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第41話 執事のちょっといいトコ見てみたいっ、あっそれ!

 戦闘開始の宣言と同時にクルードは後ろに大きく飛ぶ。両手にはそれぞれ一メートル程の魔法陣を浮かべて──。



「距離をとって身体強化の二重詠唱(ダブル)かー、発動できるといいな(・・・・・・・・・)……」



 テュールがそう言うと、何を言っているんだ? と少女たち五人とテップは首をかしげる。



 アンフィスとヴァナルは理解しているようで──。



「あの構築速度じゃ無理だなー」



「そうだねー」



 なんて言い合っている。戦闘場を見るとクルードがベリトから三十メートル程離れて着地し、両手の魔法陣を重ねて身体強化魔法を完成させるところだった。



 しかし結果は不発──。クルードの魔法陣は光を失い霧散してしまった。本人を含めた多くのクラスメイトは怪訝な表情を浮かべていた。果たしてこの中にベリトがクルードの魔法陣に何かしたことを認識できた者が何人いるだろうか……。



 当事者であるクルードからしてみれば使い慣れている魔法であり、発動直前まで違和感を感じなかった。では、何故消えたのか? 答えは対戦相手にある。そう考え、前方を睨む。



「フフ、貴方の魔法陣に私の魔法陣を合成して効果を失わせただけですよ」



 目の前で混乱しているであろうクルードにわざわざ種を明かすベリト。



「なっ──!?」



 驚き、言葉を失っているのはルーナ。ハルモニア校Sクラスの担任教師を持ってしても、絶句させるには十分な内容であった。カインと青白い教師も言葉に出さないものの目を見開き、僅かな動揺が見てとれる。



 クラスメイト達は、そんなのやったことないけどスゴイの? 考えたこともなかった。と、事の異常さを理解できずにそんなことを言い合っている。主席をとったカグヤ、そして表情から察するにセシリアも理解できているのだろう。言葉を失い唖然としている。



「フ、テュールの仲間は本当に面白いやつが多いな」



 レフィーは、これがどんな技術か分かっていて笑っているあたり大物だ。そしてテップは──。



「ハハ、すげーな。ま、すごさはイマイチわかんねぇけど」



 なんて言っているが、意外にもその目は真剣で、一挙一投足を見逃すまいとしている。



 開始たった数秒で周りの度肝を抜いた執事は、この程度で驚いてもらっては困るとばかりに飄々としている。そして──。



「そうですね。今の魔法陣を見ただけでおよそ貴方の魔法のレベルは分かりました。残念ですが私がその気になれば一つとして発動させることはできなくなります。ですが、それでは見ている方々にも申し訳ない。どうぞお好きに使って下さい。以後邪魔しませんから」



 クルードに対し、侮蔑の言葉を浴びせる。クルードはギリッと奥歯を噛み、忌々しさを表情に滲ませながら魔法陣を再度構築し身体強化魔法を掛ける。そして、更に三メートル程の魔法陣を発動し、魔力で白く輝く剣を生成する。



 ──三メートル級……?



 ──すごい。



 ──生成魔法を使えるなんて。



 などと、分かりやすいクルードの凄さにクラスメイト達は驚いているようだ。



 一方テュールサイドでは──。



「あの密度かぁ、脆そうだな。つーか、もれぇ」



「そうだねー。んー、小指かなー」



「いや流石に無理だろ。人差し指か中指は使わねばなるまい。いや、重力魔法使っていいなら小指でいけるか」



 と、三者ともクルードに対しては一片の驚きも、そして強さに対する敬意もなかった。



 そんなテュールの小指でへし折られるレベルの魔力剣を生成し終えたクルードは三十メートルをほんの一歩と錯覚させるほどの動きでベリトに斬りかかる。



 斬りかかられたベリトは執事服の内ポケットに手を伸ばし、それ(・・)を引き抜くと同時にクルードの剣を受け止める。



 キンッ!! 硬質な金属音が響き渡る。そして、斬りかかったクルードはそれを見て激昂する。



「なっ……!! ふ、ふざけるなぁぁっ!!」



「何を、でしょうか? ふむ、もしや知らないのですか? なら教えてあげましょう。ペンは剣より強し、です」



 そう言ってベリトはニコリと笑いながら万年筆をクルクル指で回す。



(ちげぇよ。ベリトちげぇよ。そのことわざはそんな物理的なことは言ってねぇよ)



 観客席にいる皆の気持ちはこの時一つになった。



 そして、そこからの数分はクルードにとって、まさに悪夢と言えるだろう。王国騎士団団長と打ち合える程の技術を持ち、本気になれば同年代に数合打ち合える者すらいなかった。それが今、自身渾身の魔力剣を万年筆であしらわれているという現実。



 公爵家の人間として民の見本になるよう自分に厳しく誰よりも訓練を積んできたはずだ。オカシイ……、コンナハズデハ……!



 クルードは刹那のひと拍に、薙ぎ、払い、突き、打ち下ろし、止むことのない剣戟の雨を降らせる。対するベリトはクルードに比べ数段遅く見える。到底そんな動きでは剣戟の雨は凌げない。誰もがそう思うが現実にある光景は不可思議だ。目の前に映るベリトは余裕すら伺える動きで斬撃が来るであろう場所に万年筆を置き、その雨を一滴も洩らすことなく受けきっている。



 そんな時間が数分続くと──。



「ッチ……!」



 何百と降らせていた剣戟についに限界が来る。今まで止めていた呼吸を再開するためにクルードは一旦後方へと引く。ベリトは追うつもりはないようでその場で万年筆を回している。そして──。



「クルード様、どうぞご自身の剣を見て下さい」



 冷静さを失っているクルードはそんな言葉に大人しく従ってしまい視界に映った光景に驚愕する。そしてすぐさま自身の剣を霧散させ、無手となる。



 そんな不可解なやり取りに観客席にもざわめきが生まれる。



「どうしたのだー?」


 

「何ですかねぇ~?」



 リリスとセシリアも頭に疑問符が浮かんでいるようだ。しかし、そんな中、ニヤニヤと笑っているのはアンフィス、ヴァナル、レフィーだ。



「テュールくんは、どういうことか分かる?」



 カグヤもどうやら分からなかったらしく、テュールに尋ねてくる。当然テュールは何が起こっているか把握できているため何気なく答える。



「あぁ、さっきの打ち合いの中でベリトがクルードの剣に万年筆で文字を刻んだんだよ。貴方の剣止まって見えますよ、ってな」



 それを聞いた少女達は驚く。



「……ししょー、ベリト強い」



「ん、そうだな。ベリトは間違いなく強いな。俺も胸を張ってそう言えるぞ。本当にベリトが負ける姿というものが想像できないからな」



 そんな会話をテュール達がしていると、ベリトが最後通牒とでもいうべき提案をクルードに投げかける。



「まだ続けますか? テュール様に自分の愚かさを認め、誠心誠意謝罪するというなら許して差し上げてもいいですよ」



「……ふ、ふふふ、ふふ、ふざけるなぁ!! 下等な平民が調子に乗りやがって!! 僕は公爵家の人間だぞ! シュナイツ家の人間なんだ!! こんなとこで……! こんなとこで──!!」



 そう喚くとクルードは一メートルの魔法陣を四枚浮かべる。出来上がった魔法陣は四メートル級。明らかに学生レベルを越えた魔法陣だ。



「消し炭も残らないよう全てを灰燼へと変えてやる」



 冷静さを失ったクルードからは殺気が漏れる。



「おい、クルードやりすぎだ!」



 止めに入ろうとするルーナ。それを手で制するカイン。



「黙って見てろ、あの執事なら心配いらねぇよ」



 そしてクルードの魔法陣は完成し、光を帯び始める──。



「暴風よ、吹き荒れ蹂躙せよ──。獄炎よ、骨の髄まで溶かし喰らい尽くせ──。獄炎纏いし暴風龍インフェルノ・ディザスター!!」



 それと同時にクルードが厨二病全開の呪文を唱える。それを聞いたテュール達は目を見開く。



 ──むっ!! ちょっとカッコイイな!!



 観戦席から前のめりになるテュール、アンフィス、ヴァナル、テップ、リリス、レーベ。六人は目をキラキラさせていた。



 そしてクルードの魔法陣は遂にその凶暴な牙を剥き、ベリトへと奔る。まともに食らえば暴風により自由は奪われ、四肢は千切れ飛ぶであろう。同時に炎に燃やされ、熱量から察するに焼死体すら残らない──。



 しかし、あの執事ならば避けてしまうだろう。誰もがそう思っていた。



 が、ベリトへと向かった魔法は観戦者、そして恐らくはクルードにとっても予想を裏切ることとなり直撃する。ベリトを中心とした炎による竜巻が立ち昇る。



「なっ!? これで無事で済むものか!! ッチ! 魔法ごと吹き飛ばすしかないか……、いや、それだと中にいる生徒が……ック!!」



 カインに抑えられていたルーナがギリギリと歯を食いしばり、対処方法を即座に思案しはじめる。発動する前なら──直撃する前なら──どうすることもできたはずだ。しかしこれでは……。



「フ、フフ、フハハハ!! 貴様がいけないんだぞ! 平民に仕える従者など平民にも劣る存在! そんな存在が公爵家の人間に歯向かえばこうなることは必然の理だ!! 僕は間違っていない! 間違っていないんだ! フハハハ!!」



 異様な光景であった。



 火柱は轟音を周囲に撒き散らしながら立ち昇り、それを止められずに悔やむ教師、それを抑えるのもまた教師。そしてそんな光景を作り出して高笑いしている生徒。これが異様ではなかったなら何を異様と定義するだろう。そんな光景であった。しかし、それを打ち破るのがトンデモ執事だ──。



「気が済みましたか?」



 轟音の中から涼し気な声と、パチンッという指を鳴らした音が聞こえる。瞬間、先程までの火柱と轟音が嘘だったかのように戦闘場を静けさが塗り替える。



 パッパッと戦闘前から何一つ変わっていない執事服を手で払い、執事は笑う。



「……え」



 これにはルーナも驚き、本日何度目かの絶句をする。



 当然、先程まで勝利どころか殺してしまったとまで思っていたクルードも──。



「な、ななな、なんで? どうして? 何をした? どうなっている? 直撃したはずだ……。灼かれたはずだ……。そうじゃなきゃいけないんだ! なんでことごとく僕の思い通りにならないんだ? こんなことは今までなかった! なぜだッッ!? なぜだぁぁッッ!!」



 そこにはプライドも体裁も何も残っていない男が佇み、慟哭を上げていた。クラスメイト達もその光景に憐れみすら覚え、口を開けないでいる。



「もういいでしょうか? では、お仕置きです」



 ベリトはそんな言葉とともに何でもないように先程まで使っていた万年筆をクルードに投げる。



 パシンッ。



「え、へ、え?」



 その万年筆はクルードの瞳まで数センチというところでカインの手に握られていた。



「こいつはルール違反だな。俺は言ったよな? 命は奪うなと」



 そう言ってカインが横から掴んだ万年筆をベリトに投げ返す。



「おや、すみません。少し力加減を間違えてしまったようです。……では私の反則負けですね。テュール様申し訳ありません、大見得を切って臨んだものの負けてしまいました。いかなる叱責も受ける覚悟です」



 カインから投げ返された万年筆を指で弾き、執事服の内ポケットにクルクルストンと仕舞ったベリトは悪びれもせずテュールに頭を下げてそう言う。



(いや、叱責とか、なんていうかもうそういう話じゃないじゃん……。見ろよクルード君腰抜かした後気絶しちゃってるじゃん……)



 結果は予想できていたが、現実に起きるとあまりに不憫なため、少しばかりクルード君に同情してしまうテュール。



「白々しい。誰の目から見ても勝負はついていた。執事、お前の勝ちだ。──さて、決闘はこれにて終わりだ! ……さて、こいつを運ぶか」



 そしてカインがそんな執事の茶番に呆れながら、勝敗を告げる。その後、実に面倒くさそうに頭を掻いてクルードを運ぼうと近付いていく。



「あぁ、いいですよ。私が医務室まで連れていきましょう」



 そう言って青白い教師がカインに先んじてクルードを抱える。



「お、そうか。悪いな、ザビオルド」



 カインは素直にその言葉を受け取り、ザビオルドと呼んだ青白い教師にクルードを任す。



「さて、ガキども決闘見学はこれでしまいだ。教室戻ってホームルームすっぞー。ルーナ、後は任した」



「へ? あ、あぁ、ん、コホン。──では速やかに教室へと戻れ! 私語は厳禁だ!」



 こうして皆の胸中に、あの執事は一体何者なんだ? と疑問を強く残した決闘は終了となる。

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