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第136話 ルーナ先生、フラグ建てるのお上手!

 こうして結局模擬戦は中止となり、講堂にて講評が行われることとなった。その際、極少数の限られた生徒が名指しで褒められることとなる。その者の名は──。



「クルード・フォン・シュナイツ君。貴方は事前の戦略、開戦後の柔軟な対応、またそれらを二百人という人数で乱れることなく遂行したという指揮力、とても素晴らしいものでした。また最後、有事の際に冷静な判断をし、生徒の保護に一役買ってくれたことも称賛すべき点です。是非、これからも頑張って下さい」



「身に余るお言葉、光栄に御座います。このクルード・フォン・シュナイツ、エリーザ様のお言葉に恥じないよう今後とも精進して参ります。有難う御座います」



 こうしてクルードが壇上に上がり、エリーザと交わした一幕では、リエース、ハルモニア、両校から桃色の溜め息がいくつも上がった。



 当然、この講評で遊楽団の名前は上がるわけもなく──。



「ぐぬぬぬぬ!! クルードめぇ!! モテやがって!!」



「……つまんない」



 テップはクルードの人気ぶりに不貞腐れ、またレーベも拗ねてしまっていた。



「テップは予想通りだが、レーベのやつはどうしたんだ?」



 テュールは口を尖らせそっぽを向いているレーベを見て、カグヤに事情を尋ねる。



「アハハ……。その、ようやくリエース校の人たちが現れて、戦闘が始まるってところで先生に撤収の指示を出されちゃって……」



「なるほど……」



 闘志満々で待ち構えていた獣は肩透かしを食らい拗ねていたのであった。



「あのー……皆さん、ルーナ先生が睨んでますので、真面目に聞かないとまずい気が……」



 まだ講評が続いている中、いい意味でも悪い意味でも目立つ遊楽団はやはり人の目を集めやすいらしく、ルーナがその視線できちんと話を聞いていろと強く念じているようだ。それを敏感に察知したセシリアが泣きそうな顔で自由な面々にお願いをする。



 そんなセシリアの表情を見て、いたたまれなくなったのか、それ以降は姿勢を正し、口を開くこともなく閉会の言葉まで真面目に聞く遊楽団の一同。



 そして閉会式が終わると、まずリエース校の生徒が退室した。残ったハルモニア校の生徒にはルーナから今後の予定が言い渡される。



「さて、これで研修は終了だ。あとは各自でリバティまで帰れ。いいか、無事家に帰るまでが研修だ。くれぐれも余計な寄り道はせずまっすぐ帰れ。では、明後日また学校で会おう。解散ッ!」



 くれぐれも余計な寄り道のくだりでルーナだけでなく他の生徒も遊楽団の方を見たのは言うまでもない。こうして、長かった研修旅行が終わり、ようやく緊張の糸がほぐれたハルモニア校の生徒の目に安堵の色が浮かぶ。先程までのシンとした静けさはすぐに消え去り、講堂は多くの生徒の声で溢れ返る。



 その中には当然、遊楽団の声もあり──。



「はぁー。疲れた! あっ、そうだ! セシリア! シャルバラちゃんを紹介してくれ!」



 両手でノビをしたテップがその途中で思い出したようでセシリアに懇願しはじめる。



「ですから、テップさん? それは──」



 と、セシリアが断ろうとしたところでセシリアの動きが止まる。その視線は何かを捉えたようで動かない。隣で聞いていたテュールもその視線を追うと、退室するハルモニア校の生徒達の波をかき分けて近づいてくる女性が映る。そして、その女性はピタリとセシリアの前まで来て立ち止まった。



「シャル……。それにカレーナ」



「フフ、セシリア久しぶり」



「セシリア様、お久しぶりにございます」



 目の前に現れたのはテップが待ち望んでいた女性とその護衛であった。



「おぉぅ! 神は俺を見捨てていなかった! シャルバラちゃん! 俺の名前はテップ! セシリアの未来の旦那候補の親友だ! よろしく!」



 と、調子よく言いながらテップが手を差し出す。だが、それを許すカレーナではない。



「痴れ者ッ! 下がれ! 気安くシャルバラ様の名を呼ぶな!! それにセシリア様を呼び捨てにするなどッ!! えぇい、なんだそのアホ面は!! その手を引っ込めろ!!」



 あまりの剣幕に手を差し出したまま、ポカンと固まるテップ。そう言えば散々な扱いを受けている彼だが、こうも真っ向から捲し立てられるのも珍しい。そんな固まったテップの代わりにテュールが口を開く。



「あー、セシリア? 彼女は……?」



「えと、ごめんなさい。カレーナはエット家に使える護衛騎士の家の者です。私のところのエフィルと同じような立場の方ですね。同じ歳なのでシャルと一緒に学校に通っていて、私も昔から遊んだりしていた仲です」



「は!? 失礼しましたっ!! シャルバラ様を差し置いて出過ぎた真似をしました! 申し訳ありませんっ!」



 そして、頭に昇っていた血が引いたのかカレーナはテップではなくシャルバラに頭を下げ、一歩下がる。そんなカレーナにシャルバラは優しい笑みを浮かべ、叱責を言い渡す。



「フフ、カレーナ? 私は怒ってるわ。何故だか分かる?」



「はっ!! 久しぶりのセシリア様との再会を私の出過ぎた真似で邪魔してしまったからです!!」



 対してカレーナは直立不動となり堅い表情でそう答える。



「残念、ハズレ。セシリアなら分かるかしら?」



「フフ、もちろん。カレーナが女の子らしくない言葉を使ったからでしょ?」



「正解♪ いい? カレーナ? 貴女は私の護衛騎士である前にリエース学園の生徒であり一人の女の子として側にいて欲しいの」



 セシリアとシャルバラは実に楽しそうな笑みを浮かべ、言葉を交わす。カレーナはその言葉に戸惑いを見せるが、最後の側にいて欲しいという言葉に顔を赤らめ、あたふたする。そこだけを見れば十分女の子をしていた。



「ふむ。カレーナちゃんもカワイイな。主君であるシャルバラちゃんに憧れと淡い恋──」



「な、なななな、なななにを言おうとしている貴様ッッッ!! 私がシャルバラ様になど恐れ多い!! えぇい! 黙らねばその首を刎ね飛ばし喋れなくしてやるぞ!!」



 そして、そんなカレーナを見て、再起動するテップ。だが、どうやら再びフリーズさせられることになりそうだ。次は物理的に……。



「まぁまぁ、カレーナ落ち着いて。本当に私の大事な仲間で友達だから首を刎ね飛ばされると困るわ。それに未来の旦那様の親友ですし……」



 ポッと頬を赤らめながらチラチラとテュールを見るセシリア。



(……なんだ、この可愛い生物は? 俺はどうすればいいんだ? 調子乗って、どうも未来の旦那候補です。キラッ☆ とか名乗り出ればいいのか? いやダメだろ。なんだその超絶調子乗ってるクソヤローは……)



 テップほどの勇気があれば出来たが、如何せんチキンコミュ症であるテュールには初対面の女性の前で振り切ったバカをやる勇気はなく、結局照れ笑いし、頭を掻いて成り行きを見守ることにした。実に情けない主人公である。



「あら、セシリア? じゃあ彼が手紙で言ってた?」



「うん、テュールさん。それに新しく遊楽団って名前になった私の大事な仲間を紹介するね」



 やはり幼い頃からの付き合いともあって気心が知れているのか、セシリアが普段よりやや砕けた口調になりながら遊楽団の面々を紹介していく。そして、その内の一人、最も離れていたところにいた彼を紹介する──。



「彼はヴァナルさんです」



「どうも~。シャルバラさんさっきぶりー」



 ニコリと笑い、気さくに手を振るヴァナル。



「はぅっ。素敵ぃ……。ハッ!? あ、あの、改めて! シャルバラ・エット・ユグドラシルです! 先程は完敗でした。とてもお強いんですね……」



 そんなヴァナルに見惚れてしまったシャルバラは慌ててトットットと近寄り、頭を深々と下げ名を名乗る。そして、顔を上げてヴァナルを見つめるその目は誰がどう見ても──。



「恋する乙女の目じゃねぇぇかぁああ!! ヴァナルお前もかっ!! お前もなのモガモガモガ──!!」



「おい、バカやめろ! カレーナさんを見ろ!! 今にも矢を射らんばかりの雰囲気だぞ……」



 明らかであったが、それを堂々とツッコんだテップはカレーナに射殺されんばかりに睨まれていたためテュールが慌ててその口を塞ぎ、押さえつける。



「その……セシリア……」



 そして、ヴァナルを熱い眼差しで見つめていたシャルバラが振り返り、セシリアへと小走りで近づいてくる。そしてセシリアの耳元でごしょごしょと内緒話をすると──。



「フフ、もちろん、協力するわ。皆さん、シャルがみんなとお話ししたいから少しお茶をしようと言っているのですが、どうでしょうか? その店は私もよく行っていたのですが、とても美味しい紅茶のお店です」



 と、いつもより楽しそうなセシリアの提案に対し、先程までの状況を見ていたアンフィスとベリトが嬉しそうに口火を切る──。



「あぁもちろんいいぜー。今日はいつもより美味い茶が飲めそうだからな。なぁヴァナル?」



「えぇ。是非リエースでの紅茶を仕入れたいと思っていましたし、名案ですね。ねぇヴァナル?」



「あははー。そうだねー。ボクも飲みたいかな~」



 それがからかわれているという認識はあるヴァナル。当然シャルバラの視線にも気付いていたが、紳士な彼は努めて自然体を装い、快くシャルバラの誘いに頷く。どこぞの主人公とは大違いである。



 こうして、遊楽団はシャルバラとカレーナとともに王族御用達の紅茶屋へと向かうこととなる。



「……あいつら、余計な寄り道はするなと──」



「まぁまぁ、ルーナ先生、落ち着いて落ち着いて」



 そんな彼らの動向を監視していたルーナは自らがフラグを建てていたとは露知らずコメカミに青筋を浮かべるのであった。

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