第150話 ウルツァイト窒化ホウ素
一方、そんな妨害案など露程も知らないテュールは──。
「チッ。なんで重力千倍にしてそんな速いんだよっ!!」
ツヨシとレーベの周囲だけ重力を千倍にして置き去りにしようと考えたが、一人と一頭は減速することなく近付いてくる。
「クソッ、生成魔法『ウルツァイト窒化ホウ素の壁』だ!!」
テュールは前世のネット知識にある地球上で最も硬い物質であるウルツァイト窒化ホウ素の壁を生成した。実に幅二十メートル、厚さ三メートルの壁だ。そう、男の子なら誰だって『世界一 硬い』で検索をしたことがあり、ついつい化学式を覚えてしまうものなのだ。
「ぶるふぁっ?」
だが、しかしテュールの頭では結晶構造や密度まで再現することなど到底できなかった。ただの石みたいな壁、である。ツヨシはまるで障子を突き破るようにいとも簡単に突破してきた。
「……ししょー。覚悟」
そして、その壁の破片──と、言っても三立法メートルほどのウルツァイト窒化ホウ素の塊をレーベが投げる。
「チッ、そんなもの魔法で──」
騎獣車へと迫るそれを壊そうとテュールが魔法陣を描く。だが、それは不発に終わった。魔法陣の中心を拳サイズの岩が貫いたのだ。
「……しょーたいむ」
「なっ、正気かアイツ! 平気で時事ネタを……!!」
レーベはツヨシの上に立ち、ワインドアップポジションからその右手を大きく振り抜き、ウルツァイト窒化ホウ素の球を魔法陣の中心に投げ込んだのだ。そして、その間にも当然、巨大なウルツァイト窒化ホウ素の塊は騎獣車へと迫っており──遂には直撃する。
「クッ!! ポメ!!」
「「「アウッ!!」」」
騎獣車が壊されてしまったテュールは、半竜半人モードとなり、背中に生える竜の翼で浮遊する。そして、ポメベロスをその頭に乗せるとゴールを目指しはじめた。
「……ん、ツヨシ。レーザービーム」
「ぶるふぁっ♪ ふぁぁああ」
それを逃すまいとレーベはツヨシに命じる。その口からは一直線に質量を持った光が放たれた。そして光速で放たれたレーザは、見事テュールの翼を穿つ。
「だが、超再生!!」
しかし、ただでさえ再生力の高いデミドラモードで、尚且つマナの使い方を覚えたテュールはその翼を一瞬で再生する。
「フハハハハ、残り五十メートル! このまま推し通るッッ!!」
「……叩き落とす。ツヨシ」
「ぶるふぁっ!」
テュールは被弾したことなどなかったかのように、そのままゴールを目指そうとする。しかし、それをツヨシが牛とは思えない身軽さで跳躍し、追う。補足するならば牛ではない。
「「「グルルルルッ、アウッアウッ!!」」」
ポメベロスはそんな一人と一頭に対し、唸り、吠える。が、それだけだ。遂に獅子族の姫と最恐の魔獣はその背を捉える。
「……じゅー、おー、波」
レーベは大気のマナをその両手に集め圧縮し、テュールに放った。
「え? なにそれ!? し、尻尾ピッチャー返しっ!」
初見の技に驚くテュール。だが動揺しながらも反射的に豪速球で近付いてくるマナの球を尻尾で打ち返そうとする。
「ぶるふぁっ♪」
しかしツヨシのレーザービームにより、打ち返そうとした尻尾は綺麗に切断。そのまま尻尾はドサリと地表へ落ちる。
「あっ」
そして、尻尾フルスイングを空振りしたテュールは獣王波と名付けられたマナボールによる攻撃を直撃してしまう。
「ぐッッ……」
直撃した瞬間、マナボールは弾け、テュールの体に強烈な衝撃を与える。だがテュールは笑った。あえてそこでテュールは翼を畳み、なすがままに吹き飛ばされたのだ。ポメベロスを抱え、錐揉み状に向かう先はゴールテープ。
「テュールがこのままだと勝っちまうな」
「そうだねー。そうすると大損だねー」
「俺、残りの生活費全部賭けちまったから負けると困るんだよなぁ」
それを見ていたアンフィスたちの目には暗い暗い光が宿っていた。そして、三人は観客席からそっと右手を突き出した。
「むぎゅっ!?」「「「アウッ!?」」」
なぜかテュールはゴール直前に透明な壁に当たってしまい、ペシンと跳ね返され地面へと落とされる。
「へー、あんなとこに壁があったのか。最後の罠か?」
「そうだねー。びっくりだねー。テュール惜しかったねー」
「うんうん、人間勝ったと思った瞬間が一番気を引き締めなければいけない良い例だ」
したり顔で三人は腕を組んで何度も頷いている。一方、ホッと一息ついたのはレーベ。
「……ん、ツヨシ勝った。ゴールにいこ?」
「ぶるふぁっ♪」
地面に降り立ってのんびりとゴールへ向かおうとする一人と一頭。だが──。
「るふぁっ!?」
「……え?」
ツヨシが前足に重心を乗せた瞬間、地面が沈みツヨシは崩れ落ちる。そして、勝利を確信し油断していたレーベもペシャリと地面へ顔からダイブした。
「なっ、誰だ!!」
誰がどう見ても故意的に妨害されたのが分かったため、テップが辺りをキョロキョロと見渡す。
「どうしたのかなっ?」
「フフ、レーベちゃん惜しかったのに残念ですね~」
「でもこれで賭けは不成立なのだー!」
「フ。テップ、何か言いたいことがあるなら聞くぞ? ん?」
「きくぞー!」
少女たちが不自然なほどにキラキラと爽やかな笑顔を振りまいていた。
「……な、なんでもないっす」
そして当然テップがこれを追及できるわけもない。
「ま、まぁ、賭けが不成立ならいいか。おい、ベリトー。俺の生活費を返してくれー」
「いえ、賭けは成立していますよ? お一人だけ誰もゴールできないのに賭けてた方がいらっしゃいますので」
え? 皆がベリトの発言に目を丸くする。
「は!? なんだよそれ! どこのどいつだ、そんなアホなことをしてくれやがったやつは!!」
「彼女です」
テップが詰め寄ると、ベリトがニコリと笑い一人の女性を紹介する。その女性は──。
「初めまして。カミラと申します。事情は聞こえてきました。結果として申し訳ありませんが、これも勝負ですので。ですが、私はつい先日からこの街の酒場で働いていますので、もしよければ──」
「俺の名前はテップ。すまない、君になら生活費を全て持ってかれても文句などない。いやむしろ本望とさえ言える。どこの酒場か教えてください」
「あ、はぁ。銀星亭ですけど……」
「必ず今夜行きますっ! よーし、ポメとツヨシの騎獣試験合格祝いは銀星亭でやることに決まったぞー!」
銀髪の凛とした美少女であった。




