第174話 いつだって悪役と悲劇のヒロインはセット販売
そして、我らが主人公テュールはと言うと──。
「天使・即・斬! それが俺たちがただ一つ共有したたたたた斬! 斬! 斬!」
「おろ? すまん、テュールそっち行ったわー。よろしくー」
ユグドラシルまで辿り着き、四方八方から大樹目掛けて押し寄せるゾンビもどきや天獣を相手にしていた。その際、あまりにも膨大な量の天使処理についついテュールは斉藤さんごっこに興じてしまったが、ともに戦場で肩を並べるテップがざるのため、口上を述べる暇もない。
「てめぇこらテップ! 真面目にやれ!」
「はぁ? テュールお前だってなんか変なセリフ言いながらひたすら突くだけとか、ふざけてんじゃん」
そして、こんな時だというのに、いや、こんな時だからこそテュールは、テップに対し苛立ちをぶつけてしまう。これに対し、珍しくテップもぶーたれた様子で言い返す。
「なんだと?」
「おん? やるか?」
「ったく、バカガキども何やってるんだ! 遊んでる暇があったらきちんと掃除しろってんだよ!」
口喧嘩しながらも手を動かし、天使を倒していた二人にローザが怒号を浴びせる。セシリアとルチアにいたってはこの事態に対し口を挟むのも億劫だと言わんばかりに、ただ黙々と魔法陣を浮かべては、放ってを繰り返しているだけだ。
既にテュールたちが到着してから五時間が経過していたが、一向に天使の勢いは衰えることを知らず、終わりの見えない状況に少しずつではあるが、皆は精神的な疲労を感じていた。
そんな閉塞感が漂う中、ほんの僅かな異物感をテップは嗅ぎ取る。
「……ッチ。厄介な組み合わせがきたな」
「ん? どうしたテップ?」
珍しくテップが厳しい表情をしていることにテュールが気付き、何事かと尋ねる。そのテップの変化に気付いたのはルチアとローザも同時であった。そして二人はテップに何を視たのか尋ねる。
「……どうやら悪役と悲劇のヒロインの登場みたいだわー。無理やり姿を見せてもらおうか」
テップはそう言うと、二十メートル級の魔法陣を描き発動する。すると今まで何もなかった空間がヒビ割れ、景色がガラガラと崩れていく。そこに現れたのは、フードを被り、9と書かれた仮面をつけた長身の男。そして、その隣には鎖に繋がれた聖女が佇んでいる。
「やぁ、皆さんこんにちは。かっこよく登場しようとコソコソ隠れていたのですが、見破られてしまいましたね。さて、初めましてみなさん」
その声は不思議な響きであった。少なくともテュールには男とも女とも老人とも子供とも判別がつかなかった。しかし、これを台無しにするのが聖女である。
「なに言ってるのノイン? 前にレストランで会ったじゃない。ほら、私の友達のテップ君もいるし、やっほー!」
「……はぁ。あなたは本当に自由ですね。まぁ、あなたとの付き合いも今日で最後なので多目に見ましょう。というわけで、皆様お久しぶりです」
ノインは仮面を被ったままやれやれと首を振った後、まるで久しぶりに再会した友人のように気軽に挨拶をしてくる。しかし、そのとき既にローザはノインの目の前まで迫っていた。
そして、気合の入った一声で同時に拳を容赦なく振るう。全身に蒼いマナを纏い、すさまじい速度で仕掛けるローザはまさしく彗星のようであった。だが──。
「コラコラ、茨姫さん? 悪役の口上は最後まで聞くことと母親から教えてもらいませんでしたか?」
「テップ!! こいつの障壁を消せ!!」
だが、ローザの拳はノインの目の前に張られた薄い障壁に阻まれる。そして、ローザはノインの言葉を無視し、テップにそう指示する。
「いやいや、困りますよ。私はこれから無傷で世界樹を切り倒し、こちらの器に降ろさなければならないので。というわけで、無駄話はここまでにしましょう。ほっ、と」
そしてテップが魔法陣を描き終わる前にノインと聖女は姿を消す。次にその姿が現れたのは世界樹の根元。
「チッ、転移魔法さね! どこに現れるか分からないが、見つけ次第全力で攻撃しな! 命が僅かでも残ってたらあたしが摘みとってやるから安心するさね!」
その一言にハッと状況を見守ったまま動けないでいたセシリアとテュールが動き始める。だが、既にノインの腕には禍々しいオーラを放つ巨大な斧が握られていた。
「さぁて、へいへい、ほ?」
「やら、せる、かよ!」
テュールは一瞬で半竜半人モードになると自身の体を最大まで加速させ、ノインとユグドラシルの間に割り込み、その斧を刀で受け止める。その際に起きた衝撃は地面を揺らし、森の枝々を激しく鳴らした。
「ほぅ、一応私のこれヴァルキュレータっていう斧で分類は神器なんですが……。なんでその刀折れてないんです?」
そして、斧を止められたノインは苛立つどころか、反対に楽しげな声をもらす。その声にテュールは背筋にゾクリと悪寒を感じる。
(なんだ、これ、鳥肌が……)
テュールはその不気味な存在、仮面の奥の目にまるで射竦められたように固まってしまった。




