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第115話 つ鏡

「ふぅ、サーディアがね。それだけは命を賭けてでも阻止しなきゃなんねぇな」



「えぇ、そうね。ユグドラシルがなくなればリエース共和国は崩壊し、エルフ族は他国へ難民として渡り歩かなければならない。そうなればまた世界に緊張が走ってしまう……。何よりサーディアを失うのを指をくわえて見ているほど私はできたエルフではありませんしね」



 ローザとエリーザは予想していた答えに驚きはしない。その代わりに闘志を目に燃やし、ルチアにラグナロクに屈しないと宣言する。



「当たり前さね。あたしだってサーディアをくれてやる気はないし、この国を好き勝手にさせる気もないさ。ただやつらは狡猾だ。恐らく今回も幹部共は逃げ隠れて、天使の成れの果てを召喚してくるだろうさね……。そうなると数が多く被害が広がる可能性がある。大規模な衝突は避けられないだろう。それはもはや戦争さね」



 ルチアは目を閉じ俯きながら首を左右に振る。戦うことに臆しているわけではなく、自国の民に被害が及ぶことを忌避しているのだろう。



「だが、今動いちまえば……」



「えぇ、決して得策ではないでしょうね……」



 できるだけ早急により多くの戦力を集め備える場面であるが、しかし、ラグナロクという組織の狡猾さを熟知している二人は、今大手を振って対策に奔走してしまえばそれがラグナロクのスパイに伝わり裏をかかれてしまうということが分かってしまう。



「そういうことさね。今回のユグドラシル防衛戦は少数精鋭で当たるしかない。だがあたしたち五輝星の老いぼれどもはやることが多くてね、リエースにい続けるわけにはいかない。ま、有事の際はもちろん飛んでくるけどね。それに情報の漏洩を防ぐためにも他国の冒険者は頼れないだろう。しかし、エルフの冒険者のトップクラスを集めたとしても手が余るさね……はぁ、まったく悩ませてくれるね。どこかに都合よく信用できて戦力になるやつらは――」



 ルチアは答えが出ているのに手段が見つからないもどかしさに頭を抱え、一旦自分の考えを整理するためにも声に出してみる。



「はぁ? いるじゃねぇか」



「えぇ、いますわね」



 そんなルチアの悩みに対して何でもないような口調で二人はそう返す。



「ん? なんだい、おまえたちそんなの用意してたのかい。どんなやつらだい?」



 ルチアはローザとエリーザもこの問題には手を焼くだろうと思っていただけに驚きと高揚を隠せず続きを促す。これに対し二人はお互いの顔を見つめ合うと――。



「「テュール(君)達」」



 そう言ってのけたのであった。



「…………。いや、それはダメさね。あたしらはテュールや孫達を育てる時に卒業までは血生臭いことに巻き込まないと決めてるんだ。まぁ、ちっぽけな自己満足さね」



 しかし、ルチアはこの答えに対し、穏やかな声でそう返した。二人はそんなルチアを見て、優しい目つきで――。



「まぁ、んなこた知ったこっちゃないな。戦争になったらガキでも戦うもんだし、あたしも10歳から戦ってるしなぁー。それにあいつら結構強そうだし、もってこいじゃん?」



「えぇ、そうね。お母様方五輝星の方針は理解できますが、私達までそれに倣うことはありませんので悪しからずです。フフ、それに恋も戦争も若い内に経験するに越したことはありませんしねっ♪」



 平然とそう言ってのけた。



「あ、あんた達……。ふ、ふふふ、カカカカッ! 言いたい放題言ってくれるじゃないか、まったく親の顔が見てみたいさね」



 誰に似たのか言い出したら聞かないのは重々承知しているルチアは諦めたようにかぶりを振る。



(まぁ、あいつらなら学校生活の傍らで国一つ守っちまうくらいの図太さはありそうさね)



「そうと決まったら、あいつらにラグナロクのことも教えなきゃいけないね……。カカ、あいつらにとっちゃとんだ研修旅行になっちまったね。まぁ、その前に美味いもんでも食べさせてご機嫌でもとっとくかい」



「フフ、そうだな」



「えぇ、そうね」



 こうして3人は悪い顔で笑い合うと厨房へと足を向けるのであった。

 




 一方、リエース共和国某所には既に――。



「ふむ、これがユグドラシルですか。いやはや大きいですねぇ」



 物腰の柔らかそうな一人の優男が天高く葉を広げる世界樹を見てそう呟く。



「えぇ、同意見ですノイン様」



 斜め後ろで気配を殺すように立っている少女が優男の呟きに応える。



「ふぅ、カミラさん? あなたは私に共感するばかりなので少々退屈です。もう少し自分の意見というものを持ったらどうですか?」



 ノインと呼ばれた優男は、少女に落胆した声でそう返す。



「はい、申し訳ありません。以後注意いたします」



 カミラと呼ばれた少女は眉一つ動かさず、淡々とそう言う。



「はぁー、そういうところですよ。まぁいいです。あなたの愛想のなさは今に始まったわけではありませんから。さて、今回は私達が一番乗りのようですね。邪魔されない内に下準備を済ませちゃいましょうか。やることは分かってますね?」



「はい。まずはリエースを囲むように人形と獣の召喚陣を、そして出来るだけ目標物に近い位置に翅なしの召喚陣を仕込むことが第一条件の任務です。……ですが、翅なしともなると器と生贄が必要になるのでは? そちらの調達は指示されていなかったと記憶しています」



「えぇ、そうです。器と生贄に関しては私に一任されていますから余計な詮索、手出しは無用です。では、バレないように仕込みに入りましょう。その後も山ほど仕事は残ってますからね……。では、世界に混沌を」



「はい。世界に混沌を」



 そう話していた二人はこの言葉を最後に霧のようにその場から消えていた。しかし、二人の姿が見えなくなった後のリエース共和国には確かに不穏な気配が混じり込んでいた。

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