちゃんだが、たまにわけわからないところで暴走するよなー」
「そうだねー、さ、じゃあ覗きのミッションも完了したし、ボク達は温泉に入ろー?」
「だな、ほれテップも諦めろ。もう覗きもクソもねぇよ」
「う、確かに……。仕方ない、勇者テュールにあとでおすそ分けしてもらおう」
そう言うと、三人は衝立ての向こうへ旅立った勇者に一度敬礼し、温泉へ入る。
「ホホ、若さよのぅ」
「ガハハハ、中途半端なバカより振り切ったバカの方が救いはある。が、あれは救いようがないバカだな、ガハハハ」
「いやしかし我の孫娘を二度も辱めようとするとは豪胆な男になったものだな。責任をとってもらわねばな」
「フフ、ダメだよ~? テュールはリリスのお婿さんにする予定なんだからー」
ダハハハと笑い声が木霊し、男湯はのんびりと平和な時間を過ごすのであった。
一方、女湯では──。
「お、おいテュール正気か? お前、自分が何をしているのか分かっているのか?」
一応タオルで前を隠しているがお湯で張り付き、むしろエロくなっているレフィーにそう問い詰められるテュール。
「ハッハッハー、俺は正気だぜ? 何を恥ずかしがっているんだ、レフィー? 俺の地元の文化には混浴という文化がある。それすなわち、神聖なる温泉に穢れた心を持ち込まず、性別の垣根を越え、ともに湯を楽しもうという文化だ。俺はそれを伝えに来た。いわば混浴の伝導師だな」
テュールの目をどんよりと澱んでいたが、どこか悟りを開いた表情であった。そして、テュールは微笑みを浮かべたまま、ゆっくりとレフィーへにじり寄る。
「あ、あぁ、何を言っているかは分からないが、分かった。分かったから、その、前を隠してくれ。そして悪いことは言わない、今すぐ戻ったほうがいい。私が悪かった。今日のことは忘れよう。だから、な?」
そう言われるも、全く前を隠そうとしないテュール。その表情は、何を恥ずかしがる必要があるのだね? と言っているようである。まさしく変態である。
「おぉ~! テューくんも来たのか! 温泉は最高なのだー!!」
そして、遂にテュールはそんな姿をリリスに発見される。だが、リリスはテンションマックスで温泉を楽しんでおり、一切気にすることなく全裸でテュールへと飛びついていく。ピトリ、ふにゃり、背中に張り付いた幼女のそれに対し、悟りを開いたテュールは動揺などしない。
「フハハハ、そうだろう? 温泉は最高だろ? よし、リリス、温泉を楽しむぞー!」
「おー!」
「おい、待てテュ──」
右手を伸ばしたまま呆然と立ち尽くすレフィーを置きざりに、リリスを背負ったテュールは温泉へと歩きだす。
そしてテュールは、乳白色の露天風呂にリリスとつかり、目を閉じながら温泉を楽しむ。すると隣からちゃぽんという音が聞こえる。
「あら、テュールさん、こんにちは奇遇ですね?」
「おう、セシリア、温泉楽しんでるかー、ハハハ温泉は肌にもいいぞ? うむ、セシリアの肌は綺麗だがもっと綺麗になるはずだ。いやぁ素晴らしいな!」
「……ししょー、ここ女湯だよ?」
セシリアにくっついてきたレーベも温泉へと入ってきたようだ。
「チッチッチ、レーベ、いいか? 俺の地元には混浴という文化が──」
「な、な、な、なんでテュールくんがこっちにいるの!?」
テュールが混浴文化を語ろうとしたところで後ろから慌てふためいたカグヤの声が聞こえてくる。テュールが振り向くと、カグヤはこっちを見ないでと叫び、急いで湯へ体を沈ませる。そして湯をぶくぶくと泡立てながらジト目でテュールを睨んでくる。
「それはだな、混浴という素晴らしい文化を伝えるためだ。ハハハ~、まぁ細かいことはさておき温泉を楽し――」
「めると思ったのかい? テュール、お前覚悟はできているんだろうね? 自分がどれだけバカなこをしでかしているか自覚は……、どうやらないようさね。こりゃちょっとキツめのお灸を据えなきゃいけないね」
テュールは遂に見つかってはいけない人物に見つかる。そう、この未来は確定されていたがテュールはあえてその未来から目を背けていた。ギギギと振り返ると、そこにはバスタオルを巻いたルチアが仁王立ちしていた。
「ア、アハハ、ルチア、俺の地元には混浴――」
ギロリ。殺気を多分に孕んだ視線がテュールを射抜く。
「アハ、アハハ、すみませんでした。……僕に罰を下さい」
「あぁ、温泉を楽しんだ後たっぷり灸を据えてやるさね、さ、分かったのなら今すぐここから出ていきな」
「ッハ! 畏まりましたであります!」
ザパンっと立ち上がり、サッとタオルで前を隠したテュールは男湯の方へと走り、衝立ての向こうへと飛び去る。
ついでにテュールは覗き穴を魔法で塞いでおいた。二度とこの惨劇を生まないために。
そして男湯へと戻ると──。
「おぉ、勇者よ! 逃げ帰ってきてしまうとは情けない! で、どうだったんだ? どうだったんだ? 見たのか? どんなだった? ん? ん?」
「んー、コホン。一応ここに親族がおるからの?」
「ガハハハ、おいテップ? 俺の孫娘の裸を想像したら首跳ね飛ばすからな?」
「フハハハ、右に同じ!!」
「フフフ、ボクもあんまりいい気はしないからね?」
「……ハイ、スミマンセンデシタ。ナンデモナイデス」
師匠四人の圧力に二の句を継げなくなるテップ。
「ホホ、まぁルチアにどやされたってとこかの? 嫁入り前の娘の裸を堂々と見たんじゃ、まぁ死ぬ覚悟はできておろう? 最後の温泉を楽しむんじゃな、ホホホ」
「ガハハハ!! テュール、ルチアは俺よりつえぇぞ? 気合入れねぇとワンパンで死ぬぜ? ガハハハ!!」
バシンバシンとテュールの背中を叩きながらそう言うリオン。
「で、テュールよ、うちのレフィーを嫁に貰う覚悟でいったのだろうな?」
「フフ、テュール? うちのリリスだよね?」
「いーや、うちのレフィーだ」「ううん、リリスだよー」「レフィー」「リリス」
楽しげに笑いながらテュールをからかう師匠陣。だが、男湯へ戻ってきたテュールは、幾分か頭が冷め、冷静に考えることができるようになった。そして弾き出した答えはこうだ。
(……マジで死ぬんじゃないか?)
レフィーの王族の裸は安くないという発言、そして、ルチアの絶対零度の視線を思い出しカタカタと歯を鳴らすテュール。
「ガハハハ!! おい、テュール! うちのレーベの裸を見たくらいで貰った気になっているなら百年早いぞ!! 欲しければ俺を倒していくんだな!」
立ち上がり、ニヤリと笑う獣人。だがテュールには最早そのからかう言葉や温泉を楽しむ余裕などない。
そしてテュールは最後に水風呂へと入り、かけ湯で身を清め死刑台へと上がっていく死刑囚さながらの思いで温泉を後にする。
ノロノロと身支度を済まし、男湯の暖簾をくぐると──。
「どうだい? テュール、こっちに来て最初で最後の温泉は気持ちよかったかい? えぇ?」
死刑執行人が腕を組んで待ち構えていた。




