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第54話 我が名は魔槍グングニル。全てを貫く者なずべるぁッッ!!

 カインが再度駆け出すとリリスとセシリアとの距離は瞬く間に縮まっていく。



 二人は近付いてくるカインに恐怖し、走りながらも後ろを振り向き、がむしゃらに魔法を放つ。だが、とても集中できる状況ではなのだろう。魔法の威力、コントロール、速射性は見るに堪えないものとなっている。大雑把なリリスはもちろんのこと、元々速射が得意で魔法陣も綺麗に描けていたセシリアでさえもだ。



 そして、このままでは二人とも捕まってしまうと悟ったセシリアは隣を走るリリスにある提案をする。



「……これじゃダメですね。リリスちゃんだけでも辿り着いて下さい。私はここで先生を足止めします。お願いしますね」



 セシリアはそう言って、笑うと立ち止まり、くるりとカインの方へと振り返る。



 リリスを精一杯安心させるための笑顔であったが、やはり一人で心細くなったリリスの足取りは重くなる。しかし、セシリアの背中を見て、覚悟を決めたリリスは前を向く。



「う、うぐっ! セシリアがんばるのだ! リリスも……、リリスもがんばるのだー!!」



「うん、ありがとう。リリスちゃん頑張って下さいね?」



 そう小さく呟くとセシリアは立ち止まったまま、一呼吸し、集中する。そして右手には綺麗な真円を描いたニメートル級の魔法が一瞬で浮かび上がり──。



「ストーム・ブラスト!!」



 残り十メートルまで迫っていたカイン目掛けて猛烈な風が吹き荒れる。術者の前方から魔力の風は発生しているが、その余波でセシリアの体操着まで激しくはためいていた。



 これに真っ向から突っ込んだカインは上体が仰け反るが、地面に足を突き刺し踏みとどまる。そしてその中にいながら五十センチ程の魔法陣を描き、魔力の盾を生成する。



「風か、実体がない魔法ってのは対処が難しいし、こっちが実体である以上影響を受けざるを得ない。足止めには最適だな。咄嗟にしちゃいい判断だ。お前には加点一だ。だが、SSクラスはこれくらいで歩みを止めるほどヤワな道を歩んでないんでな」



 そう言うとカインは魔力の盾を錐状に尖らせ身体を覆う。そして、低く構えた姿勢から一気に加速を始める。それはまるで暴風を貫く一振りの槍の如く。



 行く末を見届けてしまっていたセシリアは、暴風の中加速を続けるカインに焦り、慌てて次の魔法陣を用意しようとするが──。



 ポンッ。



「退場だ」



 すれ違い様、肩を叩かれ退場宣言を受けてしまうのであった。



 しかし、その僅かに稼いだ時間で必死に走っていたリリスはテュール達との距離を残り百メートル程に縮めている。だが、そこでリリスは風の音が止み、魔法が途切れたことを悟ると心配そうに後ろを振り返ってしまう。そこにはセシリアが突破され、自身を追ってくるカインの姿が映った。



「にょ……、にょわー!!  怖いのだー!! もうイヤなのだー!! テューくん助けてー!! うぅ……! うぅ……! うぐっ、えぐっ……、うぅ……」



 一人になって、恐怖心が最高潮に達したリリスは走りながら遂に泣きはじめてしまう。そんなことはお構いなしに迫りくる半裸の教師、逃げ惑う半ベソの幼女。常軌を逸した絵であった。



「ほれほれほれ! 四人とも死んだぞー!? お前が辿り着いて俺の存在を知らせなければ、何も対処できないまま国がぶっ潰れちまうぞー!? オラオラー!!」



 半裸のオラオラ系教師は、訓告を叫びながら幼女との距離を縮めてきている。



「イヤなのだー!! もうやめて欲しいのだー!! テューくんっ!! テューーくんっ!! なんで! なんで助けてくれないのだ……、うぅ、もぅ、ダメなのだ……」



 そんな声がテュールの耳に聞こえる頃にはカインとリリスの距離は既に数メートルまで近付いており、一人のいたいけな幼女の顔に絶望の色が浮かび、一人の半裸変態が顔を愉悦に歪め、手を伸ばそうとする。そして遂に──。



「ぬぉおおりゃーーー!! うちのリリスをなに泣かしとんじゃーーー!!」



 我慢できなくなったテュールがカインの横っ面に飛び蹴りを突き刺す。



「ずべるぁッッ!!」



 真横からの衝撃で進行方向を校舎へと変えられた半裸の教師は、錐揉み状に回転しながら校舎の壁に突き刺さる。



「テューくんっっ!! うわぁぁん!! 怖かったのだー!! もっと早く助けてほしかったのだー!! だけど来てくれて嬉しかったのだ……。うぅ……うぅ」



 テュールの足にしがみつき泣きじゃくるリリス。



「リリス遅くなってごめんな? 俺も訓練だからと我慢して見ていたが、リリスの怯えている顔と、嗜虐心に染まったカインの顔を見てようやく決心がついた。あれは教師じゃない脅威だ、敵だってな。本当にゴメンな」



「いいのだ、来てくれたからいいのだ」



 そう言って、ぎゅーっと抱きつくリリス。



 ガラガラガラ……。そして、校舎の壁を崩壊させながら半裸の男が立ち上がる。



「……おい、テュール君や? これはルール違反じゃないかね?」



 土埃で肉体美が茶色に染まった教師がパンパンっと身体を手で払いながらニコリと笑ってそんなことを言う。



(うっ……。どうしよう。確かにふっ飛ばしたのはやり過ぎた気がしてきた……。カインだしいっかって思っちゃったとは言えないし……)



 テュールは自分のしでかしたことは下手したら処罰の対象であることをチラッと考え、どう言い訳しようか考える。すると、隣から──。



「せんせー、撤退戦非常に有意義だと思いますー。俺も脅威側になって殲滅してみたいでーす」



「はーい、ボクも大賛成ですー。脅威側楽しそ──、んと、驚異側から見た撤退の良し悪しを感じ取りたいので脅威側やってみたいでーす」



 アンフィスとヴァナルが助け舟を出す。



(助け舟を……? 助け舟ェ……)



「ほぉ、そうか。意欲的な生徒は大歓迎だ。さっきは一人の脅威に対し、五人で撤退したが、戦場ってのはいつもそんな甘くはない。数の不利なんて当たり前だ。お、ちょうど元気が有り余ってそうなテュール君がいるじゃないか。では、きみが情報をベリト君とステップ君に持ち帰りたまえ、脅威側は俺とヴァナル、アンフィスでやろう。三対一だ。まぁ戦場ではあって当然な状況だな。二班は見学がてら休憩していたまえ」



「そんな、それじゃテュールくんをいじめ──」



 リリスや駆けつけた他の少女たちから流石にそれはと抗議の声が上がりかけるが、テュールはそれを手で制する。



「いや、今回のは俺がでしゃばり過ぎたんだ。まぁそれにこのルールならそんな危険もないから……だいじょ──」



 そして、テュールがそう言いかけているとカインは思い出したような顔で──。



「おっと、言い忘れてた! 男連中の時は気絶したら死亡扱いな? つまりお互い魔法あり、直接攻撃ありだ。本当に死んだら俺が叱られるから殺しはしないぞー。安心しろ」



 そんなことを言う。



「……。あの、すみません? ベリト君を仲間に入れたいんですけど? それが無理ならテップ君だけでも……」



 それを聞いたテュールは速攻で日和り、協力者を募る。だが──。



「カイン先生、すみません。持病のひざがしらむずむず病が酷くて見学しててよろしいでしょうか? というわけで、テュール様申し訳ありません」



「あっ、センセー、俺もそれで。というわけで、すまないなテュール、俺は女子の前で負けると分かっている戦いには参加しないで済むならしない主義なんだ!」



 堂々と仮病を使い、協力を拒否するベリトとテップ。当然、こんな分かりやすい仮病に対し、教師の反応と言えば──。



「分かった。お前らは見学していろ。膝は大事だからな。特に膝頭は大事だ。よーし、じゃあ予定通り、三体一で始めるぞー」



 生徒の身を案じて、休ませるのであった。



(おい、心の友たち……?)



 順番にジロリと裏切った四人の男友達を睨むテュール。当然四人とも笑顔であった。



 こうして、結局三対一で始まった撤退戦と言う名の殲滅戦はテュールが善戦したものの、やはり数の暴力には勝てず最終的にボコボコにされる。そんなテュールはタイマンでいつか借りは返すと心に強く誓うのであった。



 それから何回か脅威側、撤退側の人数を増減したり、入れ替えたりしながら撤退戦を繰り返す。やがて時間になり──。



「うーし、ここまでだ。カカカ、逃げるのがどれだけ難しいか分かったろ? 逃げる時ってのは大抵相手の方が格上だったり、人数が多かったりと不利な状況だ。常にチームで逃げることを想定して動けよ。まぁ何度か訓練して要領が掴めてきたら遮蔽物の多いところでもやるからな。脅威側も情報を握られた相手をおめおめと逃すなんてことはできないから逃がさないような動き方を覚えていくぞ。つまり俺の授業はしばらく鬼ごっこと隠れんぼばっかりだ。な? 俺の授業は遊び心満載で楽しいだろ?」



 そう言って笑う半裸の教師。あなたいい加減服着て下さいません? とは思うがどうせ他人の意見など聞きそうにないカインには言っても無駄だろうと思い、皆は言葉には出さずにいた。



「よーし、戻るぞー」




 そう言って訓練場に戻るカインの背中を見ながらルーナ先生に怒られてしまえ、と思ってしまうテュールの反応は恐らく間違っていないだろう。



 そして──。



「カイン!! 貴様、どこへ行っていた!! 移動するなら私に一言伝えてから動け!! それになんだその格好は!! 生徒の前で──ガミガミガミガミ!!」



 案の定カインはルーナに怒られていた。



 何はともあれ、こうしてなんとか初めての授業が終わり、ホームルームが済むと放課後となる。



 そして、テュールはそこで昼休みに家に戻った時ルチアから言われたことを思い出す。



「あっ、そうだ。今日俺の家族の家が完成したんで祝いのパーティをやるって言ってたんだ。折角だしテップも来ないか?」



 そう言ってテップを誘うテュール。



「おぉ~、いいね! そうとなれば家に戻ってお泊りセットを持ってこなければ! 場所を教えておいてくれ!」



 一切の遠慮を見せず泊まる気満々のテップは、勢いよくそう言う。



(まぁ、別に部屋は余っているからいいんだけどね?)



 なんとなく釈然としないテュールであった。



「ほい、ここな」



 だが、テップに対しては今更なので、いちいちツッコむことはしない。テュールは学校から家への道筋と近くの目印を教える。するとテップはすぐさま駆け出す。



 そんなテップに元気を吸い取られたテュールは、苦笑いを浮かべ、アンフィス、ヴァナル、ベリトと一緒に教室を出ようとする。



 だが、そこには少女たち五人が待っており──。



「さ、帰ろ?」



 なんてことを言う。



「……ん? あ、あぁ?」



 テュールは少女五人が一緒に下校することに違和感を覚える。テュールの記憶が間違っていなければ、五人は別の場所に寝泊まりしているはず。だが、そんなことはお構いなしに少女達五人は歩きはじめてしまう。リリスに至ってはテュールの手を握り、引っ張り始める始末だ。



(まぁ、どうせテップも準備に時間がかかるだろうから、回り道して送ってってもいいか)



 そして、テュールは深く考えずに五人と歩き始める。



 その後ろを歩く三人が、それはそれはニヤニヤしていたことに気付かないまま……。

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