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第141話 君は美しい

「んじゃ、第二幕と行こうか。……はじめっ!」



 開戦の合図とともにシャルバラは必死の形相で粛々と魔法陣を描く。そして、レーベの攻撃が来る前に発動──魔法陣は一本の長い杖へと変わる。



「……ん? いい?」



 レーベは開始位置から一歩も動かず、生成魔法を唱え終わるのを待っていてた。そして、シャルバラの手に一本の杖が収まったのを確認して、そう問う。



「…………」



 その質問にシャルバラは口を開かない。そして、これが答えだとばかりにレーベへと駆けていき、杖を振り下ろす。



「ハッ!!」



 だが、無情にもその杖はレーベの手で止められ──。



「……ん」



 そのまま握りつぶされる。



「ック!!」



 直ぐ様、霧散しかけている杖を放り、後ろへ跳ぶシャルバラ。その両手には十五センチ程の魔法陣が描かれている。しかし──。



「グフッ──」



「……遅い」



 足元に重力二百倍をかけられているレーベに追いつかれ、その脇腹を打ち抜かれてしまう。マナも獣王拳も使わない、そして先程テュールに注意されたように少し空気を読んだレーベの攻撃は、それでもシャルバラを数十メートル吹き飛ばす。



「──カハッ、……」



 転げ回ったシャルバラは簡単には起き上がることができず、まず肺の空気を一旦吐き出す。そして、吐き出した分を吸い込もうとするが、吸い込むことができず、声にならない喘ぎをあげ続けた。



 三十秒ほどしてようやくシャルバラは肺に空気を入れられるようになり、短く浅い呼吸を繰り返す。そこへ、トコトコ──いや、ズシンズシンと近付いていくレーベ。



「……まだやる?」



「……フ、フフ、フフフ。えぇ、お願いします」



 シャルバラは涙目になりながらもキッとレーベを睨み、よろよろと立ち上がる。レーベはそれに対して何も言わず、右手を振りかぶった。



「レーベ!!」



 ピクッ。テュールが急に声を上げる。その声にレーベは、振り上げた右手を止める。そして、そのままゆるゆると降ろした。



(ダメだっ! まだシリアスだぞっ! ほらっ、笑顔! 笑顔!)



 見兼ねたテュールがジェスチャーで意思を伝える。そして声を掛けるのと同時にレーベの右腕に重力魔法を掛けた。レーベの腕の重さは二百倍となる。



「…………」



 片方の腕が突然二百倍の重さになれば、常人ならば肩が脱臼し、下手をしたら腕が千切れる。よく訓練された者でもバランスを崩し、立っているのも困難だ。だが、レーベはソレを制御し、自然な様子で下ろしたのだ。そして、テュールを軽く睨む。



「ひゅーひゅーひゅ~♪」



 下手な口笛を吹きながら目を逸らすテュール。



 そして、バランスを保っているとは言え、普段と比べれば違和感があるだろうレーベはそれでも器用に左手を振り上げ──下ろす。



「グッ──」



 先ほどの一撃で足が動かないのだろう。シャルバラはレーベの左を避けられず、再度数十メートル吹き飛ばされる。


 

 レーベは先ほどよりさらに重くなった足取りで、転がっていったシャルバラへ近付く。


 

「……まだやる?」



「……フフ、……もちろんです。──カハッ!」



 そこからシャルバラは何度も転がされ、吹き飛ばされ、這いつくばっては、這いつくばる。



「シャル……」



「シャルバラ様っ……クッ」



 セシリアとカレーナは口唇を強く噛み、シャルバラの姿を見つめ続ける。カレーナの目からは涙が零れていた。



「…………」



 そして、早々にレーベの勝ちで試合が終了になると楽観していたテュールを含む他の者達もシャルバラの気迫に圧倒され、黙って見ていることしかできなくなっていた。



「パパー、あのおねえたん痛そーだよ?」



「……ミア、そうだなー。うん、後でイタイイタイの飛んでけをしてあげような」



「うんっ! うーがとんでけする!」



「いい子だ」



 そして、ミアの頭を撫でながらテュールは試合場を見つめる。



 もう何度目か分からない打撃にシャルバラが転がっている姿が映る。綺麗だった髪は乱れ、服は汚れ、その口からは血を吐き出して……。



「……まだやる?」



「…………」



 そんなシャルバラにゆっくりと近付き、レーベは問う。しかし、もはや言葉を返すこともできなくなったシャルバラ。だが、僅かに瞼を持ち上げ、その目で訴える。



 ──私は諦めませんよ? と。



 コクリ。レーベはそれに頷き、何度目かの左腕を振り上げる。



 それを見たローザは素早くルチアとエリーザに視線を配る。両者とも静かに頷く。もう限界だ、止めろと。しかしローザが動くより前に動く影があった──。




「ハハ、ごめんねー。レーベちゃん、ここまでねー。よいしょ、シャルバラさん、本当にごめん。君はボクが思っていたよりずっと強くて、ずっと素敵だったよ。うん、君は美しい」



 ヴァナルはレーベの左腕を抑え、そっと下ろす。そして、シャルバラを抱え上げると、そんな言葉を掛けながらエリーザの元へと歩いていく。



「…………」



 既に意識が半分朦朧としてたシャルバラは、その言葉が聞こえていたか定かではない。そしてヴァナルの腕で意識を完全に失う。



「エリーザさん、よろしくお願いします」



「えぇ、もちろんよ。傷一つ残らず治すわ」



 エリーザに頭を下げるヴァナル。そして、振り返りレーベの元まで戻る。



「ハハ、レーベちゃんツライ思いさせたね。ごめんなさい」



 そして、頭を下げるヴァナル。



「……ん。シャルは強かった。うん、すごく強かった」



「ハハ、うん。ボクもそう思ったよー。ボクの目が間違ってた」



 レーベはシャルバラに対し、敬意と友情を表しシャルと呼んだ。そして、左腕をそっとさする。とても痛そうに、とても大事なもののように。



 ヴァナルはそれを見届けるとカレーナの前まで歩く。



「カレーナさん」



「…………謝るなよ、絶対に謝るなよ!! シャルバラ様はっ!! シャルバラ様はなぁ!!」



「……うん、ごめん」



「クッ!!」



 そして、カレーナは口唇の端から一筋の血を流し、強く強く握り込んだ拳をヴァナルの顔に叩き込む。ヴァナルはこの拳を防ごうとする自身のありとあらゆる反射をねじ伏せ、全くの無防備で食らう。



「シャルバラ様は本気なんだっ!! あの方は今の今まで人を好きになったことなどない方だ!! それを見ろ!! これがお前の望んだ結果か!! 満足か!! うっ、うぅ──」



 そして、倒れ込んだヴァナルの襟首を掴み、立たせるとカレーナは大粒の涙をいくつも零し、叫ぶ。そして最後には自身が崩れてしまう。それをそっとセシリアが支え、抱きしめる。



「ハハハ、ヴァナル。今回のはお前がダサかったな。お前がツラそうなのはいつぶりだ? ほれ、助けてやるから腹に力入れろ」



「──っ!!」



 アンフィスの本気の一撃。ヴァナルは流石に無抵抗でこれを受ければ身体に風穴が空いてしまうため、僅かに意識を集中する。だが口からは自然と苦悶の声が上がってしまう。



 そして、それを受け止めたのはテュール。



「ハハ、ヴァナル。強い女ってのは強いだろ?」



「……フフ、うん。これでテュールのこと笑えなくなっちゃったねー」



 そっと支えを外し、一歩離れるとお互い苦笑する。それを見ていたルチアが小さく笑う。



「カカ。ったく、ヴァナルまで青春を楽しんじまいやがって。さて、全員集合っ!! 気が向いた! あんた達全員足腰立てなくなるまで鍛えたくなったさねっ! ローザ協力しなっ、あとうちのネクラ婿殿を引っ張ってくるさねっ!」



 これにローザがニヤリと笑う。



「あいあいさー♪」



 そして、一瞬でその場から消えると、遠くからイアンの叫び声が聞こえる。恐らく無理やり拉致されたのであろう。



「リ、リリスお腹痛いのだ……わぷっ」



「テ、テップもお腹痛いのだ……いだっ」



 案の定、逃げ出そうとする二人。しかし、既にリリスとテップの四方には魔法障壁が張られ逃げ出すことはできないようになっていた。



「さーて、ヴァナル。たまにはあんたの泣き顔を見たいさね。あと、テュールお前もついでだ。たっぷりいじめてやるさね」



「アハハー、うん、今日はボクも目一杯がんばっちゃおうかなー」



「って、俺!? 俺も!? え、なんで!?」



「なんでかって? そりゃあんたがこの団のリーダーだからさねっ。部下が苦しんでいたらリーダーはもっと苦しむ。当然のことじゃないか」



「そ、そんなぁあああ、俺もお腹痛いのだー!! とぉーう! アバババババッ」



 そして、逃げ出そうとするテュールの四方には雷属性が付与された魔法障壁が張り巡らされており、逃げ出すのは不可能であった。



 こうして遊楽団の面々はめでたく全員揃って、足腰が立てなくなるまでしごかれることとなったとさ。





作者的にはこんなヴァナルくんが好きなんだけど、読者さん的にはどうなんでしょうかねぇ?




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