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第22話 揺れる食器と触れる想い

「後片付けは俺がやるよ。カグヤは休んでてくれ」



 食べ終わった後、お茶を飲んで食休みをするとテュールがそう言う。



「ううん、大丈夫。後片付けまでが料理だからねっ。テュール君こそ休んでて」



 そう言うとカグヤは腕まくりをして白くて細い腕に力こぶを作ってみせる。まったくできていないが。



「いや、俺も遊びにきたわけじゃないんだ。少しくらい家事を手伝わせてくれ」



 どの口がそう言うのかテュールは臆面もなくそんなことを言う。



「でも──」「いや──」「だって──」「だがな──」



 お互いの言い分は平行線を辿る。それを聞いてたピナが不思議そうに声をかけてくる。



「いっちょにすればー?」



 最年少であるピナにアドバイスを貰ったテュールとカグヤはキョトンとした後、プッと吹き出し──。



「そりゃそうだ。何を意地張ってたんだが……。カグヤ食器洗いを手伝ってくれないか?」



「ホントね……。ピナありがと。そして手伝ってくれは私のセリフだよっ。テュール君っ」



「いや俺の──」「え、私のだよ──」「いやいや──」



「勝手にやってればいいよ。エリック、ジミー向こうで遊ぼうぜー!」



 最年長のジェフがやや呆れながらニ人を放っておくことを決めて、子供部屋へと戻ることを提案する。



「あたしもー!」「あたちもー!」



 キャロとピナも一緒に遊びたいと言い出し、五人は仲良く子供部屋へと戻っていく。



 子供達の声が遠ざかっていくとダイニングは急に静かになる。先程まで言い合っていた二人はやや気恥ずくなり──。



「さて。片付けようか……」



「そうだね……」



 苦笑混じりに食器を洗い始める。


 

 シンクの前に二人は並んで立つ。カグヤが食器を洗い、テュールが水で流すという役割だ。孤児院のシンクは狭く、食器をこすると肘や肩がどうしても当たってしまう。



 テュールは少しドキマギしながら視界の端でカグヤを盗み見る。どうやらカグヤは少しくらい触れることは気にしてないらしく、何でもないように鼻歌を歌いながら手慣れた様子で食器を洗っている。



 テュールは努めて気にしないよう意識を外そうとするが、かえって意識してしまい、触れ合う部分だけ熱を持ってしまっているかのようだ。やや不自然なテュールに気が付いたのかカグヤが──。



「どうしたの? 大丈夫?」



「え? いや何でもないよ? 気にしないでくれ」



 下から覗くようにそう聞いてくる。だが、テュールは気の利いた返しもできず少し突き放した言い方になってしまう。情けない。実に情けない主人公である。



 そんな時間が十分程続いたろうか。テュールはゴリゴリと精神を削られ疲弊していた。リオンと頭空っぽで組手してた方がよっぽど楽だと思うほどに。



 洗い終わった食器はテュールが布巾で水気を取り、カグヤが棚にしまっていく。受け渡す時はお互い食器の反対側を持ってたため接触事故は起こらない。ホッと一安心しつつも少し残念な気持ちになるモテない歴うん十年のテュール。



 そんなことを考えながらテュールが食器を拭いていると──。



「んーっ! テュール君っ! お願いっ!」



 カグヤが皿を棚の一番上の段に置こうとしたが、身長が足りず完全に奥にしまえていない。つま先立ちでプルプルしながら皿の端を指で押そうとしているが、皿は半分しか棚に乗っておらず、カグヤの手に合わせてゆらゆらと揺れている。



 テュールは慌てて布巾と食器を置き、カグヤの後ろに回り込む。そして、カグヤに覆い被さる格好で手を伸ばし皿を奥まで押し込む。皿が無事しまわれたのに安心したのか、カグヤはつま先立ちだった踵をストンと落とし、その勢いでぽふっと後ろに倒れ込む。



 当然すぐ後ろにはテュールがいるので転ぶことはない。だがその格好は後頭部がテュールの胸のあたりに支えられ寄りかかる形となる。そして棚に手を伸ばしたままテュールの体ごと二人は固まる──。



 テュールは急に世界が音を失ったかと思う程に心臓の音だけが大きく聞こえる。一秒だったか、十秒だったか、はたまた一分だったか。短いようで長く、長いようで短い時間が流れる。そしてその時間を破ったのは──。



「なにやってゆのー?」



「「「「シーッ!」」」」



 ダイニングの扉の陰からこっそり覗き見する子供達の声だった。



「え……あ、そのっ、カグヤすまないっ!」



 思い出したかのように周りの景色が色を帯び始める。テュールは混乱から立ち直りきらないままカグヤの両肩を掴み、後ろに倒れてしまわないよう気を使いながら自分は一歩下がる。そして、とりあえず謝る。女性に対してはまず謝っておくというのが前世から女性慣れしていないテュールの悲しい処世術の一つだった。当然、直ぐ様支えていた両手もハンズアップする。



「う……うんっ! テュール君ありがとねっ? おかげでお皿もしまえたし、私も、その、平気だったしっ!」



 くるりと振り返り、頭を下げるカグヤ。頬は赤く、口元はむず痒そうに見え、お礼を言った後頭を上げても視線は床の上をゆらりゆらりと泳いでいた。



「どうちたの? おねえたん顔がまっかっかだよ? だいじょぶ?」



 そんな二人を見守っていた子供達のうちの一人ピナがカグヤの様子を見てトテトテと近づいてきて純粋無垢な瞳でそんな言葉を口にする。悪意と自覚のない追撃にカグヤも面食らった様子だ。



「だ、大丈夫よ? ピナありがとねっ。そうだ! お話しを一緒に読もっか! ピナ本はどこかにあるかな?」



 駆け寄ってきたピナに向き直り、しゃがんで頭を撫でながらカグヤはそう提案する。誤魔化した、誤魔化しましたね、扉の前で固まってた子供達は口々に批難めいた言葉を発している。



 ピナから視線を外し、扉に視線を送るカグヤ。瞳は細められ目尻が少し下がる。反対に口角はやや上がったその表情は素材が最上級であるため非常に美しく可愛らしい微笑みであることは間違いない。だがしかし、その細められた瞳の奥の奥にある色を子供達は敏感に察することができた。



 この世界では危険を察知できないノロマから死んでいく。扉の先からはドタバタとやかましい足音が遠ざかるように聞こえ、そこに四人がいたのが幻だったかのように静寂が戻る。どうやら大魔王から逃げ出すことに成功したらしい。



「さ、ピナいこ?」


 

「うんっ!」



 こうして自然に見える笑顔でカグヤはピナの手を繋いでやや足早にダイニングから立ち去る。



 残されたテュールは誰もいない扉の先を見やり、胸のあたりを右の手のひらで押さえ、フッと鼻で笑ったあと、首の付け根を揉みほぐし頭を左右に振り──。



「なんで女の子ってあんないい匂いなんだろうなぁ……」



 小さく呟くのであった。

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