第177話 それぞれの出自
「んー、では一つ面白い試みをしてみましょうか。ユウリさーん」
テュールが闘気を昂ぶらせ、今にも飛びかからんとするタイミングでノインは気の抜けた声でユウリを呼ぶ。そして再び、何もない空間がひび割れるとそこから鎖が垂れ下がる。
ノインがその鎖を軽く引けば、ふわりと囚えられたユウリが出てくる。そして──。
「はい、お仕事です」
「はぁ……。もう、本当に最悪ね。テップ君の前だって言うの──」
ユウリが喋れたのはそこまでであった。ノインは鎖を持ち上げたままぶら下がっているユウリの鳩尾あたりを一気に腕で貫く。ユウリは大きく痙攣し、数秒遅れて大量の血の塊を吐き出すこととなる。
「はい、プレゼントです」
そして、血まみれでぐったりしたユウリの鎖の先をまたもやひび割れた空間にしまい、宙に浮かしたまま固定すると、自身は大きく後退する。
「ノインどういうつもりだっ!!」
その光景を見て、激昂するテュール。ノインに対し怒気を籠めた声で追及する。
「おや、お喋りする余裕があるので? そこの磔の聖女様死んじゃいますよ?」
だが、ノインはそんなテュールの気勢にもまったく怯むことなくそう言い返した。
「くっ、ルチア頼む!! 俺はあのサイコパス野郎を殺す!!」
テュールは動かないユウリを見て、そう言うと、自身はノインへ向かって走り出す。同時にルチアはユウリの元へ近寄り、樹界魔法による回復を施す。
「……チッ。まさかラグナロクにここまで厄介な奴がいるとはね。これはどういうカラクリだい……」
ルチアは普通の怪我であればたとえ腹に穴が空いていようが一瞬で塞ぐことくらいはできる。だがしかし、ルチアの膨大な魔力とマナを持ってしても傷は簡単には塞がらず、まるで底に穴が空いたバケツのように回復するそばから生命力が漏れ出てしまう。
そんな治療を数分続けているとようやくユウリの顔色に少しだけ生気が戻り、瞼がピクリと動くのが見てとれた。
「……意識はとりあえず戻ったかい」
「……あ、はい。ありがとうございます。でもどうか殺して下さいませんか? このままルチア様が私にマナを注ぎ続けると発動してしまいます」
「何を言ってるんだ──!? あんた……」
「……えぇ、私には降天の魔法陣が刻まれています。フフ、私は自らを代償にし、自らに天使を降ろすというハイブリットな聖女らしいですよ」
そして、意識を取り戻したユウリはルチアに対し、開口一番殺してほしいと願い出る。そしてその後に明らかに無理をして笑い、弱々しく続けられたその言葉は、ルチアを驚愕させるには十分であった。
「ほら、分かりますか? 私から漏れ出たマナが吸われていくのを」
ルチアはその言葉を聞き、改めてマナの動きを注視する。そのマナの行く先はユウリの背中。そっとルチアは背中を覗き見る。そこにはかつて敵対した天使が使う魔法──天界魔法をよく模した魔法陣が刻まれていた。
「解呪は……あたしには難しいね。テップに任せれば解呪の間にサーディアが死ぬ。そして結局そのマナで天使が降りてきちまうってことかい……。カカ、さて、となればあたしがとる道は一つさね。恨むんじゃないよ」
「ありがとうございます」
ルチアは迷わなかった。自身にできること、現在の状況、そして起こりうる未来を冷静に考えれば選択肢は一つである。代償にも器にもなり得るこの少女を殺す。それは人類と一人の少女の命を天秤に乗せる行為。だが、どちらにせよ天使が降りてしまったら殺すしかない。だったら早いか遅いかの違いだ。
無慈悲な目で感情など殺しきり、その腕を振り上げる。
「あ、そうそう。クルスフィールド家って知ってます? えぇ、災厄の魔眼の暴走で一つの街が消えた時、この世から姿を消した貴族の家です。このクルスフィールド家は怪しげなことが好きな貴族でしてねぇ、特に人体改造の実験には執着していたみたいですよー。その家には実子が一人。そして実験用に囚えられてきた子供が何人もいました」
そこで突如ノインがそんな話しをしはじめる。一瞬全員がその言葉の意図を探るため、動きを止める。そして、ノインは仮面の下でニヤリと笑うと言葉を続けた。
「そして、数多くの実験を繰り返したクルスフィールド家ですが成功した例は僅か二例。しかもその内の一例は実子だと言うんだから狂ってます。ねぇ、クルスフィールドの一人息子さん? そしてもう一例、これが、まさか聖女になりうるまでの素材に仕上がるとは運命とはいやはや恐ろしいものです。あの日災厄の魔眼から生き残ることのできた奇跡の二人。幼少期兄妹のように育ったユウリさんをクルスフィールド家はやはり……捨てるのですか?」
その口から紡がれたのは恐ろしい真実。テュールは攻撃の手を緩め、視線を動かしてしまう。そこには沈痛な表情で唇を噛みしめるテップの姿があった。




