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第33話 テュール、リトマス紙になる

 そしてあっという間に一週間は過ぎ、テュール達の住む家に四通の合否通知が届く。



「ベ、ベリト、あ、開けてくれ……」



 薄くね? 薄くね? 通知薄くね? ヤバイ、不合格か? と超絶チキっているテュールは透かして見ようするところまではできたが怖くて開けられないでいた。



 ベリトはいつもと変わらない調子で、はい、畏まりました、と言い封を開けていく。



 そして取り出した内容を見ると、目を見開き珍しく驚いた表情となる。



 どうだった? どうだった? とテュールがチラッと(うかが)うようにベリトを見ながら尋ねてくるが、ベリトは沈痛な表情を浮かべ、口を開けないでいる様子だ。



 それを見たアンフィスとヴァナルもベリトの後ろに回り込み通知内容に目を通す。



「「…………」」



 アンフィスとヴァナルは目を泳がせ、あぁー……とかうぅー……とか言い、狼狽ろうばいしはじめる。



 え? え? その三人の態度に急に不安が高まるテュール。嘘だろ? なぁ嘘だろ? ベリトの襟口を掴んでガクガクと前後に揺らしながら絶望に染まっていくテュールの表情。



 ポンッ。



 いつの間にかテュールの後ろに回り込んだアンフィスとヴァナルが左右からそっと肩に手を置いて優しく微笑む。その微笑みからはどんな時もいつまでも俺達は家族だ、という生暖かさが籠もっていた。



 そして、遂に意を決した表情のベリトが長く息を吐いた後、テュールに告げる。



「テュール様、お気を確かに持ってよく聞いて下さい……。──合格です」



 一瞬テュールは時が止まったように錯覚し、時が動き出してからは心臓の動悸が激しくなり、痛みすら覚えるようだ。



「すま、ん……。よく聞こえなかった……。もう一度言ってくれ……」



 胸を押さえながらテュールが二度と聞きたくないであろう単語をもう一度言ってくれとベリトに指示する。



 ベリトが一度ゆっくり目を閉じ、開く。そして一呼吸深く吸い込み吐き出してから言葉を紡ぐ。



「えぇ、ですから、その……、──合格です」



 テュールの頭は理解することを拒んでいた。上手く単語を聞き取れない。



(俺が合格? 合格ってなんだ? つまり受かっ──受かってんじゃん)



「え? 受かってんじゃん」



「はい、ですから一次試験は合格ですよ。おめでとうございます」



 ニコリと笑顔で拍手しながらベリトがそう告げる。



 アンフィスとヴァナルも肩をバシバシと叩きながら、良かったなー。おめでとー。と祝いの言葉を掛ける。



「なーんだ、良かっ──いや良くねぇよ。お前ら、あの態度はなんだ? おい。どう見ても不合格パターンのリアクションじゃねぇか!!」



「先日おバカなことをされましたテュール様への意趣返しですよ。ドッキリってやつですね」



「だなー。ププ、テュールの青ざめていく顔なんて最高だったぜ? ほら、化学の時に使うあの紙みたいでさ」



「あぁー、リトマス紙だねー。プププ、リトマス紙……プププ」



 チラチラと俺の顔を見ながら笑うヴァナル。



(一発殴ってもいいよな? な?)



 そんな三人に対し、拳をふるふると握りしめ、下唇を噛むテュール。



「あ、ちなみに私達三人も無事一次試験合格でした」



 三人揃って笑顔でピースサインをする。喜ぶべきシーンなのに、テュールはこんな時どんな顔をすればいいか分からない。



(笑えるかボケ)



「というわけでテュール様、無事一次試験を通ったわけですが、恐らく筆記試験も私達であれば満点近く取れるでしょう。しかし、テュール様は筆記試験──そうですね、七割ほどに抑えた方がいいでしょう」



 もうドッキリなんて昔のことですよ、という風にさらっと流し、話を替えるベリト。そこに含まれるテュールへの進言。テュールは訝しげな目でベリトの言葉の続きを促す。



「と言うのも、魔術試験で八m級の魔法を行使、しかもテュール様ですからコントロールも威力も申し分なかったのでしょう。しかし、これはやりすぎです。ハルモニアのトップクラス、いわゆるSクラスですが、Sクラスに入るために必要な目安は一m前後の超級魔法です。入試時点でニmの幻想魔法級を使える生徒など数年に一人いるかいないかです。つまり魔術試験は満点で通っていると思って間違いないでしょう」



「え……?」 



 その言葉にキョトンとするテュール。魔術試験の結果は良くないと悩んでただけに目から鱗が落ちるような思いだ。



(魔術試験が満点……? テップ……? おい? っく、あのお調子者め……、盛ったな(・・・・)?)



「はい、そして、体術試験もSSクラスの冒険者の方から満点を貰っています。テュール様、満点と満点で何点でしょうか?」



 ベリトが余計なことを考えていないのでこれからのことを考えて下さいと言わんばかりに強めの調子でテュールに問いかける。



「ま……満点」



「では、そこに筆記試験で満点を取るとさて何点になりますか?」



「ま……満点」



「はい、では全科目満点の方の順位は何位でしょうか?」



「い……一位です」



「よく出来ました。主席というラベルを貼られたまま三年間を過ごしたいのであればどうぞ筆記試験を満点で通過して下さい」



 ニコリとベリトが笑ってそう言う。ハハハ……、乾いた笑いを浮かべたテュールは、すみません七割狙います。とベリトに頭を下げるのであった。



 そして、それから五日が経ち、二次試験である筆記試験が始まる。



 会場に着いたテュールは、お調子者のテップに一言文句を言ってやろうと、赤毛のパーマ頭を探すが見当たらない。千五百人もいるため見落としたのか、それとも不合格だったのか、見つからないとなると、それはそれで寂しく残念に思ってしまうテュールは、しかし目の前の試験に気持ちを切り替え臨む。



「開始!」



 試験官の声が響く。一斉に試験用の冊子を開く音が重なり合う。テュールは問題文をゆっくりと読みながら筆を進める。



 スラスラと問題を解いていくテュールは口元が釣り上がりつい気色の悪い笑顔を浮かべてしまっていた。



(できる──! この問題ルチアゼミで見たことがあるやつだ! 解ける! これも──! これもっ! スゲー俺頭良くなってるんだ!)



 日本にいた頃を懐かしく思いながらニヤニヤと問題を解いていくテュール。試験会場を歩いて周っている試験官からは、何だコイツっていう可哀想な目で見られたが幸いそれだけで済んだので気にしないことにする。



「そこまでっ!」



 試験が終わりを告げられ、解答用紙を回収される。



 試験後答え合わせを四人でしようとも思ったが、あの程度ならルチア達からの授業でも初級レベルだ。というかロディニア一の入試を持ってしても簡単に思えてしまうルチアの勉強方法とはなんだったのか。



「よし、試験の後は美味いものを食べる。これが俺の流儀だ! よし美味いもの食べに行こうぜ!」



 テュールの奢りなー。ありがとー。ありがとうございます。なぜかテュールが奢る流れになったが三ヶ月の冒険者稼業で飯代くらい余分に出すことはできるので黙って認める。



 そしてリバティでそこそこの値段、そこそこの味という十五歳のテュール達が入りやすい店へと入り、打ち上げを行う。



 食事が進み、酒も入り、四人とも上機嫌になってきている時にベリトが余計なことを言う。



「そうそう、テュール様解答用紙にきちんと名前は書きましたか?」



「──え?」



(書いたよな? 書いたはずだ? あれ? 書いたっけ? いや、確か……。 あれ? 嘘? いやいやいや書いた、書いた! 書ーいーた!! ……よね?)



 急に百面相を始めたテュールを見て、これまたアンフィスやヴァナルが笑いながらからかい、ベリトもテュールをイジめることができてご満悦の様子だ。そして──。



「お、お前ら俺が名前書いていなくて落とされていたら全員道連れだからな!?」



 と喚いてしまうあたり、相変わらず器の小っちゃいテュールであった。 

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