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第147話 ちゃんとやれ

「はい、じゃあまず名前の確認ね。あなたがレーベちゃんと、その騎獣ツヨシね? えぇと種族は……。うーん、見たことないわね」



「……ん、牛。強い牛にしといて」



「るふぁっ♪」



「ま、いっか。レーベちゃんと強い牛でツヨシね。はいじゃあ次は、クルード君ね。騎獣は灰氷狼(グリムル)でニルヴァルム、と。うん、強くて賢そうね、いい騎獣だわ」



「……ありがとうございます」



「ぐるふぅ」



「はい、最後はテュール君ね。名前はポメベロスっと。種族は……、なにこれ? 奇形?」



「いえ、正常です。種族は地獄の番犬でお願いします」



「「「アウッ!!」」」



「……ぷぷ。地獄の番犬って、魔界創話に出てくるケルベロスのこと? 確かに三つ首の犬だけど、ぷぷ、えぇ、分かったわ。小さなケルベロスくん」



 そう言って、試験官の女性はポメベロスの三つ首を順に撫でていく。ポメベロスは嬉しそうに尻尾を振っている。



「あっ、そうそう私の名前はミルキーよ。今日はよろしくね。じゃあ早速こっちに来て、試験を受ける人以外は上の観覧席へ行っていちょうだい」



 はーい。ミルキーの言葉に従い、騎獣試験を受ける者以外は二階の観覧席へと上がっていく。



(それにしても、観覧席人多いなー。あいつら酒持ち込んで真っ昼間から何やってんだよ……)



 観覧席を見上げるテュールの目にはいつもギルドで飲んだくれているおっさん冒険者たちの姿が映っていた。訝しげに見ていると、それに気付いたミルキーが笑いながら事情を説明する。



「フフ、騎獣試験はね、複数の受験者がいると最後に騎獣レースがあるの。今日はあなた達三組だから騎獣レースもあるわけ。それであそこで飲んでいる人は賭けをしているのよ」



「へぇー。そうなんですね」



 生返事をしながらテュールは予想していた。恐らくベリトたちはあの賭けに混ざって、おっさんどもから金を巻き上げるんだろうな、と。



(チッ、こんなことなら俺もポメベロスに賭けておけばよかった!! いや、だがツヨシに勝てるのか? うちのポメはツヨシに勝てるのか?)



 テュールはポメベロスをチラリと見る。なーに? とばかりに愛らしい目で見上げ、首を傾げるポメベロス。



(うむ、可愛い。可愛いは正義だな。よって、正義執行だ)



 そしてテュールは、ツヨシをキッと睨む。それに気付いたツヨシとレーベ。



「……ん、ししょー。やるからには本気。絶対に負けない」



「るっふぁ!!」



「おい、僕を忘れては困る。子犬と牛にレースで負けたら末代までの恥だからな。レーベ様には申し訳ありませんが、勝たせてもらいます。当然、テュールお前にもな」



「ぐるふっ!!」



「まぁ、その前に皆さん試験にちゃんと受からないと、出場できないからね? 私の試験は厳しいわよ? 頑張って?」



 ミルキーのその言葉に頷く三人と三頭の騎獣。そして遂に騎獣試験が始まった。



「まずは、お手よ。お手をさせてみて」



「フン、当然ニルヴァルムはお手など完璧に出来る。お手」



「ぐるふっ」



 クルードの掌に器用に爪先を乗せるニルヴァルム。その爪はクルードの皮膚を傷つけず、触れるか触れないかのギリギリで乗せられていた。文句なしのお手であろう。クルードは得意げにテュールとレーベの方へ視線を向ける。



「ふん、うちのポメだってそんなのお茶の子さいさいだ。ポメっ、お手!」



「「「アウッ!!」」」



 ポメベロスはその短い後ろ足で立ち上がり、左右の前足を交互にテュールの手に叩きつける。軽快なリズムでペシペシとお手とおかわりを繰り返すポメベロス。テュールはチラリとミルキーの方を見る。ミルキーは両腕でハの字を書いた。セーフ、だそうだ。テュールは安堵した。



「……ししょー、ギリギリ。ツヨシがお手本を見せる。ツヨシ、お手」



「ぶるふぁっ♪」



 そう言ったレーベは何故か獣王拳を使い、赤いオーラを纏った。お手のために差し出した左手は蒼白く光っている。マナの光だ。それを見たツヨシはのそりと後ろ足で立ち上がり、その右前足を天高く掲げ──。



「ぶるふぁぁああああ!!」



 レーベの左手へ叩きつけた。物凄い破裂音とともに会場が揺れる。地面に幾重もの亀裂が走り、レーベの小さい体は腰まで沈んだ。しかし、その左手はきちんとツヨシと結ばれたままだ。



「……いいお手」



「るふぁ♪」



 飼い主とそのペットは満足そうであった。テュールは、これはどうなんだとミルキーを見る。ミルキーは、一旦手を顎に掛け、唸る。そして両腕をハの字に切る。どうやらセーフらしい。ミルキーの採点基準に疑問を抱かずにはいられない一同であった。



 その後も──。



「次は、待て、よ。目の前にご飯を置いたから食べないようにやってみて」



「フッ、公爵家の騎獣になろうという者が卑しいわけがない。ニルヴァルム、待てだ」



 クルードが待てをする。ニルヴァルムはきちんと従い、全く餌を食べないでいた。だが、待てをされていないポメベロスがそこへ近寄り、餌を食べ始めてしまう。ニルヴァルムのコメカミに青筋が浮かんだのが見えた。だが、それでもきちんと待てに従い、動かなかったのは流石は公爵家のペットと言えるだろう。



「ケル待て! ベロ待て! スン待て! 待つんだ! あぁー! ケル! ベロ待て待て! スン動いたら怒るぞ!!」



 そして、次はポメベロスの番だ。テュールは必死に何度も待てと叫ぶ。三頭の首は、同時に待てが出来ず、順繰りに首を伸ばそうとする。クルードとニルヴァルムはそれを見て、嘲笑った。そして、ニルヴァルムは先程のお返しとばかりにポメベロスの餌を食べようとする。だが、その横面をポメベロスは躊躇することなく殴った。これにはニルヴァルムもおこである。



「……ん、ツヨシ。待て」



 最後はツヨシ。レーベは、ツヨシの頭を撫でながら待てと言う。それに従いツヨシはピクリとも動かない。だが、会場にいるものは僅かな違和感を感じる。地面が小刻みに揺れ始めたのだ。そして揺れは次第に大きくなり、何事かと辺りを見渡してようやく原因が分かる。ツヨシが餌を食べようと首を曲げる力と、レーベがツヨシの頭の毛を握りしめ、下を向かせまいとする力が拮抗し揺れていたのだ。



 テュールは、これは流石にアウトだろ、とミルキーを見る。しかし、ミルキーの両腕は尚もハの字を描くのであった。もはや職務放棄と言っても過言ではない判定だ。



「はい、じゃあ計算」



「ニルヴァルム、三以上の自然数nについて、x n乗 + y n乗 = z n乗 となる自然数の組 (x, y, z) は存在しないことを証明してみせよ!」



「ぐるふっ!!」



 そう、一鳴きするとニルヴァルムは爪を器用に使い、物凄い速度で計算式を書き始めた。



「ポメっ! こっちは円周率を計算し尽くすぞ!!」



「「「アウッ!!」」」



 ポメベロスは綺麗な円を前足で描き、だいたい三と書いてフィニッシュした。



「……ん、ツヨシ。握力×体重×スピードは?」



「ぶるっ、ふぁぁあああ!!」



 ツヨシとレーベはお互いに体をひねりながら、極限まで引き絞り、その方程式の解を出す。その方程式の解はまさしく破壊の二文字であった。お互いの拳がそれぞれの顔面にクリーンヒットすると一人と一頭は地面を焼き焦がしながら仰け反り、反発し合う。



 それを見て、ミルキーはハの字を連発する。騎獣試験は混沌を極めていた。

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