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第17話 綺麗なひまわりが一輪

 コンコン。



「衛兵長のウェッジだ。入室してもいいだろうか?」



「はい、どうぞー」



 ウェッジを先頭にし、診察室へと入るテュール一行。白を基調とした清潔感のある部屋に白衣の女性が一人座って何か書き物をしている。部屋の奥は白いレールカーテンで四角く仕切られており、そこにエルフの少女はいるのだろう。



 そして白衣の女性は事務机にペンを置き、立ち上がって扉のすぐ先で止まって待っているウェッジに近付き現状を説明する。



「んー、とりあえずあの子の今の状態だけど、外傷はなし。極度の緊張感で気を失っちゃったってところね。今は大分落ち着いて会話も問題なし。と、言ってもまだ十五歳の少女だ。あんまり怖い顔で喋るんじゃないよ?」


 

 そう言うと、白衣の女性は道を譲る。ウェッジは女医の言葉に頷き、テュール達にはまだ来るなと手で制した後、四角く仕切られたカーテンの合せ目へと入っていく。



「こんにちは。お嬢さん。私はウェッジという者だ。この街で見回りの兵士をやっている。今喋る元気はあるかな?」



「……こんにちは。私はセシリアと申します。はい、大丈夫です。その、助けて頂いてありがとうございました」



 そう言ってベッドから身を起こし、頭を下げるセシリアと名乗ったエルフの少女。声色は落ち着いており、倒れた直後は元々の白い肌がより蒼白していたが今はほんのり頬に赤みがさしている。



「いや、助けたのは俺じゃない。礼なら助けたヤツに言ってやってくれ。……それで、だ。思い出すのもツライと思うがどういった状況だったか覚えているなら教えてほしい。もちろん、無理にとは言わない。どうかな?」



 できるだけ優しい声でそう言い、セシリアの反応を待つウェッジ。するとセシリアは──。



「……大丈夫です。話せます。えぇと、まず今日は──」



 曰く、一人ではなく、友人と街を歩いていた。しかしその友人とはぐれてしまい、一人で宿へ戻ろうとしたが、この街にきてまだ日が浅いので迷ってしまった。

 


 迷った先に男が三人おり、声をかけられ怖くなり動けなくなってしまった。そして誰かがその場に現れ男三人を倒した。



 そしてその助けてくれた人の声を聞いて目を開けたら──。



「犯罪者の方だったんです。そしてそれを目にした私はもう救いはないんだと思って……。そこからはよく覚えていません……。気付いたらベッドの上で……」



「話してくれてありがとう。ツラかったね。最初に君に声をかけた男たち三人、彼らは捕縛することができた。この街を歩くことはもうできない。安心してほしい。あー……、次にその犯罪者だが、どうして犯罪者だと分かったんだい?」



「ありがとうございます……。えと、私、今日街で見たんです。その方を先頭に兵士さんに連行されている四人を……。前を歩くニ人は、その、怒った顔をしてて、後ろのニ人はまるで堪えていないようにずっと笑ってて……。それが少し不気味で怖い人達なんだなって思ったんです」



 そこで一度言葉を区切るセシリア──。



「そしてあの時……、声を掛けられた時、すごく優しい声で安心できる声だったんです。だから助かったって思ってしまって……。でも目の前にいたのは犯罪者の方……。そこでもう頭が混乱して……」



「あー……、そこまでで大丈夫だ。ありがとう。なんというかお互い(・・・)気の毒な事件だったな。結論から言うと君を助けたヤツは犯罪者ではない。何故分かるかって、その四人を連行した兵士が俺だからだ。で、そいつらは無一文でこの街までたどり着いてバカなことをした四人だが、まぁ悪いヤツらじゃない」



 バカなことは割愛するが、まぁ年相応のお巫山戯(ふざけ)だ。と、そこは濁して伝えるウェッジ。



「え? じゃ、じゃあ本当に助けて下さった、のに……、私、ヒドイことを……!」



 ハッと顔を上げ、自分のしでかした勘違いにひどくショックを受けるセシリア。これが勘違いならば助けてくれた恩人に礼を失することこの上ない。両手の指から血の気が引くほど強くシーツを握りしめる姿は後悔が見て取れる。



 そんなセシリアの姿を見てウェッジは慌てて言葉を続ける。



「あー、俺が言うのもなんだがお嬢さんに非はないよ。状況を考えればそう勘違いして当然だ。それに誤解だって分かったんなら会って礼を言ってやればいいさ。なんなら会うこともできるがどうするかい?」



「お願いします!」



 セシリアの言葉は早かった。ウェッジは満足そうに一つ頷き、仕切りの外へと声をかける。



「おーい、テュール。入ってこい」



 そして気絶させた原因であるテュールがセシリアの前に姿を現す。



「ど、どうも。その、俺のせいでツライ思いさせちゃってごめんなさい」



 なので直ぐ様頭を下げて謝るテュール。



「い、いえ! 謝るのは私の方です! 私の方こそすみませんでした! 助けて頂いたのに勘違いして、その、あのようなこと叫んでしまって……。大変失礼しました。そして助けて頂き本当にありがとうございました」



 そう言って頭を下げ返す少女。罪悪感からか、はたまた恩人からの叱責(しっせき)を受けると緊張していたのかセシリアの声はやや早口で震えている。



「そんなに緊張しないで? 俺はまったく気にしてないからさ。それより君に怪我がないようで本当に良かった」



 テュールはセシリアの緊張をほぐすよう優しくゆっくりと語りかけるように喋る。



「はい、あなた様のおかげで……。あの、今更ですが助けて頂いた時、声を聞いた時、本当に嬉しかったんです」



 両手を胸の前で合わせ、テュールに対しできるだけ真摯に感謝の気持ちを伝えようとするセシリア。その必死な表情と声色にテュールもそれが真実であると理解できる。



「あはは、なんか照れるな。まぁ、けど誤解がとけて良かったよ」



 美少女エルフに見つめられ、まっすぐな感謝の言葉を貰うとテュールは照れくさくなったのか、視線を斜め上に泳がせ、頭を掻く。



「フフ、えぇ、私もこうしてお会いできて本当に良かったです。あの、もしよろしければお名前を教えていただけませんか? 私はセシリアと申します」



「あ、そうだね。気付かなくてゴメンね。俺の名前はさっきウェッジさんが呼んだ通りテュールだよ」



 そしてやはり目を合わすことのできないテュールは、おどおどしながらも自分の名を名乗る。そんな様子が可笑しいのかセシリアは優しく微笑み、テュールの名を確かめるように何度も何度も小さく呟く。



「あの、テュール様。もしよろしければ改めて後日お礼をさせて下さい」



「いや、そこまで大袈裟なことはしてないから気を使わないで!」



 セシリアのその提案に両手をブンブン振り、慌ててそう答えるテュール。



「ダメ……でしょうか?」



 少し落ち込んだ様子のセシリアに、冷や汗をかくテュール。



(何故、美少女の落ち込んだ姿というのはこうも罪悪感を掻き立てられるのか──!?)



 そして、出した答えが──。



「あー……、その、じゃあ何か一回食事をご馳走になっても……?」



 傍から聞けば、助けたのをいいことにデートを取り付けるナンパ男である。が、セシリアはこの提案に顔を輝かせる。



「テュール様っ、絶対ですよ? 約束ですからね!」



「あ、あはは。う、うん。あー、でも、その様付けは、ちょっと……。普通に呼んで欲しいかな?」



「では、テュールさん――はどうでしょうか。私のことはセシリアと呼んで下さい」



「まぁ、さんならいいか……。分かったよ。だけどこっちがいきなり呼び捨てってのは──」



 と、テュールはごにょごにょ言っているが、ジッと見つめるセシリアの瞳に負け──。



「あー、もう。それじゃ、よろしくセシリア」



「はい、テュールさん!」



 そしてひまわりのように美しく明るい笑顔のセシリアと照れたままのテュールは見つめ合い──。



「ウェッジさん、俺ら帰っていいっすかー?」



「あ、帰る前に胸焼けに効く薬くださーい」



「では、私は一人応援することとします。テュール様、頑張って下さい」



 仕切りの外で待たされていた三人を思い出すのであった。



 それから慌ててテュールは三人を紹介したいと言い、耳まで真っ赤になったセシリアはそれを直ぐ様了承する。



「ちーす。テュールのおとも一号のアンフィスでーす」



「はいはーい。テュールのおとも二号のヴァナルでーす。よろしくねー」



「フフ、私はテュール様の執事でベリトと申します。どうぞ宜しくお願いしますね」



 と、三人はあくまでテュールのおまけという体で挨拶をする。



 セシリアはそんな三人に自分の名を名乗り、感謝の言葉を伝える。そして、そこでウェッジがまた仕切りから顔を覗かせ──。



「さて、お前らあんま長居しても迷惑だからいい所で切り上げるぞ」



 なんて言ったタイミングで扉の外から騒々しい足音が聞こえてくる。



「兵長、少女を探していると面会希望の──ちょちょ、待ってくださ──!」



 バンッ!! 



 扉が勢いよく開けられる。何事だねと腕を組んで様子を見ていた女医も(いぶか)しげに開いた扉の先を睨む。



「セシリア様ーー!! セシリア様は──!! セ、セシリア様ぁ……」



 そこに現れたのは今にも零れそうな涙を目にいっぱい溜めたエルフの女性だ。



「エフィル――! ……その、心配かけてごめんなさい!」



 エフィルという女性は何か言おうとしている女医を視界にも入れず、驚いた顔のテュール達の間をすり抜け、セシリアの手を握る。



「セシリア様、心配しましたよ! お願いですから勝手なことはしないで下さい!! でも無事で良かった……。うぅ、セシリア様ぁ……」



「エフィル……、ごめん、ごめんね……」



 セシリアもエフィルにつられるようにして次第に涙声になる。二人は抱きしめ合うと堪えきれず嗚咽(おえつ)を漏らす。



 ──クイッ。



 その光景を見てウェッジがほれっ男ども退散するぞとテュール達四人に親指で退室を促す。



 そして四人はそっと出ていこうとして──。



「ま、待って下さい! エフィル、この方々が私を助けてくれたの」



 その言葉にはっと顔を上げ涙をグッと拭い、姿勢を正すエフィル。一つ咳払いをし、喉の調子を確かめた後四人に向き合う。



「この度はセシリア様を助けてくれて本当にありがとう。本当に感謝し尽しても足りない。貴殿らが力が貸して欲しい時があれば遠慮なく言ってくれ。私は貴殿らに最大限報いるつもりだ」



 そう言って綺麗な姿勢で頭を深々と下げるエフィル。



「気にしないでくれ。お互い無事に済んだんだし、感謝の言葉も受け取った。それで十分だよ」



 できるだけ軽いニュアンスでそう伝えて、去ろうとするテュール。



「テュールさん! 十分ではありませんっ! 絶対に美味しい食事をご馳走しますからねっ!」



 慌てて涙を拭い、必死な表情でそう言うセシリア。



 そんなセシリアの態度を見てニヤニヤするアンフィス達三人。そして、目を丸くするエフィル。



「あー、もちろんだ。約束だからな。暫くはギルドで世話になるからそこで改めて」



 アンフィス達のニヤケ顔は努めて無視してテュールはそう返す。



「はい、必ず。その日を楽しみにしています。」



「あぁ、きっとだ。俺もその日を楽しみにしてるよ。──それじゃ」



 アンフィス達三人もセシリアに挨拶し、テュール一行とウェッジは部屋を出ようと歩き始める。セシリアからの視線を後ろから感じたが、なんとかテュールは扉を抜け、後ろ手にそっと扉を閉める。



「うっし、色男、お前らはもう帰っていいぞー。面倒起こすなよー。と言っても今回はお前らが助けに入ってくれて本当に良かった。感謝する」



 そう言って頭を下げるウェッジ。



「いえいえ、俺達もウェッジさんには何かとお世話になってるんでこのくらい大したことないっす」



「だな」



「だねー」



「そうですね」



「ッフ。さて、今度こそちゃんとギルドに行けよー?」



 こうして診療所を後にしたテュール達一行だが、リバティでの長い一日目はまだ終わっていない。

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