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第143話 やっぱり強くなるのに必要なものは恋なんだ

 シャルバラは床に転がったレンゲを見て、顔から血の気が引く。一瞬硬直し、再起動すると慌てた様子で口を開いた。



「あ、あ、ご、ごめんなさいっ! 私、私……折角ヴァナル様が持ってきて下さったものを──」



「はは、しょうがないよ。まだ身体が上手く動かないんでしょー? ちょっと待っててね、替えのレンゲ持ってくるよ」



 そんなシャルバラに対し、ヴァナルはいつもの笑顔のままだ。そして椅子から立ち上がり、代わりのレンゲを取りにいこうとする。しかしシャルバラは慌ててヴァナルの服の裾を掴む。



「あっ、ヴァナル様っ! そのっ、落ちたレンゲで平気です! 平気です、から……替えは大丈夫です」



「……んー、そう? じゃあそこの洗面台で流すだけ、ね」



 コクリ。



 まるで捨てられた子犬のような縋る目でヴァナルを見つめ、小さく頷くシャルバラ。



 それを見て、ヴァナルは小さく微笑み、部屋に備え付けの洗面台まで歩いていく。そしてレンゲを洗い、床に落ちたおかゆを片付けると、再度椅子へ腰掛ける。



「はい、じゃあシャルバラさん? ふーふー。あーん」



「……うぅ、あ、あーん」



 先程の失態で反省したシャルバラは目を閉じ、羞恥心と戦いながら大きく口を開く。



(うぅー、これ、すごく恥ずかしいですっ……。ヴァナル様は、どんな顔で……?)



 シャルバラが薄く片目を開けると、そこには変わらない微笑みを浮かべるヴァナルがいた。



(す、すごく平気そうですっ!)



 動揺しているのが自分だけだと思い、更に恥ずかしくなるシャルバラ。その間にもレンゲはゆっくりと進み──。



 パクッ。んぐんぐ。



「あっ、お、美味しいです……」



「ふふ、良かったー。カレーナさんからお見舞いをするならコレってアドバイスを貰ってね。あんまり料理したことがなかったから、そう言って貰えて嬉しいよー」



 ヴァナルの手作りだと聞き、目を丸くするシャルバラ。そして、恐る恐る聞き返す。



「──っ!? こ、これを、ヴァナル様が……?」



「うん、そうだよー。ふふ、急に美味しくなくなっちゃった?」



 ふるふるふる。その質問に勢いよく首を横に振るシャルバラ。その真剣な様子にヴァナルが吹き出す。



「ップ。シャルバラさんて面白いねー」



「う、うぅ、恥ずかしいです……。ヴァナル様はいじわるです……」



 そこからは沈黙が訪れ、レンゲが器をこする小さな音だけが響く。



「うん、食べれたようでよかった」



「ご馳走様です……。本当に美味しかったです」



「こちらこそ、お粗末様。それじゃゆっくり休んでね?」



 そう言って、ヴァナルは立ち上がる。



「……あ、あの! その、帰ってしまわれるんですよね?」



 そして、扉に向かって数歩歩いたところでシャルバラからそんな言葉が投げられる。ヴァナルは振り返って、少しぎこちない笑顔を浮かべ──。



「……うん、そうだね」



 そう答える。



「……そう、ですよね」



 その答えを聞いたシャルバラは、一瞬翳りのある表情を見せてしまう。しかし、それではいけないと精一杯笑顔を作り、お元気で、の一言を紡ごうとする。だが、遂にその一言を出すことはできなかった。



「…………」



 そして暫く立ち止まっていたヴァナルは、別れの言葉を惜しむシャルバラに声を掛けないまま、ゆっくりと扉へと振り向き、歩みを再開する。



 扉が閉められ、残された部屋には、一人うなだれる少女だけが残されたのであった。



「みんな待たせてごめんねー。さ、帰ろうか」



 部屋を出たヴァナルは借りていた客室に寄り、荷物をまとめると、玄関で出発の準備を済ませて待っていた面々と合流する。



 皆はヴァナルの顔を見て、あえて何も言わず、一つ頷くと歩き出す。それを見送りに来たのは五人、ルチア、ローザ、エリーザ、エフィル、カレーナだ。



 見送りにきた五人はそれぞれ遊楽団の面々に対し、別れの挨拶をする。



 そして最後にルチアが、しばらくしたら帰るけど修行をサボるんじゃないよ、と言って見送ったところで扉が閉まった。



「さて、久しぶりのリバティへ帰りますかー!」



 そしてテュールは、わざとらしく明るい声でそう宣言し、先陣をきって歩き出す。



 そんなタイミングで玄関の扉が勢いよく開いた。



「ん?」



 一同は一斉に振り返る。そこには──。



「はぁ、はぁ……! んくっ、ヴァナル様っ! 私、ヴァナル様が好きですっ!! 好きになってしまいました!! 強くなったら会いに行っていいですか!! レーベさんとテュールさんを倒したら貴方の横に立っていいですか!!」



 ネグリジェにローブを羽織った姿でシャルバラが現れ、そう宣言する。これに対し、一同はニヤニヤしながらヴァナルをセシリア邸の方へと押し出す。



「っとと。ハハ、本当にシャルバラさんは面白いね。うん、楽しみに待ってるよ」



 その発言に、皆はおぉ~と声を上げ、色めき立つ。そしてそんな中、レーベは無言でトコトコとシャルバラの前まで歩いていく。



「レーベさん……」



「……ん、レーベ。私は今より強くなって待ってる。シャルまたね?」



 小さな拳をんっ、と前に出すレーベ。シャルバラはキョトンとした後、フフと笑い、レーベまたね、という言葉と共にコツンと自らの拳をレーベの拳に合わせる。



「俺もシャルバラさんが強くなって会いにくるのを楽しみにしてるよ。あと──」



 同じく近寄ったテュールはそこから小声になり──。



(ヴァナルが尻に敷かれるところ見たいから、期待してるね)



 そう言って、茶目っ気のある笑顔を見せる。



(フフ、頑張りますっ)



 同じく無邪気な笑顔でそう返すシャルバラ。



「ヴァナル様、セシリアっ、レーベっ、皆さんお元気で! また必ずお会いしに行きます!」



 そして再会を決意したシャルバラは遊楽団の皆が見えなくなるまで手を振り、別れを惜しむ。



 テュール達が見えなくなった後、シャルバラは、よしっと一つ気炎を吐く。そして、玄関をくぐり、迷いのない足取りで一つの扉を開ける。



「ん? シャルバラどうした? んな怖い顔して、ヴァナルにフラれたかー? カカカ」



「はぁ、ローザ。あんたも趣味が悪いさね。この顔を見れば分かるだろうに」



 からかうローザと諌めるルチア。しかし、そんな場面でもシャルバラは動じることなく、まっすぐローザを見つめている。



「ローザ様っ! 私を鍛えて下さいっ!」



 そして勢いよく頭を下げ、そう頼み込んだ。



「……ップ、カカッ。ったく、どいつこもこいつも良い顔しやがって。こりゃエルフ最強の座もうかうかしてられねぇな。おい、シャルバラ、あたしはディーズじぃみたいに甘くはねぇぞ? 覚悟しろよ?」



 鋭く睨んでくるローザに、負けじとばかりに睨み返すシャルバラ。



 こうしてリエース最強の少女が生まれる……のは、もう少し先のお話。





え?シャルバラいい子じゃん……。作者はシャルバラ応援してるよっ!!

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