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第24話 男は見栄を張りたい時があるんだよ

「テュール君っ? 起きてー、朝だよー?」



 空はすっかり明るくなり、小鳥の(さえず)りも聞こえる。窓を開けたのか新鮮な風とカグヤの声が一緒になってテュールの頬を撫でる。



「あと五分ー」



 目も開けず、布団にくるまったままテュールがそう答える。



「もう八時だよ? 朝ごはん抜きでいいの?」



 ガバッ!!



「ヤバイ!! 寝坊した!! 課長に怒られる!!」



 布団を跳ねのけ、いきなり上着を脱ぎだすテュール。



「かちょう? 誰かの名前かな? あと私もいるんだから急に脱ぎ出さないでね?」



 カグヤの冷静なツッコミにバンザイした状態で上着を半分ほど脱いでいたテュールがピタッと止まる。



 そしてスルスルと両手を下げ、ゆっくりと上着を着直し、目の前にいるカグヤと目を合わせる。



「その……、お、おはようございます」



「うんっ、お寝坊さんおはよう。もう朝ごはんできてるから急いで支度してきてね?」



 そう言って部屋から出ていくカグヤ。一人残されたテュールは嘆いている間もないまま急いで支度を終え、ダイニングへ向かう。



「兄ちゃんおそーい!!」



「「「おそーい!!」」」



「おとーい!!」



 子供達が口々に抗議する。ひたすらに謝り続けるテュール。



「フフ、はい、みんなご飯だよ」



 カグヤが可笑しそうに笑いながら朝食を並べ始める。子供たちは現金なもので、それを見た途端テュールのことなど目にも入らない。出てきた食事はパンとソーセージと目玉焼き、サラダ、昨日の残りのポトフだ。



 そして、全員に皿と食事が行き渡ると──。



「兄ちゃん遅れたから罰なー?」



「「うんうん」」



 男子三人がソーセージを一本ずつ取っていく。そしてそれを見ていたキャロもパンに手を伸ばし奪っていく。



 テュールはぐぬぬと呻き、苦悶の表情を浮かべるもこれは確かに自分に非があると認め、黙認する。それを見ていたピナが──。



「おにいたん、ぽんぽ痛いのー? ピナもたべたげるね」



 そう言って、最後のソーセージをぐわしと手掴みで取り、自分の皿へ置く。



「あ、あ、あ、ありがとうピナ。ピナは優しい子だな……。お兄ちゃんピナのおかげでポンポン痛くなくなったぞー? さ、食べようか」



 心の中で滂沱(ぼうだ)の血涙は止まるところを知らず、しかしそれでもテュールは笑顔を作る。



(そう、ここで笑わなければ、男ではないッッ!!)



 だが、やはり目の前の寂しくなってしまった食事内容を見れば、泣き言を言ってしまいそうになるテュールであった。



 そんな光景を見たカグヤは苦笑しながら食事の始まりの礼をし、皆が続く。そして食事はあっという間に進む。



「ごちそうさまー!」



 子供達が口々にそう言うと、食器をシンクに持っていく。そして子供五人は子供部屋に集まりどうやら文字の練習や簡単な計算の練習などをやるようだ。



 そして子供達がいなくなったのを見計らってテュールがカグヤに話しかける。



「寝坊してすまない。食事の準備ありがとう。今朝も美味しかったよ。昼からの仕事は俺に任せてくれ。というか頼むから俺にやらせてくれ」



 頭を下げるテュール。そして鬼気迫る顔で懇願する。



「お粗末様。大丈夫だよ。気にしないでね。んー……、テュール君がそういうなら甘えちゃおっかな? 私は子供達の勉強を見てくるよ。でも、その前にはい」



 そう言ってカグヤは自分の前にあったお皿を差し出してくる。



「その、ちゃんと手をつける前に分けたものだから……。余計なお世話だったらその、捨てちゃっていいからねっ」



 言い終わるとカグヤはテーブルから離れ少し足早に部屋を後にしようとする。



「え、あ、ありがとう! すげー嬉しい。遠慮なくいただくよ!」



 慌ててカグヤの背中に言葉を投げるテュール。



 振り返り少し困ったような顔で、大袈裟なんだから、と返すカグヤの頬は少し赤かった。



 カグヤの足音が遠ざかるとテーブルへと向き直り、半分になった目玉焼きとソーセージ、パンを食べ始める。



「うむ。美味い。こんな美味い朝食が今まであっただろうか……。いやない」



 アホなことを言いながらニヤニヤと朝食を一人で食べるテュールであった。



「ごちそうさまでした」


 

 カグヤのくれた分の朝食も食べ終え、一人手を合わせ礼をした後、テュールは食器を洗ったり、布団を干したり、掃除や洗濯など家事を一通り行っていく。ちなみに一般的な家庭では一日二食のところが多い。孤児院では朝と夕の二食だ。



 そして家事を終え、細かな雑事を終えると子供達が兄ちゃんあそんでー! とせがんでくる。仕方ねぇなーと言いながらも満更でもなさそうなテュールは子供達とめいっぱい遊んだ。



 遊び終えると子供達はお昼寝タイムだ。テュールとカグヤはダイニングで冷たいお茶を飲みながら一息つく。そんな時に──。



 コンコン。



 ノックの音がし、玄関で古くなった蝶番(ちょうつがい)がキィと鳴いて、扉が開け閉めされる音が聞こえてくる。



「戻りました」



 タリサの声が廊下を伝ってダイニングまで届く。



 テュールとカグヤはタリサを出迎えるべく玄関を目指す。



 そして荷物をテュールが持ち、タリサが落ち着いてから再度ダイニングへ集まる。



 ダイニングではカグヤが冷たいお茶を用意し、タリサに二人で昨日と今日の報告をする。



 時折、頷きながら一通り聞いたタリサは孤児院の中を見て回る。



 そしてテーブルへと戻ると──。



「二人ともありがとうございました。丁寧に仕事をして頂いたのがよくわかります。これは少ないですが報酬です。受け取って下さい」



 そう言って三千ゴルドずつ二人に渡すタリサ。



「いやタリサさん、俺達の報酬は二千ゴルドずつですよ?」



 テュールがそう言うと、隣のカグヤも頷き、二人は千ゴルドを返そうとする。



「いえいえ。このような少ない報酬では普通依頼を受けてもらえないことの方が多いんですよ。そんな中貴方達は依頼を受けてくれたどころか依頼内容を丁寧に遂行して下さいました。追加報酬としてそちらは受け取って下さい。と、言っても本当に気持ち程度しか出せなくて申し訳ありませんが……」



 そう言って頭を下げるタリサ。



「そんな! 頭を上げて下さい! そうおっしゃって下さるなら、お気持ちありがたく頂戴いたします」



 テュールは慌てて言葉をかけ、依頼料を受け取る。カグヤも感謝の言葉を続け、同じように受け取る。



「では、依頼はここまでです。お二人ともありがとうございました。もしよろしければまた子供達の顔を見に来て下さいね。歓迎いたします」



 テュールとカグヤは口々に是非に、と返答し帰り支度を始める。



 そして、最後に子供達の顔を見ようと子供部屋を覗くと、ちょうど起きたばかりと思われるピナと目があった。



 荷物を持って外套をしているせいかピナが二人が帰ってしまうことに気付く。


 

「おにいたん、おねえたん、いったうの?」



 今にも泣きそうなピナの表情に心が締め付けられる二人。



 どう言ったものかテュールが困っている内にピナが近付いてきて、カグヤのワンピースの裾にしがみつきながらやーだ、やーだと泣きはじめてしまう。



 カグヤはしゃがんでピナを抱きしめる。



「ピナー? 泣かないの。 ピナがいい子にしてたらまた会いにくるよ。約束、ね?」



 ──ほんとー? 



 ──ホント。


 

 ──ほんとのほんとー? 



 ──ホントのホント。



 ──ほんとのほんとのほんとー? 



 ──うん、約束。



 ──じゃあピナいいこにしてゆ。



 ──フフ偉いねピナ。



 そう言って優しく頭を撫でるカグヤ。



 そして後ろではピナの泣き声で起きたのか子供達は全員起きており、また来てよ? 絶対だよ? と口々に言い始める。



「あぁ、絶対だ。ナハハハー、兄ちゃんはお前らの師匠だからな。次来るときまでに少しは強くなってろよー? また稽古つけてやるからなー」



「フフ、キャロ、ピナ? タリサさんのお手伝いをしっかりするんだよ? 私がまた遊びに来たらその時は一緒に料理手伝ってもらうんだから」



 そう言って五人の頭を撫でていくテュールとカグヤ。



「ありがとうございます。みんなあんまりお兄さんとお姉さんを困らせないであげてね? こういう時は何て言うべきだったかしら?」



 五人は顔を見合わせて、ハッと気付き、ありがとうございましたと頭を下げる。



 こちらこそありがとうございました。二人は子供達に頭を下げお礼を言った後、(きびす)を返す。



 玄関までタリサと子供が見送りに来て、再会の約束と挨拶を交わす。



 そして孤児院を出て、最初にテュールとカグヤが出会った岐路に立つ。



「あー……カグヤ、二日間ありがとう。すごい助かった」



「フフ、テュール君ってばこの二日間ずっとお礼言ったり謝ってばかりだったね。助かったのは私も一緒だよ。ありがとうございました」



 頭を下げ合い、笑う二人。どちらともなく笑いがおさまると沈黙が生まれる。



 そんな言葉がない時間がどれくらい経ったろうか、テュールがじゃあ俺はこっちだからそう言ってギルドから来た道を指す。



 私はこっちだからテュールとは反対へ向かう道を指すカグヤ。



 それじゃ──。うん、それじゃ――。



 二人は同時に一歩を踏み出す。ゆっくりと遠くなっていく背中。



 テュールは振り返ることなくギルドへと歩いていく。



 同じ街で冒険者をしていればいずれまた会えるさ、と自分に言い聞かせ──。

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