第157話 類(喧嘩バカ)は友(喧嘩バカ)を呼ぶ
「うぅー。圧迫感と生温かさが……。なんだこれ? うげっ」
テュールが目を覚ますと、妙な圧迫感と温もりを感じる。正体を探ろうと首を捻れば、すぐそこに赤髪のお調子者の口唇が。
「ふんっ!!」
当然、その口唇が合わさることなどない。テュールは、無性にイライラしたため、あらん限りの力を持ってそれを跳ね除ける。
「うぎゃ」
「むっ」
「いたたー」
どうやらテップの上にはアンフィスとヴァナルもいたようで三方向に飛び散り、地面とキスしたところで三人ともが目を覚ます。
「あぁー、テュールはよ~。ふぁぁー、さて、寝直すか」
「あぁー、久々飲みすぎたわ。俺も寝直すわー」
「うぅーボクもー。テュール昼ごはんになったら起こしてねー」
「は? 俺も寝るし、というわけでベリト頼んだぞー」
テュールはどこにいるかは分からないが、どこにいようがベリトであれば確実に聞こえるだろうという謎の自信を持ってそう言い残す。こうしてテュール含む四人は二日酔いで重だるい体をひきずり、自室へ戻ろうとした。
「ホホ、おんしら今日から学校じゃぞ?」
だが、ダイニングで朝食を食べていたモヨモトからそんな声が掛かる。
「……今日は休──」
「ガハハハ、休んでもいいが、その場合今から修行開始だ。どっちがいい?」
サボろうとしたテュールたちにリオンが恐ろしい提案をふっかけてくる。今から修行。良くて夜まで修行であろう。下手をすれば翌朝まで修行もあり得る。四人は目を配り合い、頷くと洗面所へと駆け込み、身支度を整え始めた。
「ベリトー、朝食四人分よろしく! 目が醒めるやつ!」
「フフ、畏まりました。そうおっしゃると思って既に用意してあります」
身支度を整えた四人は、ダイニングに戻ると用意されている朝食をぺろりと平らげる。二日酔いごときで朝食が食べられなくなるほどヤワな育て方はされていない。
「んじゃ、いってきまーす!」
「ホホ、いってらっさい」
「ガハハハ、帰ってきたら修行だからなっ、楽しみにしてろ!」
「さて、ボクらも向こうに帰ろうか」
「フハハハ、そうだな」
こうして、テュールたちは学校へ、モヨモトたちは自分たちの家へと向かう。
「おぉー、テューくんおはよーなのだっ!」
「ん? あぁ、リリスとみんなもおはよう」
登校しようと家を出て通学路へと出ると、反対側からリリスたち五人が姿を見せる。どうやら登校するタイミングが同じだったようだ。
「ふふっ、テュールくん、男の子だけの飲み会は楽しかったかなっ?」
「あぁ……、まぁそれなりに……」
楽しそうに尋ねてくるカグヤに対し、歯切れの悪い返事を返すテュール。それはそうだ、彼は開始十五分で潰されたのだから。はっきり言おう、テュールには昨日の記憶などこれっぽちもなかった。
「何がそれなりだよ。お前開始十五分で潰れてたじゃん」
そしてあっさりとそれをバラすテップ。
「フ。相変わらず弱いなテュール」
当然、そんなテュールを煽ってくるレフィー。だが、テュールも精一杯の強がりを見せてしまう。
「ち、ちげぇし! その、普通に飲めば強いんだ! みんなが悪ノリしてアホほど飲ますから!」
「……ししょー。言い訳かっこ悪い」
「レーベちゃん、たとえそう思っても男の人のプライドを傷つけることは言っちゃダメですよ」
すぐさまテュールの見苦しい言い訳にツッコむレーベ。それをフォローしているようで会心の一撃をテュールのハートに突き刺すセシリア。
「フハハハ! テューくん、ドンマイなのだ! リリスが今度お酒の特訓に付き合ってあげるのだ♪」
「……あぁ、ありがとう」
そして、以前乾杯からの一杯でノックアウトされた幼女にそう励まされ、テュールは顔を引き攣らせ、トボトボと通学路を歩くのであった。
「よし、全員出席しているな! さぁ、今日から通常の授業に戻るぞ。そして、あと三週間後にはロディニア闘技大会が開催される。テュールとレーベは他の生徒以上に気を引き締めるんだ」
「「はーい」」
テュールとレーベはルーナの激に対し、緩みきった声で返事を返す。そんな二人に対し、カインが不敵な笑みを浮かべる。
「んじゃ、特別授業だ。ルーナ午前の座学、こいつらはパスだ。ロディニア闘技大会で恥ずかしくないように俺がちぃと鍛えてやる」
「……人族SSランク冒険者。本気出していい?」
「……はぁ、勝手にしろ」
そのカインの提案に目を輝かせるレーベ。テュールはカインとルーナを交互に見やり状況を読もうとするが、ルーナに至っては問答するまでもなく諦めてしまったようだ。
「んじゃ、行くぞっ♪」
「……ん」
「はーい」
こうして、三人は訓練場へと向かう。当然、ロディニア闘技大会に出るということで優遇してもらい訓練場は貸し切りだ。
「ほんじゃ、俺も本気出すからお前らも本気出してかかってこい。これでも現役SSランクだかんな」
「……ん。その前にカインせんせーは、SSSランクとは戦ったことがある?」
「ん? ……あるぜ? そうだな、何人も戦ったことがあるが、やっぱり俺が好きなのは獣人だな。特に先代のSSSランクだったライオとの喧嘩はたまんなかったな」
「ライオ? レーベ知ってるか?」
レーベの問いかけに対し、実に嬉しそうな笑顔でそう返したカイン。テュールは初めて聞く名前に首を傾げる。
「……おとーさま」
「え? あの……?」
テュールは気まずそうな顔でチラリとレーベの顔を覗き、窺うような目つきでカインを見る。
「あぁ、ライオはちなみに生きてるぞ。今も世界を好き勝手喧嘩して歩いてる。根っからの喧嘩バカだな。ちなみに三ヶ月前くらいに飲んだぞ。ハハ、レーベ、あんなのが父親で大変だな。ミケ様も苦労しているだろうな」
「え? そうなのか? 教科書ではその、あまりの放蕩ぶりに死刑となり名前を歴史から消されたって書いてあったから今まで聞けなかったけど……」
「……ん。おとーさまは自由人。おかーさまがその分国のことを頑張ってくれてる。でも私もおかーさまもそんなおとーさまが好き」
「ッフ。あいつは喧嘩っぱやいし、酒癖も悪いし、連絡をまったく寄越さないでフラッと現れてはメシをたかりにくるんだ。元国王が、だぞ? だが、そうだな。不思議とあいつはいつも羨むくらい楽しそうに生きてるな」
カインは親しみを籠めた口調でそう毒づいて、笑うのであった。
「つーわけで喧嘩友達の娘だからな。俺にとってもお前は娘みたいなもんだ。そして獅子は娘を愛情いっぱいに殴る。そうだろ?」
「……ん。おとーさまも私の倒すべき一人」
「んじゃ、その覚悟見せてもらおうか?」
「……」
そして二人は視線をまっすぐぶつけ合うと、同時に動き始める。そう──。
「あのー、僕どうすればいいんでしょうか?」
テュールのことなど置いてけぼりにして。




