第50話 真円描く深淵なる神宴
「フフフフフ、リリスよ! 貴様に魔の深淵を魅せてやろう」
「ククク、テップとやら? 貴様に真の深淵を見せてやるのだ!」
既に試合は始まっているのだが、テップとリリスは動く気配を見せず、セリフを言い合う。そしてテュールはリリスの語彙力に不安を覚えながらも二人の試合を呆れた目で見つめる。
「「とうっ!」」
どうやらようやく始まるらしい。二人は大袈裟な動きをしながら後ろへと飛び、距離を空ける。
まずは向かって左のテップだ。左手を顔にかざし、右手を天へとまっすぐに突き上げる。クロスさせている足が気色悪さをより際立たせている。
そして向かって右にはリリス。右手で左手首を必死に押さえつけ、苦悶の表情を浮かべている。うぅ、静まるのだ! ック、久々の戦いに抑えられていた封印がぁぁ! などと言い始める。
(この戦いどうなるんだよ……)
テュールは、そんな二人にひたすら引いているが、恐らく観戦している者は皆、同じ心境だろう。当然、そんな試合の監督をしているルーナもコメカミに青筋を浮かべ、頬をピクピクと痙攣させている。
さて、そんなギャラリーの反応など知ったこっちゃないテップは右手に十五センチ程の魔法陣を描く。同じくリリスも十五センチ程の魔法陣を封印されている設定の左手に浮かべる。
そして即、発動するかと思いきや──。
「我願ウ──、地獄の業火の化身イフリートよ、現界へと顕現し、猛々しき本能のまま全てを喰らい、燃やし、灼き尽くせ。災厄の魔炎!!」
テップは無駄な詠唱を挟んだ。当然、考えるレベルが同じリリスも──。
「水の精ウンディーネ。そなたは有限にして無限、不変にして幽玄。彼の者の罪を存在もろとも次元の彼方へ連れ去り給え。浄化の福音!!」
割と難しい言葉を使いながら詠唱を行った。観戦している皆はちょっぴり感心してしまった。
そして、お互いが詠唱し終わると、ここでようやく魔法陣が光り、魔法が発動する──。
テップの右手からはソフトボール程の火の玉が、リリスの左手からは、やはり同じくらいの大きさの水の玉が。
軌道も速度もほぼ同じ──つまり、バカ正直に打ち合っただけの魔法は、丁度両者の真ん中で衝突し、爆発音とともに大量の水蒸気を発生させる。テュールからしてみれば思ったより大きい音が出たな、程度の感想だ。だが、戦っている両者は違ったらしい。
「クク、ククク、ハーッハッハッハ! やるな、深き森の魔女よ! まさか地獄界第七層の主にして業火の化身であるイフリートを打ち消すとは感嘆を禁じ得ないぞ!!」
「ふん、邪教徒の狗め! この程度の魔法でリリ──我を倒せると思っていたのならば自惚れも、はなはな──、はだはな? はだはだ? えーっと、んと、あっ! はなばなしいのだ!! 歪んだ偶像をあの世への手土産にするのだな! フハハハ!!」
(いや、ドヤ顔で思い出したように言ってるけど正解は甚だしい、だからな? 無理して言い慣れない言葉使うのやめような? うん)
学芸会であれば面白い演目だな、などと失礼なことを思いながらテュールは観戦を続ける。
そして茶番は続く──。
「ふん、いくら話し合ったところでお互いが交わることはもうない、か……。来世で会ったのならその時は笑顔で会おう。それまで暫しの別れだ」
「ック、反吐が出る。貴様と手を取り合う未来など、何百何千生まれ変わろうがあり得などしないのだ! その甘っちょろい考えごと消し去ってやるのだ!」
「残り一分半だぞー」
怒る気も失せているルーナが二人に時間のアナウンスをする。
ここでテュールは、他の皆はどんな気持ちでこれを眺めているのだろうと、チラリと視線を配る。いつも通りヴァナルは笑顔で面白いねーと言いながら観戦している。セシリアは、どうなるんでしょうか! ねぇどうなるんでしょうか! とレーベを揺すっている。ガクガク揺すられているレーベは、さぁ? と全く興味なさそうだ。
意外──でもないが、カグヤ、レフィー、アンフィス、ベリトは真剣に両者の戦いを見ていた。
(まぁ、確かにこの茶番に目を瞑りながらでも見るだけの価値があるだけに、なぁ)
テュールは真剣に眺める四人を見て苦笑する。そう、いたって不真面目なテップとリリスだが両者の魔法陣は素晴らしかった。
まずはリリス。先程の魔法は、十五センチの魔法陣の中に詰められるだけ情報を詰め込んだ、もはやウォーターボールとは言えない何かだっだ。威力、精度、性質、形状全てがカスタムされており、そんな魔法陣にも関わらず構築速度も恐ろしく速い。ベリトが発動を防げないほどには。
そして意外にもテュールはテップの方にも驚かされる。テップの放った先程のファイアーボールは大きさも指示通り十五センチ以下。構築速度も驚くほど速いというわけではない。魔法陣の中身も全くイジっておらず、実にオーソドックスな教科書通りのファイアーボールだ。
──しかし、美しかった。同じ作業工程で同じ作品を作っても、作り手によって差異が出るのは当然のことで、テップの魔法陣は魔法を使い込んできた者だからこそ分かる、言葉に表せられない美しさがあった。そんな丁寧に作り込まれた魔法陣から生まれる魔法はリリスの創った魔法と相打ちに持ち込むほどのものとなったのだから驚くに値する。
ルーナもこれに気付いているからこそ、この茶番を止めずに続行させているのだろう。
さて、そんなことを考えながら眺めている間にも二人の物語は進む。現在の場面は──。
「さようなら、魔に憑かれた最愛の人」
テップが両手に五センチ程の魔法陣を紡ぎながら最愛の人にそう告げる。
「あぁ、さらばなのだ。既に自我のない私の中の私を愛した愚か者」
リリスも同じく両手に五センチ程の魔法陣を浮かべ愚か者に言葉を返す。
(えぇ、なんか急に切ないラブストーリーになっているんですけど……)
と、テュールは驚きニ割、呆れ八割の感想を抱きながら隣を見る。セシリアは──そんな、切なすぎます! とレーベをキツく抱きしめながら叫んでいた。レーベは少しイラっとしていた。珍しい光景だ。
そしてどうやら別れを告げた二人は両手の魔法陣を合成し、十センチ程の魔法陣を描く。そしてここでもまた無駄な詠唱を始めた──。
「氷よ、風よ、今はただ彼女の時を永遠へと封じこめ、安らかなる眠りと失われることのない美しさを──。最果ての眠り」
「闇よ、光りよ、この世界を白く白く照らせ、一条の闇をより濃く、より深く、より鋭利にするために──。表裏一体」
そして両者の手元にあった魔法陣は光り輝く。
テップから生まれたのは相手の時すら奪ってしまうほどの極寒の風。
リリスから生まれたのは深淵を覗き見るが如き漆黒の槍。
両者の魔法はまたしても惹かれ合うように衝突し、そして絡み合いながら溶けていった──。
「フ、届かなかったか……グハッ!!」
魔法によるダメージなど一ミリもないテップは、突如口を押さえ、うずくまる。
「当然なのだ──と、言いたかったがどうやら我も限界がきたらしいのだ。うっ……」
もちろん同様にダメージのないリリスもドサリと倒れ込む。
「リリアーナ……」
そして、遥か先で倒れているリリアーナへと改名されたリリスへ手を伸ばすテップ。
「ステフライト……」
そして妙に格好良い名前となったテップへと手を伸ばし返すリリアーナ。
(お前ら誰だよ……)
「うぅ、うぅ、リリアーナさん、ステフライトさん……分かります、分かりますよ!!」
呆れるテュールの横でセシリアは泣いていた。レーベはそっと離れた位置に移動していた。そして、ここで三分が経過する。
「し、試合終了……。おい、そこで遊んでいる二人、さっさと戻れ。……はぁ、まったく頭が痛いな。次は──ベリトとセシリアか。お前らは頼むから真面目にやってくれ」
頭を抑えたルーナが疲れた声でそう懇願する。
「畏まりました。と、言っても私は常に真面目ですから」
「うぅ、いい話でし──え? あ、はい! 先生! 私も真面目ですので大丈夫です!」
こうしてムクリと起き上がり、笑顔で中々良かったなって言い合う二人と交代でベリトとセシリアが準備を始める。
そして──。
「あぁ、この試合は魔法を使っても良し、近接戦でもよし。魔法は先程と同じ制限だ、覚えているな? ──よし、では始めろ」
疲れきったルーナの声で開戦となる。




