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第25話 大魔王からは逃げられ――逃げんなー!!

「あー! テュール!」



 テュールが二日振りにギルドへ戻ってくると、ヴァナルが手を振って呼んでくる。テュールはひとまず合流すべくそちらへ足を向ける。



「テュール様お疲れ様です。いかがでした?」



 依頼の結果を尋ねてくるベリト。



「あぁ、最初ちょっとしたトラブルがあったが無事達成だな」



「トラブル?」



 静かに飲み物を飲んでいたアンフィスがその一言に気を引かれる。飲んでる飲み物は恐らく酒だろう。法律? こちらは十五歳からお酒おっけーです。



「あぁ、何の手違いか依頼が二重契約されててな。なんのかんので一緒に依頼を請け負うことになったんだが、これまた──」



「おい、おめぇら! 見ろよ極上の女だぜ! ひゅー! そこの黒髪の綺麗なねぇちゃん! 俺達と酒飲まないか?」



「「「ガハハハハ!!」」」



 周りで飲んでいたむさ苦しい男たちが急に色めき立つ。



「そうそう、黒髪の綺麗な……ん?」



 自分の発した言葉に違和感を覚え振り返り、ギルドの入り口を見るテュール。



「あっ、テュール君っ! さっきぶりだね」



 そこには、しばらく会えないだろうと思っていたカグヤが立っていた。



「おやおやおやおや! テュール様の既知の方と察しますが? テュール様こちらの方どなた様でしょうか?」



 ベリトが普段のニ倍増しで芝居じみた大袈裟なリアクションでテュールに尋ねる。



「あー、さっき言おうとした今回の依頼で一緒に依頼を請けた子だよ。カグヤ」



 テュールは小さく手を振り、ベリト達三人を紹介しようと、カグヤをテーブルへと呼ぶ。



「あー、カグヤ。こっちは俺の友人であり、一緒に育った兄弟みたいな三人だ。順にアンフィス、ヴァナル、ベリトだ」



 口々に挨拶をする三人。



「私はカグヤといいます。テュール君には今回の依頼でお世話になりました。皆さんよろしくお願いします」



 綺麗なお辞儀をするカグヤ。一緒に揺れる黒髪についつい目が奪われ──そこを目敏(めざと)く三人が気付き、いつものニヤニヤ顔を始める。そして──。



「すごいねーテュール。また(・・)女の子の友達が増えたねー!」



 悪意ある強調をしながらヴァナルがテュールをからかう。



「ですわねー。さすがはテュール坊っちゃん。おモテになられてうらやましいですわ、ホホホ」



 アンフィスが気色悪い口調でそこに乗っかる。



「バッカ、おま──」



 カグヤの恐ろしさを知っているテュールが慌てて弁解を図ろうとするが……。



「──また(・・)?」



 時既に遅し。



 ゾクリと背筋が凍るような声が響き渡る。先程まで周りのむさ苦しい連中もなんでアイツばっかりチクショウなどと大声で(くだ)を巻いていたはずだ。



 まさに、水を打ったとはこのこと。



 カグヤの放った小さな一言はそれまでのギルドの喧騒と呼ぶべき音をすべて圧殺した。



 カグヤの近くにいてその一言を耳にした者たちは一様に震え、その声を耳にしていない人々も何か異常な事態が発生していると察し、その場の空気に呑まれる。



 ここで立ち上がるは勇者。勇者は何故勇者と呼ばれるか。どんな絶望にも勇ましく立ち向かうからである。



「あー、そ、その、カグヤさん? えぇと彼らの言っていることはですね? あの、その? 単なる友達ってやつでして……?」



「別に? テュール君にいくら女の子の友達がいても関係ないから気にしていないよっ? そっかー。私もその内の一人だったんだねっ」



 気にしていないという言葉を辞書で引いて欲しいと思ってしまうテュール。体中から汗が滝のように流れる。そしてこの緊迫した雰囲気を打ち破る救世主が現れる。



 バタンッ!! 大きな音を響かせ、扉が開く。その後光を背に小さなシルエットが浮かび上がった──。



「リリスなのだー!! テューくんに会いにきたのだ!!」



 そして、すぐ後ろからもトコトコとニ名来場者が現れる。



「エフィル? ここでいいのかしら?」



「えぇ、ここで良いはずです。テュール殿はギルドに登録したとのことですから、こちらに行けば会える可能性──おっと、運がいいですね。ちょうどあちらに」



「あら、ホント、テュールさ~ん」



 そして、リリスとセシリアが駆け寄ってくる。いやその表現は的確ではない。リリスは飛んできた。飛んできたリリスを抱きかかえて受け止める。次にセシリアも駆けてきたのだが、よほど焦ってたのかテュールの目の前で(つまず)いてしまう。咄嗟にリリスを抱えたまま、もう片方の手で支えるテュール。



 あら、私ったらはしたない、なんてモジモジしながら腕の中から動こうとしないセシリア。テューくん♪ テューくん♪ とものすごいゴキゲンに頬を腕にすり寄せてくるリリス。



 そんな柔らかく甘い匂いのする二人に頬が緩んで、意識が遠のくテュール。しかし──。



 ハッ!? テュールは思い出した。今の今までの状況を──。そして、恐る恐る首だけで後ろを振り返る──。



 ででーん。



 ──大魔王がそこにはいた。



「テュール君、本当にモテモテだねっ。お友達紹介してくれるかな?」



 大魔王の攻撃、凍てつく笑顔。テュールは歯がガチガチと上手く噛み合わず、背中に嫌な汗が流れた。



「ん? テューくん、こやつら誰なのだ?」


 

 ようやくセシリアとカグヤの存在に気付いたリリスが尋ねてくる。その声に──。



「あら、テュールさんのお友達ですか? こんにちは」



 セシリアのひまわりスマイルが飛び出す。実にいい笑顔だ。だが、今この瞬間だけはちょっと自重して欲しいと思ってしまうテュールであった。



 そんな三者を目の前にして、甲斐性なしのテュールは、思考を放棄して夢の世界に旅立ちたいと思ってしまう。しかし、自分ではどうすることもできない局面こそ、頼れる家族がいるじゃないかと思い直す。そう、マイ・ソウル・ブラザー──。



 ガハハハ、兄ちゃんイケる口だね! おう、おっさんも中々やるじゃねぇか! 姉ちゃんもなかなかだ! フフ、私などまだまだ修行の身、精進せねば。ガハハハ、こっちの兄ちゃんとエルフの美人の姉ちゃんに酒を追加だ!!


 

 フフ、では行きますよ? 右手、左手どっちでしょうか? んー、右! 俺も右だ! 分かりやすすぎるぜ、俺も右だ! はい、正解は左でした。 ひゅーどういう手品だい? フフ執事スキルです。ガハハハそうか面白い兄ちゃんだ! この兄ちゃんに酒を!



 アハハー、そしたらその奥さんがね? ボクに一緒にお風呂入ってくれたら報酬上乗せしますって言ったんだー。おう、それでそれで! どうなったんだ!? フフ、それはね~。体験版はここまでになりますー。これ以降は……。おーい、この兄ちゃんにメシと酒だ!! ガハハハ!!



(おい、お前ら。冒険者ニ日目のニュービーが何ナチュラルに常連っぽいおっさん達に混ざっちゃってるんですかね? というか皆さん楽しそうに笑ってますけどわっかりやすいくらいこっちを無視するってオーラ出してやがりますね)



 どうやらこの局面は一人で乗り切れとのことらしい。そして、困惑するテュールを三人は待ってくれない。



「テュール君っ?」



「テューくん?」



「テュールさん?」



 美少女三人に至近距離で見つめられ、思考回路はショート寸前だ。



(……い、いや、別にやましいことはしていない。堂々としていればいいんだ。そう、友達。みんな友達なんだっ! そう、ラノベの主人公たちは皆、こういう局面を乗り切ってきたじゃないか。俺だってやればできる!!)



 異世界に転生すれば不思議と女性関係は丸く収められると書物から学んできたテュールは、萎えかけた闘志を再度燃やし、目の前の三人に向き直る。



「あ、えぇと、昨日絡まれている所にたまたま遭遇して、なんやかんやで友達になったセシリアさんです。で、その後ギルドで出会ってなんやかんやで友達になったリリスさんです。で、昨日今日と依頼を一緒に受けて、友達……になれたんでしょうか──ヒッ!? 友達になっていただきましたカグヤさんです」



 テュールのたどたどしい紹介にとりあえず納得することにした三人はお互いに挨拶をする。そして挨拶が終わると、んー、と考え込んだセシリアが爆弾の投下を始める。



「あら、じゃあ私が一番先にテュールさんのお友達になれたんですねー。嬉しいです」



 両手で赤く染まった頬を隠すようにクネクネしながらセシリアが言う。



 ピクッ。リリスとカグヤの動きが止まる。



「テュ、テューくんの手って大きくてゴツゴツしてるけどあったくて優しい手をしてるのだ。手を繋いで歩いていると安心できるのだ!」



 リリスが負けじと爆弾を放る、放る。



 へー。少し引きつった顔でセシリアとカグヤがテュールを睨む。そして、何かを思い出したようにカグヤが──。



「あ、そっかー! テュール君が寝言で言ってたからアンフィス君達の名前聞き覚えあったんだー!」



 ピシリッ、空気に亀裂が入る。フフフ、ナハハ、アハハ、三人の乾いた笑いが渦巻く。



 そして、テュールは全身の血の気が引き、貧血寸前の状態になると今度こそ救世主が現れる。



 バンッ!! ギルドの扉はまたしても荒々しく大きな音を立て、開かれる。扉からしたらもういい加減にしてくれ、である。そして扉の先には一人の男。テュールも見知っているその男は、慌てた様子で言葉を発する。



「純龍だ!! 成龍期に入った龍族が魔力暴走を起こして理性を失っている!! 城壁の外、西にある平原だ!! Bランク以上は俺についてこい!! Cランク以下は街の住民の避難だ!! 急いでくれ!!」



 現れたのはウェッジ。そしてその言葉を聞いたテュールは──。



「アンフィス、ベリト、ヴァナル行くぞ!!」



 大魔王三体を倒すより、純龍一人の相手をする方がよっぽど楽だと瞬時に考え、戦線を離脱して龍の元へ避難するのであった。

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