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第51話 生命の鼓動というのはかくも素晴らしい

「ではセシリア様よろしくお願いいたします」



「はい、ベリトさんよろしくお願いします」



 まるで今からダンスでも踊るのではないかとばかりに優雅に礼をする二人。テュールをはじめ、他の面々もこの二人がどういった戦いをするのか予想が付かず、ジッと動向を見つめる。



「ふぃー。ただいまっ! いやぁ、実にいい試合だったな!」



「みんなただいまなのだー! リリスあぁいう試合なら好きなのだっ!」



 そして、空気を読まない二人が帰ってきた。



「ん? なんだよ、みんな?」



 反応がなく不満に思ったテップは、真剣な表情で試合場を見つめている面々に対し声を掛ける。



「シッ、お遊戯会の時間は終わったんだよ。ほれ、真面目に試合を見ろ」



「いでっ!!」



 テュールは、テップの頭を両手でぐわしと挟み、試合場の方へ無理やり回す。鳴ってはいけないレベルの轢音がテップの首から聞こえたが、テュールは無視だ。そして、涙が溜まったテップの目には──極わずかに重心を移動させながら、飛び出すタイミングを窺うセシリアと、悠然と微笑み、受けに徹するベリトが映った。



 ゴクリ。その緊張した空気を流石に感じ取ったテップは一つ息を呑む。そして──。



「ぶぇっくしょん!!」



「──っ!!」



「あ゛ぁー、……ん? どうしたのだ?」



 リリスが盛大にクシャミをする。その瞬間セシリアは疾走りだしていた。皆も一瞬、あまりにおっさんくさいクシャミにリリスの顔を覗こうとするが、慌てて試合場へと視線を戻す。



 セシリアはベリトとの距離を三メートル程まで縮め、そこから円を描くように周りはじめる。その両手には十センチの魔法陣を幾枚も浮かべて。



「ほぅ、驚きました。そこまで簡略化させた魔法陣で魔法をよく発動できるものですね。それにいくら単純な魔法とは言え、その構築速度と同時発動枚数はお見事です」



 驚いたと言いながら、ベリトは焦る様子などなく、セシリアの魔法陣を眺めているだけだ。セシリアはそんなベリトに対し、躊躇せず魔法を発動させる。



 滑らすように払った右手の軌道上には数十の魔法陣が光り、氷の刃(アイシクル・エッジ)が走っていく。左手は突き出すようにベリトへと向けられ、最短距離を幾条もの雷の矢(ライトニング・アロー)が疾走る。



 ここにきてようやくベリトは動き始めた。魔力という質量を持った雷は、光速とまではいかないが音速を超える。そんな雷の矢(ライトニング・アロー)を軽いステップで避け、その先々で襲いかかる氷の刃(アイシクル・エッジ)は指で挟み取っては、放り捨てる。それもご丁寧に同じ場所に……。そして数十、数百のツララによる山ができあがった頃にセシリアはその手を止め、言葉を発する──。



「フゥ、やっぱりベリトさんは凄いですね。全然当たりません……。ですが、一つくらい当ててみせますよ?」



「えぇ、どうぞ。しかし、これは授業ですからね。私からも攻撃させていただかないと教師の方に怒られてしまいますので──悪く思わないで下さいね?」



 そして、お互いニコリと笑い、再び動き始める──。



 セシリアは呼吸を止め、自身の限界である速度で動き回りながら下級属性魔法を速射する。魔法陣も五センチに抑え、当てることだけを考えた攻撃。どれが当たっても大したダメージにはならない魔法だが、ベリトはその全てをことごとく避ける。



「あいつは改めてバケモノだな……。あれ避けれるか?」



「あー、まぁ俺だったら無視して殴りにいっちまうな。全部避けるとかストレスでしかねぇ……」



「んー、ボクもアンフィスと一緒かなぁ? 剣で斬り続けるって遊びなら面白そうだけどねー」



「俺だったら全て魔法で打ち落とすねっ!! しかもちゃんと詠唱しながらだ!! ハハハハハ!!」



 観客席はセシリアの魔法に感心するとともに、ベリトの壊れキャラっぷりに呆れた目をするのであった。そんな中、若干一名は闘志を燃やし、早口言葉を練習しはじめたが。



「フフ、バケモノなんて酷い言い草ですね。さて、セシリア様? 今から私はセシリア様の後ろに回り込み、手刀を一つ入れさせてもらいます。お気をつけ下さいね」



 観客席の会話まで気にする余裕があるベリト。そして、ベリトは今から攻撃に転じるつもりだとセシリアに堂々と宣言する。



 そしてベリトは宣言通り魔法を避けながらセシリアへと肉薄する。



「──っく!!」



 セシリアは一瞬で触れられる距離まで侵入を許してしまった自分の不甲斐なさに口唇を噛む。そして、あろうことかその手を上空へと向け、自身を巻き込む覚悟で氷の雨を降らせる。だが──。



「危ないですよ? では、おやすみなさいませ」



 ベリトはその氷の雨を片手を振りかざしただけで全て霧散させてしまい、試合場にはキラキラと輝くダイヤモンドダストが降り注ぐ。そして、呆然とするセシリアの首筋に攻撃にはとても見えない優しい手刀を当てる。



 それだけでセシリアは気を失いかける──が、その薄れゆく意識の間際、振り向きながら、私の勝ち、です、と、かすれたように呟く。そして、その手をベリトへと伸ばし、十五センチの魔法陣を描く──放たれるは岩の弾(ストーン・バレット)




 倒れながら放った岩の塊はベリトの顔に吸い込まれるように迫る。僅か三十センチの距離から放たれた岩の塊は、しかし、それでもベリトは首を傾けるだけで避けられてしまう。それを見届けないまま気を失ったセシリアをベリトはそっと抱える。すると数瞬もしない内に後ろからガシャンと何かが割れる音と地面を揺らす微かな振動が伝わってきた。



 ベリトが何事かと振り返るとセシリアの放った岩の塊が先程のツララの山へと衝突し、氷が砕けるのが見てとれた。そして細かな氷の欠片は飛散し、その内の一つ、数センチの欠片が振り返ったまま動かないでいたベリトの背中にコツンと当たる。



 …………。



 一瞬静まる訓練場内、そして──。



「おぉーーー!! 勝ったのだー!! セシリアの勝ちなのだー!! ベリトに攻撃を当てたのだー!!」



「お、おう。そうだな」



 リリスは大はしゃぎでテュールに飛びつきながら喜んでいる。抱きつかれたテュールは苦笑いだ。



「おぉー! セシリアすげーな! あのベリトに勝ちやがった! 大金星だな!」



 目を輝かせて喜ぶテップ。



「ほぉー、ベリトが負けるのはこれが初めてだな。いいもんが見れたぜ」



「そうだねー、まさかベリトが負けるなんてね~、今夜はご飯が美味しく食べられるね~」



 滅多にからかう機会のないベリトをここぞとばかりにイジるアンフィスとヴァナル。



「うんっ、セシリア凄かったねっ。カッコよかったなぁ」



 勝ち負けには言及せずセシリアを賞賛するカグヤ。



「……ん、ナイスファイト」



 レーベがそれに頷く。



「フ、意外だったな。まさかセシリアがこんな根性があるとはな、良いものを見せてもらった」



 フフと珍しく素直に笑うレフィー。その笑顔に皆は目を丸くし、一瞬視線を奪われる。



「……なんだお前ら」



 そしてそれに気付き、怪訝な声を上げていつもの澄まし顔に戻るレフィー。そんな一同のやりとりにルーナも極わずか目尻を下げ、試合終了を宣言する。



「さて、勝者ベリト! 次は──」



 だが、その宣言に一部からブーイングが上がる。当然勝者はベリトなのだが心情的にはセシリアが気合で一発当てたのだからセシリアの勝ちにさせてあげたい、とリリスとテップから不満の声が上がったのだ。そして便乗してアンフィスとヴァナルもブーイングに加わる。



(ついでに俺も乗っかっておこうかなっ、ブ──あ、ルーナ先生睨まないで、ごめんなさい……)



 こんな時くらいしか反抗できないと思ったテュールは乗っかろうとするが、ルーナの睨みに一瞬で戦意を喪失させられ、押し黙るのであった。そして、そんな皆のもとへセシリアを抱えたベリトが戻ってくる。



「フフ、勝ち負けの判断は皆様にお任せしますよ。それで、テュール様? プレゼントです」



 そう言って、いつもの笑顔でセシリア(プレゼント)を手渡してくるベリト。



「……え?」



 とりあえず、反射的に手を差し出し、落とさないように抱えるテュール。それを見た一同は当然、ニヤニヤしながら──。



「あーお前ら? 今は授業中ってことを忘れるなよ? テュールお前はとっとと行け。保健室は向こうだ」



 からかおうとし、それを察したルーナが苛立ちを滲ませた声で阻止し、テュールに指示を出す。



 こうして、なし崩し的にセシリアを運ぶことになったテュール。腕の中で今なお眠る少女をチラリと覗く。



 汗ばんでいる肌、透ける体操着、それを押し上げ主張している二つのふくらみ。当然呼吸をしているのだからその丘は上下にゆっくりと動く。そして、視線を少しずらすと映るセシリアの顔は汗で前髪が少し張り付き、頬は上気していた。



(──エロい)



 テュールはその感想を抱かずにはいられなかった。腕から伝わる火照った体温、そして汗をかいているはずなのに漂ってくるのは甘い香り。エロかった。女性と縁がなかったテュールには耐えきれるレベルではなかった。



「コホン! 運ぶ気がないなら他の者に頼むが?」



 そして、立ち止まったままセシリアに意識を奪われてしまっていたテュールにルーナが警告を発する。それを聞いたテップが準備運動を始めたのは言うまでもない。いっちに! いっちに! わりと大きめな声で両手で何かを(・・・)抱える格好でスクワットしてアピールしてくる。慌ててテュールは──。



「行きます! 行きます! すぐに行きます!」



「リリスもついていくのだー!」



「ししょーが悪いことしないように私もついていく」



「ふむ、まぁいいだろう。許可する。が、保健室まで運んだらすぐに三人とも戻ってこい」



 ルーナの言いつけに対し、了解の返事をし、テュールはロリっ子二人を引き連れて、保健室を目指す。その足取りは、セシリアを揺らさないよう慎重にゆっくりとだ。



(べ、別にセシリアの肌の感触を長く楽しみたいとか、近くでずっと見ていたいとか、そんなんじゃないんだからねっ!! でも、本当に柔らけぇ~)



「ししょー。鼻の下」



「ハッ!!」



 慌てて顔をもぞもぞと動かし、キリリと引き締めるテュール。



「──は、別にいつもと変わりなかったけど、どうやらマヌケは見つかったよう」



(なん……だとっ?)




 首だけでレーベへと振り向き、目を見張るテュール。その目に映るレーベはしたり顔で愉快そうに口角を釣り上げていた。



 そして反対からは、何を言っているのだ? と頭に疑問符が三つくらい浮かんでいそうなリリス。どうやら今のやり取りが理解できなかったらしい。



(……お前は、いつまでもそのままでいてくれ)



 キョトンとするリリスを見つめて、優しい顔で微笑むテュールであった。



 そして、保健室へと辿り着く一行。リリスが扉をノックをすると──。



「どうぞー」



 中から女性の声が返ってくる。そして、リリスはそのまま扉をガラララと開き、叫ぶ。



「急患なのだー!!」



「急患!? 容態は!?」



 その剣幕に白衣を着た保健室の主が慌てふためく。



「いや、すみません。戦闘訓練で気を失っただけです。ベッドに寝かせていただきたいのですが?」



 だが、直ぐ様テュールはその悪ふざけ……いやリリスが本気で急患だと言った可能性も否定できないが、を撤回するように、冷静に話しかける。



「なんだ、驚かせないでくれ。うん、そこのベッドに寝かせてくれ。少し診察しよう。君たちはそのままそこにいてくれ」



「分かりました」



 テュールは指示されたベッドへセシリアをそっと降ろすと、その場から離れる。そして入れ替わるように養護教諭がベッドへと近付き、周りをカーテンで仕切り、診察を始める。



 数分経たずしてカーテンは開けられる。



「うん、外傷も大したものはないし、意識もすぐに戻りそうだ。特に大きな問題はなさそうだね。ひとまず安心しなさい。あー、そう言えば君たちを見るのは初めてだね。新入生かな? 私の名前はリアンナだ」



「テュールです」



「リリスなのだー!」



「……レーベ」



 と、三人が名前を名乗る。



「ふむ、よろしく。で、彼女の名前は──」



「セシリアです」



「ふむ、セシリアはここで見ているから心配ないよ。君たちは授業に戻りたまえ」



「はい、先生よろしくお願いします」



 そう言って頭を下げるテュール。よろしくお願いします! お願いします。 とリリスとレーベも頭を下げる。



 任されたよ、と返事をして微笑むリアンナ。



 三人はリアンナに後を任せ、先程の訓練場へと戻る。



「戻りましたー! セシリアは大きな怪我もなく、意識もすぐに戻るだろうとのことで、保健室のベッドで休んでいます」



「ふむ、そうか。それならば安心だ。ご苦労だった。……では試合を再開する! ヴァナル、レフィー! お前たちは双剣と槍か、ならば魔法は使わず武器術のみでの試合とする! 時間は変わらず三分だ!」



「はーい、よろしくねーレフィー」



「あぁ、よろしく頼む」



 こうして、五組目の戦いが始まる。

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