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第26話 異世界にも桜色の蕾はあったんだ

 四人はギルドの外へ出て、人々の死角になっている物陰へと歩いていき、それぞれが認識阻害の効果を付与した真っ黒な外套を魔力で作り出し、全身を覆う。



 外套を纏うと、四人は遠慮なしに駆けだし、西側の城壁にほんの数瞬で辿り着く。



 城壁から平原を見ると、そう遠くない距離にいわゆる西洋竜のイメージに近い真紅の鱗をした成龍が暴れているのが見える。



「アンフィス。あれはどっちだ?」



「……女、だな」



「ならば、紳士らしい振る舞いでいくとしよう」



 アンフィスの答えにそう提言するテュール。三人は頷く。そしてテュールは城壁から外へと身を投げ出し、平原を黒い弾丸となって駆け抜ける。途中冒険者と衛兵の集団を追い越す。この速度と認識阻害の外套の効果で気付かれた様子はない。逆に言えばこの集団はこの程度の速度と魔法で気付けないレベルだということだ。



 成龍の大きさがハッキリ見える位置まできた。全長はおよそ三十m。大きな皮膜のついた一対の翼は動く度に突風を撒き散らし、鋭い眼光は興奮状態であることが分かる。口からはチロチロと炎が漏れている。幸いにもテュールたちが一番乗りであり、周りにはまだ冒険者や衛兵の姿は見えない。



「あの集団のレベルでは成龍の相手は難しそうだな。こちらで勝手にやらせてもらおう。ベリト結界を、ヴァナル濃霧、アンフィスは注意を引いてくれ。俺が意識を刈り取る」



 三人を頷きそれぞれの役割を果たす。



 ベリトは直径五百m程の半球型の結界を張る。ヴァナルは水、火、氷の魔法を使い、一旦水蒸気を大量に発生させ、急速に冷やし結界内を濃霧で満たす。



 ──おいおい、なんだこれは! ──中はどうなってる!? ──龍はこの中か!?



 追い越した第一陣が到着したのだろう。結界の外から声が聞こえてくる。その結界を武器で叩く者や魔法をぶつける者もいるが、ベリトの結界はその程度の攻撃じゃ(ひび)一つ入らない。



 外界から視覚を遮断されたため、四人は外套を霧散させる。アンフィスがお嬢ちゃんこっちだ、と人の姿のまま殴り合いを始める。アンフィスの身長は人の中では大きい方だが成龍と比べれば人サイズの大きい小さいなどドングリの背比べだ。だが、アンフィスの漆黒の籠手から繰り出される拳は確かに成龍に衝撃を与え、意識を引くことに成功している。



 羽虫のごとく飛び回るアンフィスを理性を失った成龍が苛立たしげに追い回す。そして龍の口元には──。



「ブレスか──」



 十m級の魔法陣が光り、白熱した炎の濁流がアンフィスを襲う。



 龍は本能で知っている。このブレスを防ぎきれる者など皆無に等しいことを。龍の口元が獰猛に釣り上がる。(うるさ)い羽虫を退治したという小さな達成感を得て。そしてその瞬間には強者の慢心があった。五種族最強の龍族。まして自分は竜人ではなく、純龍だという生まれ持っての圧倒的優位。



 冷静であれば、周りを見渡す注意深さがあれば、気付けたかも知れない。二十mもの魔法陣を一本の刀へと変えた男のことに。



 そして理性なき今、耳元で聞こえた言葉の意味なんか理解しようともしなかった。あぁ、まだ羽虫がいたのか、蹴散らさねばと思っただけだ。



 オヤスミ、オジョウサン? ヒケンコロサズ? ハハハ、ハムシメ、ツギハオマエノバ──。



 そこまで声を発したところで、紅き龍は瞳から色が消え失せ、崩れ落ちる。その首元から胸までは一直線に薄く長い魔力刀が貫通しており、その柄の先にはテュールがいた。



「アンフィス、大丈夫かー?」



 数十m先でブレスを受けきったアンフィスに念のためそう尋ねるテュール。



「あぁ、なにちと服が焼けた程度だ。怪我はない。ヴァナルにも助けてもらったしなー」



「テュール、こっちは大丈夫だよー」



 そう言って濃霧の先で姿は見えないアンフィスとヴァナルが答える。



 それを聞いて安心したテュールが魔力刀を霧散させると紅き龍は人の形へと姿を変える。そしてテュールは少女が地面へと倒れ込まないよう抱きかかえる。



 改めて腕の中の少女を見ると、その少女は燃えるような紅い髪をしており、目を閉じていても凛々しさ、美しさを感じさせる。そして、どこか抜き身の刀を思わせる魔性とも呼べる魅力があった。そして一糸(まと)わぬ身体は前世での欧米人顔負けのスタイルで、女性の象徴とも言える双丘は生きていることを伝えるように上下している。桜色の蕾とともに。



「まとわぬッッッ!? アンフィス、ヴァナル、ベリト服だっ!! 誰でもいい!! 今すぐ服を持ってこい!!」



 動揺したテュールは大声を上げてしまう。その声に紅髪の少女の長い睫毛がピクピクと動く。



「ベリトぉぉおお!! 今こそ執事力の見せ所だろ!? ねぇ早く!! もう結界とかどうでもいいから早くぅ!! 起きちゃうよ!? もう起きちゃうよぉぉ!!」



 あっ……。



 テュールの叫び声も虚しく少女の瞼が開かれてしまう。そして視線がぶつかり、テュールが震える口唇で声を掛ける。



「お、おはよう。そしてよく聞いて欲しい。これは誤解だ。何を君が思っているかは分からない。だがこれは誤解なんだ。まずは話し合おう」



 キョトンとする紅い少女。状況がまだ理解できていないが、見知らぬ男性の目線がチラチラと泳ぎ胸の辺りを何度も見られているのに違和感を覚え見下ろす。



「──ッ!!」



 少女はテュールの腕の中から跳ね起き、すぐさま魔力で服を作り出す。視線は鋭くテュールを突き刺し、紅い髪がゆらゆらと宙でなびく。可視化される程の魔力が渦巻く。



「あー、そうだよね。そうなるよね。うん。そうなって当然だ。だが、少しだけ俺の話しを聞いて欲しい。君は今まで竜化していて理性を失っていた。純龍が成龍になる際に起きる魔力酔いだ。そして君が街や人に被害を出す前に俺が力づくで魔力ごと意識を奪った。そのせいで上手く人化の術での服を形成できなかったんだろう。しかし、君の裸を見たのも事実だ。すまない。そして俺にはそれに見合う償い方が分からない。俺にできる償いならなんでもしよう」



 散々チラ見していたテュールが真面目トーンで謝る。背中は冷や汗でびっしょりだ。



「…………」



 しばし今の言葉について思案を巡らす少女。ややあって少女を纏う魔力は霧散され、髪はストンとまっすぐに落ちる。



「……すまない、迷惑をかけた……。確かに私は急な魔力の増大に焦り、リバティを出たところまで記憶がある。成龍へとなったことも感覚から分かる。お前は嘘をついていないのだろう。助かった、ありがとう」



「あぁ、気にしないでくれ」



(ふぅーーー!! あっぶねぇーーー!! 良かったぁ!! ちゃんと話通じる子で良かったぁぁあ!!)



 テュールは表向きは、クールを装っていたが、内心非常に焦っており、少女の回答に心の底から安堵していた。そして、もしかしたらこのまま立ち去ってくれるかも知れない、と淡い期待さえした。だがしかし現実はそこまで甘くはなかった。



「だが、家族以外の男性に裸を見られるのは初めてでな。これでも少しばかり傷つき、戸惑っている。怪我一つない所をみるとお前は善意で私を助けてくれたのだろう。本当に感謝する。しかも私の肌に対する償いまですると言ってくれる。ここまできたら言葉に甘えようと思う」



「あ、あぁ、どーんと来い。どーんと」



 声が震える。いつだってテュールの最大の敵は女性だ。



「名前を教えてもらっていいか?」



「……テュールだ」



「私の名はレフィーだ。ではテュール、償いだが……、お前を一日借りたい」



「一日?」



「あぁそうだ。一日隣にいて話を合わせてくれるだけでいい」



「まぁ、そのくらいなら」



 もっと無茶な要求をされると思ったテュールは、その呆気なさにキョトンとし、了承する。



「ありがとう。では、いずれよろしく頼むテュール」



「あぁ、こちらこそ」



 そう言って、頭を下げ合う二人。そこにようやくベリト達が現れる。



「さて、お話がまとまったところでよろしいでしょうか? 外の冒険者の方や衛兵の方々が大分興奮してきていますが如何なさいますか?」



 そして、しれっと服を持ってこなかったことなど置いておき、そう話しを振る。



「……あー、逃げようか。レフィーさん、とりあえず一緒に来る?」



「そうだな。ひとまず一緒に行っていいか? あと、レフィーでいい」



 それに対し、了解と一言テュールは返し、四人とレフィーは逃走を図ることとする。



「じゃあ結界を解いたらそのまま西の森まで入ろう。そこで時間を潰して何気なく戻るってことで」



「畏まりました。では」



 パチンッ。



 ベリトが指を鳴らすと結界が解ける。その瞬間に五人は駆け出し森へと潜る。濃霧がまだ残っているから街側にいる冒険者は衛兵には気付かれないだろう。



 こうして無事と言えるかどうか微妙な龍退治を終える四人であった。

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