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第139話 いつでも、どこでも

「──ゴクリ」



 シャルバラはヴァナルの口唇を凝視する。もういっそ、口唇を奪ってしまうんじゃないかという程に見つめる。



「アハハ……、えっとね。強い女性が好きかな。うん、テュールより強かったら文句なしだねー」



 そして、苦笑いしっぱなしのヴァナルは、あろうことかテュールを引き合いに出した。



 それを聞いていた向こうのテーブルでは、ベリトとアンフィスがピクリと反応し、とても良い笑顔とともにサムズアップをする。



「テュール、さ、ん? ヨリ、強ケレバ……?」



 ギギギ。



 そしてシャルバラはと言えば、依然身体は九十度ヴァナルの方を向いていたが、その可憐な顔だけをゆっくりとテュールに向ける。



「ヒッ!? あわあわあわあわわわ」



 鬼だ。そこには鬼がいた。目を合わせてしまったテュールは、その異様な迫力にどうしていいか分からず震えるしかできない。



「わー、ママ!! パパがたべられたう!!」



「シッ。ミア、今面白いところだから静かに見ているんだ。食べられてもママがお腹をかっさばいて連れて帰ってくるから安心しろ」



 そんなシャルバラとテュールを見て、ミアが必死な様子でレフィーを揺らし、テュールを助けるよう懇願する。が、レフィーはヤマンバも驚きの解決方法を示し、ウーミアを安心させようとした。



「ほんと?」



「あぁ、本当だ。マスター、包丁を貸しておいてもらえるか?」



「すみません……、当店は紅茶屋になりますので、本当に勘弁して下さい」



 マスターは平身低頭し、レフィーに許しを請うていた。



「ハッ!? ……ウフフ、イヤですね。食べたりなんかしませんよ。あら皆さんどうしたんですか? そんな怖い顔をなさって」



 シャルバラはハッと思い出す。今は紅茶屋で楽しくティーブレイクしているということを……。慌てて殺気とも呼べる闘気を鎮め、可愛らしい微笑みを浮かべ、取り繕う。



(ホッ。良かった。ひとまず今日いきなり戦うということはなさそうだ)



「あぁ、そう言えば、なんだか今日の模擬戦はあんなことがあったので消化不良じゃありませんでした? 更に言うなれば、少し身体を動かしたい気分ではないです? チラッ、チラッ」



 だが、シャルバラは諦めていなかった。あからさまな視線でテュールと戦いたいというアピールをしてくる。



(うっ……。め、めんどくさい子だな……。どうしよう……。けど、あんなことになったのは俺のせいって言えばせいだし……)



 テュールは、レファンドパオーヌの乱入による模擬戦中止に対し、ごく僅かに負い目を感じるため、どうしたものかと考える。しかし今後付きまとわれ、ことある毎に戦いを挑まれるのも面倒だ。そして、何かいい案はと、キョロキョロ辺りを見渡す──。



 ピクッ、ピクッ。



(おぉー。うってつけの子がいるじゃまいかっ!)



 消化不良で身体を動かしたい気分でウズウズしている獅子族の少女が目に入った。



「あぁー、シャルバラさん。担当直入に言おう。君は僕を倒したい、そうだね? だが、その前に僕には一番弟子がいる。つまり、僕に挑戦したければ、まず一番弟子であるレーベ君を倒してからにしてもらおうか」



 ババーン。



 テュールは、ギアスを発動させるんじゃないかという手つきで顔をその手で覆い、芝居じみた言い回しでシャルバラにそう告げた。



 カタンッ。向こうのテーブルでレーベは椅子を引き、立ち上がるとトットットとテュールの許に駆けてくる。



「……ししょーいいの?」



「うむ、愛弟子よ。良い機会だ、存分に戦いなさい」



「……ん。ありがと、ししょー好き」



「なーにカワイイ弟子のためさ」



 戦う相手を調達してくれたテュールに対し、レーベは目をキラキラさせ、尻尾をフリフリしている。そして我ながら名案だと思ったテュールは不敵な笑みを浮かべ悦に入る。シャルバラは、と言うと──。



「フフ、その言葉二言はありませんね? では、私がそちらのレーベさんに勝ったら、テュールさんが勝負して下さる、と」



「あぁ、二言はないよ。それにうちのレーベは悪いけど──強いよ?」



 フフフ、ハハハ──。



 こうして、シャルバラとテュールは睨み合うと、どちらともなく高笑いしはじめ、戦うことが決まったのであった。



「あのー、頼みますから店の中で始めないで下さいね? お願いします」



 クマスターはそんな爆弾達に対し、爆発しないよう刺激を与えないよう丁寧にお願いをするのであった。そして──。



 カランカラン──。



「ありがとうございましたー! 次は、その、仲良くなってきてくれー」



 クマスターは、ホッとしたようにテュール達一行を見送る。



 そして、ツカツカと歩くテュール達一行。先頭を行くのはこの二人、シャルバラとレーベだ。



「では、どこでやりましょうか?」



「……ん、どこでもいい。寝ている時でも、ご飯を食べている時でも、トイレの時でも、好きな時にかかってきたらいい」



「──っ!?」



(お前は最強の死刑囚でも相手にする気か。んで、シャルバラさんあんたも何ちょっと感銘を受けているんだよ……)



 レーベが前を向いたまま、そう言い放つ。その言葉にシャルバラは目を見開き、レーベの方をバッと振り向く。どうやらその常在戦場の気構えに感銘を受けた様子だ。



 そんなやり取りに苦笑するテュールとセシリア。流石に今、ここで始められるのは困るためセシリアが二人に提案する。



「では、ウチの鍛錬場を使いますか?」



 その言葉にセシリアの方を振り向く二人。そして、互いを見つめ合うと、一つ頷く。どうやらそれでいいらしい。



(はぁ、やれやれ。早く帰りたいのになぁ。つーか、この流れってヴァナルのせいじゃん。あいつ絶対強い女がタイプとか嘘だし……)



 テュールは自分の家のベッドが恋しくなっていた。そして、それを遠のかせた原因は一人の中性的な美少年であることを思い出し、ジト目で睨む。



「ん? どうしたのー? オムライス食べすぎてお腹痛いのー?」



「ちがわいっ! これ、どう収拾つけるんだよ……」



 テュールはツッコんだ後、声を小さくし、元凶に尋ねる。



「あはは……。まぁレーベちゃんにコテンパンにされれば、しばらく落ち着くでしょー」



「…………」



 可愛い顔して、なかなかドギツイことを言うヴァナルであった。



「ん? セシリア様っ? おかえりなさいませ。それにシャルバラ様まで? 皆さんもどうされたんですか? 忘れ物です?」



 そんなこんなしている内に、つい今朝までお世話になっていたセシリア邸に到着する。門の前で立っていたエフィルがこちらに気付き、不思議そうな顔をする。



「ただいまエフィル。フフ、恋の戦争をしに帰ってきたの。鍛錬場は使えるかしら?」



「へ? 恋の? ……は、はぁ。今、確認し、手配してきます。中で少々お待ち下さい」



 エフィルは首を傾げ、なんのこっちゃと皆を見渡すが、シャルバラだけ頬を赤くし、他の皆が苦笑しているのを見て何事かを察し、それ以上は追求せず鍛錬場の手配をすべく走っていった。



 そして、応接間に通されたテュール達はメイドが淹れてくれた紅茶をここでも飲む。流石に遠慮願いたかったが、お互い出さないわけにも飲まないわけにもいかないため、皆、表情には出さず、一杯いただくことにしたのだ。



 カチャリ。



 散々紅茶屋で騒いできたため、セシリア邸では静かにお茶を飲む一同。ゆっくり置いたティーカップの僅かな音ですら響く。



 ガチャ。



 そんな中、ノックもせずに扉が開く。この家でノックをせずに堂々と入ってくる者など数える程しかいない。皆は開いた扉を注視する。



「なんだい、あんたたちまだ帰ってなかったのかい? こんなところで茶なんかしばいて……、ルーナにまた怒られるよ?」



「ル──ルチア様っ!?」



「ん? あぁ、シャルバラかい。久しぶりさね。カカ、元気にしてたかい?」



「え、えぇ……。ル、ルチア様もお元気そうで、安心しました。本当にお久しぶりです」



 シャルバラが借りてきた猫のように急にしおらしく挨拶をする。そして、その後ろからは──。



「カカカッ! おい、シャルバラ聞いたぞ? お前、恋の戦争しにきたらしいじゃねぇか。相手は誰だ? ん?」



「あっ、ローザ様っ、ダメです! 内緒って言ったじゃないですかっ!」



 ローザがとても楽しそうな話題を聞きつけたとやって来る。どうやらエフィルが漏らしてはいけない相手に漏らしたみたいだ。と、なれば当然──。



「ぱんぱかぱーん! 私も気になっちゃったので来ちゃいましたー!」



 セシリアの母、エリーザまで駆けつける始末である。



(おいおい、リエース共和国大丈夫か?)



 国のトップ連中が恋バナが気になって昼下がりに大集合してしまうリエース共和国をついつい心配してしまうテュールと、一同であった。



「エーフィール?」



「はぅっ! シャ、シャルバラ様、申し訳ありませんっ。鍛錬場の方はいつでも使えます! では、私は門番の仕事へ戻ります! どうかご武運を!」



 シャルバラが笑顔で青筋を浮かべ、エフィルを責めようとするが、エフィルは直ぐ様逃げ出した。三十六計逃げるに如かずである。



「さっ、シャルバラ行こうぜ?」



「えぇ、シャルちゃん行きましょ?」



「ローザ様、エリーザ様……、うぅ、なんだか大事に……」



 シャルバラはエリーザとローザに両側から腕を組まれて歩いて──いや、連行されていく。



 こうして、リエース共和国御前試合、恋の戦争が始まるのであった──。

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