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第49話 アホが命ずる。あっちのアホをぶっ飛ばせ。

 開始の合図と同時にカグヤがまっすぐに切り込み、まずは挨拶代わりだと言わんばかりの正直な一撃を繰り出す。



 カンッ。



 当然、フェイントも何もないそこそこ速い一撃など当たるはずもなく、テュールの木剣に阻まれ小気味よい音が響き渡る。予想の範疇内であったのだろう、カグヤは動揺することなく後ろへと飛び、その姿を消す。



(縮地ではなく、浮動まで使えるのか……。ここからが本番だってことね)



 音もなく気配もなくカグヤの姿は消えたように移動し、ところどころ極僅かな砂埃が舞い、そこにカグヤが存在するということを示していた。そして様々な角度から多種多様に斬りかかってくる。



 唐竹・袈裟斬り・胴・右斬上・逆風・左斬上・逆胴・逆袈裟・刺突──。



(陽炎に月閃、うわ、止水まで……。モヨモト本当に他に門下生いたんだなぁ……)



 モヨモトから教わった剣術の数々を繰り出すカグヤの木刀を受け止めつつ、感慨にふけるテュールであった。



 そして十合、二十合、剣戟は止むことなく重ねられ、カグヤの姿は小気味いい音とともに現れては消えていく。そんな時間は瞬く間に過ぎ──。



「残り三十秒だ!」



 ルーナの声が両者の耳に届く。そこでようやく足を止め、僅かな距離を空けた場所に姿を見せるカグヤ──。



「ふぅ、テュール君はやっぱり強いねっ。私も鍛錬頑張ってきたつもりだったけどまだまだだね」



 肩で息をしながらそう言ってニコリと笑う。



「なーに、少しカッコイイところを見せたくて余裕ぶってるだけだよ」



 そう返すテュール。息は乱れることなく、汗一つかいていないテュールが本気でそう言っているとは誰も思わなかったが。しかし、それを聞いても尚笑うカグヤ。



「フフ、こんなに楽しい試合は久しぶりだよ。最後の技受け止めてね?」



 そう言って腰を低く落とし、刀を地面と水平に浮かべ、剣先をテュールへと合わせる。



(あの構えは……、って、おいおい正気か? アレ受け止めろって、かなり神経使うんだぞ……。浮動とは違い、音、気配、空気、闘気に気を割かず、なりふり構わない最速の歩法『瞬雷』からの刺突、言ってしまえばただ速いだけの突きだが、単純だからこそ己の──)



 一つ長い息を吐ききり、カグヤが動き始めるッ。



(反応速度が生死の境目──!!)



 相手への最短距離を雷の如き速さと荒々しさで駆け抜け、刺突で貫く『流星』。



 しかし、カグヤの木刀はテュールを貫くに至らず、テュールの下から振り上げられた木剣に弾かれ、宙を舞う。



「ふぅ。……よっ、と」



 そして、速度を殺すことなどまったく考えていないカグヤを抱きとめ、試合は終了となる。



「おい、カグヤ? 流星はダメだろ。下手したら腹に穴空いてたぞ?」



 腕の中にすっぽり収まったカグヤに少し呆れた笑みを浮かべそう言うテュール。



「う、ごめんなさい……。テュール君なら受け止めてくれるって思ったら、その……」



 ついはしゃいでしまい、力の加減ができなくなった自分を恥じるカグヤ、テュールの腕の中でモジモジと反省する。



「ったく、案外カグヤは戦闘民族なのな」



「……うっ、ごめんなさい」



 からかうテュールに、謝るカグヤ。いつもと立場が逆のため、ついついテュールはニヤニヤと笑いながら、カグヤを見つめているが──。



「あー、終わったなら、次の試合に進みたいのだがー?」



 呆れたルーナの声にハッと気付く。そしてパッと身体を離し、から笑いをしながら急いでその場を離れ、他の団員のもとへ走るのであった。



「いやぁ、流石テュールセンパイッ! あんだけ睨まれた後でカグヤと抱き合いながらイチャイチャできるなんて、鋼の心臓だな!」



「うっ。──って、ハッ!?」



 戻った先では案の定、男性陣がニヤニヤしており、テップは嬉しそうにからかってくる。何も言い返せないテュールは押し黙り、そして思い出す。キラーマシーンの存在を──。



 恐る恐るテュールは振り返り、クルードを視界に収める。しかし、意外なことにクルードからは殺気が感じられない。



(まさかっ!! 見られていない!? 神様ありが──)



 神に救われた思いで天を仰ぐテュールだが、そんな時に目の前の男がニヤついているのがやけに気になる。



「テュ~ルくん? カグヤと抱き合って仲睦まじく囁きあってたってクルードが聞いたらどうなるだろうなぁ?」



 その男──テップは実に意地の悪い声でそう囁く。



「なん……だと!? ──っく、何が要求だ」



 そして、いつの間にかテップの横にアンフィス、ヴァナル、ベリトも並び、ニヤついている。



「おや、テュール様? 我々はテュール様を脅す気なんてこれっぽっちもありませんよ?」



 と、親指と人差し指をかなり離し、これっぽっちを見せてくるベリト。



「だな。ただどうしても言うならば俺達も育ち盛りだからな」



「うんうんー、明日の学食楽しみだね~」



 アンフィスとヴァナルまでまるで打ち合わせしてたかのように華麗なコンビネーションで脅しをかけてくる。



(ック、大した額じゃない。学園の昼食などいくら奢っても冒険者としての三ヶ月でそれなりに稼いでいた俺の財布は痛くなどない。だが、だが、なぜこんなにも釈然としない気持ちになるんだ──!)



 テュールは、下唇を噛み目の前の四人を睨む。だが、睨まれた四人はそんなテュールを見てニヤニヤしたままだ。そして──。



「おい、次はアンフィスとレーベだ。早くしろ!」



 ルーナから声が掛かる。アンフィスはルーナに対し雑な返事を返し、立ち去っていく。その間際、んじゃよろしくー、とテュールに声を掛けるのを忘れずに。



(フンッ!! お前なんかレーベに負けてしまえ!! 弟子よ!! あの黒トカゲをやっておしまいなさいっ!!)



 心の中で吠える負け犬テュールであった。



「では、次は素手同士の試合だな、今回も三分で魔法はなしだ。──始めっ!」



 合図と同時にアンフィスとレーベは駆け出す。



 お互い素手のため、当然であるがショートレンジでの戦いとなる。二人は真っ向からぶつかり、お互いを結ぶ線の中央で相まみえた。



 初手から全力の右ストレートを放つレーベ。それに左ジャブで合わすアンフィス。生身の拳とは思えない鈍い衝突音が響く。そして場外からは──。



「師匠命令だぁあ!! レーベぇぇ!! そのアホをぶっ飛ばせぇぇ!!」



 心の中のモヤモヤを解き放つテュールがいた。



 しかし、レーベはそんなアホなことを言う師匠の言葉にもコクリと素直に頷き、目の前のアンフィスをぶっ飛ばそうと四肢を凶器として振るう。



 そんなレーベを見て、アンフィスは口を獰猛に釣り上げ、笑う。



「いいぜ? ぶっ飛ばしてみろ」



 小柄なレーベはその小ささを活かし、アクロバットで回転の速い乱打を浴びせ続ける。



 対するアンフィスはそのどれをも捌き切ってみせ──。



「泣くなよ?」



 反撃に転じる。左足を軸とし、その長い右足をしならせるように振り抜く──咄嗟にレーベは腕を重ね防ぐも骨の軋むような音と破裂音の如き衝突音。当然その場に踏み留まり衝撃を殺すことなどできず、むしろ逆に身を任せ、宙を流れるように吹き飛ばされていく。



 しかし、一瞬視界を閉じてしまったレーベが目を開けた時にはアンフィスは消えていた。こっちだ、そんな声が後ろからしたと思った瞬間に──。



 コツン。



 レーベの後ろに回り込んでいたアンフィスは、笑いながら頭に軽く拳を落とす。これで終わりだ、と。



「私の負け……」



 悔しそうに、されど潔く負けを認めたレーベは敗北宣言し、ペコリとアンフィスに礼をする。



「おう、中々楽しかったぜ?」



 笑いながら手をヒラヒラと振って、去っていくアンフィス。



「ふむ、試合は終了だ。痛みがあれば医務室で治療を受けてくるがいい。どうだ、大丈夫か?」



 レーベに対してそう尋ねるルーナ。レーベはそれに、大丈夫だと返事をし、皆の元へと駆けていく。



「──ふむ。では、次はステップとリリス!」



「「はーい!」」



 二人は元気よく返事をして駆け出していく。そして、入れ替わりに戻ってきたレーベがテュールに頭を下げる。



「ししょー、ごめんなさい、ぶっ飛ばせなかった……」



 テュールはそんなレーベの頭をポンポンと撫で──。



「今はいい、今はいいんだレーベ。いつか必ずお前が俺に代わって性格の悪い男連中をぶっ飛ばしてくれると信じている。強くなろう。ついてきてくれるか……?」



「ししょー……」



「レーベ……」



 ひしり! 抱擁を交わす二人。レーベの見た目が幼女のため、ある種健全で、ある種危ない絵だ。



 それを見たヴァナルとアンフィスは流石に苦笑いをしていた。



「盛り上がっているところ申し訳ありませんが、そろそろ試合が始まるみたいですよ?」



 そして、ベリトにそう言われて皆は顔を試合場の方へ向ける。どうやらテップとリリスの試合が始まるようだ。



「では、お前らは魔法が得意ということだから魔法を積極的に使っていけ。但し殺傷能力、効果範囲の大きいものは禁止とする。また、使用する魔法陣の大きさは十五センチ以下に限定する。わかったな? ──よし。では、始めっ!」



 こうして、フフフフフと不敵な笑みを浮かべあっているテップとリリスの戦いが始まる──。

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