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第156話 テュール、テュール、チャロテュール

「ホホ、さてそろそろいい時間じゃの。帰るとしようかの。会計を」



「畏まりました。──こちらになります」



「ホ。五十万ゴルドか、随分飲んで食べたの。んじゃカード払いで頼むの」



「はい、一括でよろしいですか?」



「んむ」



 伝票を覗き、呆れた声を上げるモヨモト。それはそうだ。現時刻は朝の五時、それまで食べて、飲んで、食べて、飲んだのだからこの金額になるの無理はない。そしてモヨモトは胸元から一枚のギルドカードを出すとカミラに手渡す。



「……はい、確かに。それではこちらにサインを」



「んむ。さらさらっと」



 ギルドカードを受け取ったカミラは会計用の魔導具にそれを読み込ませ、無事支払いが済んだことを確認する。そして支払ったという署名をモヨモトに求めた。これに対し、モヨモトは何の躊躇をすることもなくサインを済ませる。



「では、また来るの。ホホ」



 そのサインを無表情で受け取り、カミラは頭を下げる。



「ありがとうございました。またお越しください」



 そして、モヨモトは微笑むと店を後にする。その後に続くのはリオンとファフニール。その両肩にそれぞれテュール、テップ、アンフィス、ヴァナルが担がれていた。そしてツェペシュとベリトはそれを見て苦笑しながら朝焼けに染まる静かな街を歩く。



「おぉー、そうじゃった、そうじゃった。わしらは出入り禁止じゃったの。では、こっちの家に入ろうかの」



 モヨモトはつい癖で自分の家の扉の前まで行ってしまい、扉に手をかけたとこではたと気付く。そして裏にあるテュールたちの住む家を見やり、そう呟いた。



「ホホ、ただいま」



 モヨモトは誰もいない家へと挨拶を一つすると玄関をくぐる。



「さてっひとっ風呂浴びてから寝るか。おい、テュール、テップ、お前らの部屋は俺らが使う。お前らはここだ」



 そして、モヨモトの後に続いて入ってきたリオンはその両肩に乗っている者をソファーの上へと乱暴に放る。まずはテュールが着地、その上にテップがどさりと覆いかぶさる。しかし両者とも何の反応もない。ただの屍のようだ。



「フハハハ、まったくこやつらはだらしがないな。ほれ、アンフィス。お前も龍族なら酒になど負けるでない。というわけでお前の部屋は我が使うぞ」



 リオンに続いてファフニールも同じようにソファーへとアンフィスとヴァナルを投げる。テップの上にまずアンフィスが乗せられ、更にその上にヴァナルが折り重なる。だが、この時点で三人分の体重がかかっているテュールですら何も反応はない。本格的に屍のようだ。重力何百倍にも耐えられるテュールからすればもはやこの程度は重さに感じないのかも知れない。



 そして、そんな遊楽団バーガーを横目に師匠陣とベリトは屋敷の一室、応接間に集まり扉を閉める。



「ホホ。さて、シロかクロどちらだと思う?」



 そして唐突にモヨモトがそう皆に尋ねる。その答えにベリトを除く三人が頷く。



「あぁ、蛇だな。しかもかなり上位のな」



「だねー。久しぶりにあんなに完璧な擬態を見たねー」



「フハハハ、だがモヨモトも中々にエグいことをするな」



 話の渦中にいるのは銀星亭でテーブル担当をしたウェイトレスのカミラ。見慣れない顔のウェイトレスと相対して出した師匠陣の答えは黒。つまり、彼女がラグナロクの一派だと判断したわけである。では何故そう判断したのか。



「あのサインですか?」



 それまで無言で佇んでいた執事が問う。その発言に口を釣り上げるモヨモト。



「ホホ、よく分かったの。と、言ってもおんしなら筆の滑る音でおおよそ何を書いたかは理解できるの」



「えぇ、違和感を感じましたが、他愛もないお礼の言葉を添えただけかと。しかし、その言葉が何かを指すとして、彼女がそうだと思わなければ確認もしないはずです。どうして彼女が蛇だと分かったのでしょうか?」



「ホホ、なーに簡単じゃよ。禁眼に教えてもらったんじゃよ。自分の視線に気付いてる者がいる、と。それが彼女じゃ。ま、恐らくリエースで護衛していた時の視線に例の幹部らしき者が気付き、情報を共有したんじゃろ」



「なるほど。で、あればもはや、知らないで通すことはできないというわけですね」



「そういうことじゃ。厄介じゃのう。どちらかが認識してしまった時点でお互い気付かざるを得ないレベルと言うんわ」



「ガハハハ、仕方ねぇさ。ま、今回はあのお嬢ちゃんを驚かせた分こちらの勝ちってことにしておこうぜ」



 そう言って笑うリオンであったが、やはり改めてラグナロクという組織の情報力に辟易するのであった。




 一方、銀星亭での仕事が終ったカミラはラグナロクの伝手で借りた部屋へと戻ってくる。そして一枚の手紙を書く。内容は友人へ宛てた他愛もないものだ。しかし、見るものが見ればその内容は全く別のものに見える。当然、それが分かるのはラグナロクでも上位の者に限られる。



 カミラはその手紙を小さく畳むと、窓に佇む黒猫の口元へと運ぶ。そして黒猫は手紙を咥えると音もなく消えた。



「禁眼と五輝星……」



 黒猫が消えたのを確認すると、部屋の中で一言だけ小さく呟き、カミラは浴室へと向かった。





「おや、カミラさんからですかね。ご苦労さま。はい、ご褒美のチャロテュールですよ」



 手紙の届け先は、ノインの元だ。ノインは薄暗い部屋で足元にすり寄ってくる黒猫から定期報告の文書を受け取る。そして、代わりに高級猫用ご飯チャロテュールを置く。



「えぇなになに。ククク、カミラさんの正体が蛇だと分かって近づいてきましたか。まぁ想定内ですね。カミラさんが禁眼の視線を探ってしまい、気付いてしまえば、その僅かな動揺を感じ取った禁眼とはお互い筒抜けになったということ。まったく最強の魔眼というのは厄介なカードですね……。そして、ふむ。私の場所はどうやら特定されていないようですね」



 ノインは左右をキョロキョロと見渡し、一人ごちると手紙を灰も残らないように焼き尽くす。その文書にはこう書かれていた。『ノイン様、申し訳ありません。間違いなく気取られました。五輝星の一人、刀神モヨモトは蛇の言葉を理解しています』と。



「えぇ、知っていますよカミラさん。五輝星は我々が何度暗号を変えてもその都度解読していましたから。クク、もしかしたら蛇を一番理解しているのは蛇ではなく、彼らかも知れませんね」



 そして、ノインは一人愉しげに笑うのであった。

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