異世界で女神様にされた挙げ句お見合いすることになりました
「女神様、どうか力をお貸しください」
こちらに向かって神妙な面持ちでそう言ったのは、私が今暮らしている“ゼニス”という国の王様。
歴戦の猛者か何かかと突っ込みたくなるほど迫力満点な外見のちょっとおっかない王様が、臣下をぞろぞろ引き連れて私みたいな小娘に助力を求めるこの状況を何も知らない人々が見たらどう思うだろうか。
当人であり、全てを理解しているはずの私はと言えば「なんか大変なことになってしまった」という感想しか出てこなかった。
何の変哲もない女子高生である私が、今はどこか知らない異世界の国で皆に請われて女神様をやっている。
何故そんな意味不明なことになってしまったかと言うと話は約十か月前まで遡る。
始まりは唐突で、いつも通り寝て起きたら自分の部屋ではなく知らない家で知らない人達に囲まれていたのだ。
低血圧で朝が弱い私もこれには驚き、すぐ覚醒した。寝起きドッキリにも程がある。パジャマ姿だったので本当に恥ずかしかった。
周りを囲んでいた人達に聞けば、なんと私は空から落ちてきたらしい。ええー!?
よく死ななかったな、と思えば勢いよく地面に叩き付けられたのではなく、ゆっくりと落ちてきて丁度近くでそれを見かけた人に受け止められたそうだ。
冗談抜きで「親方!空から女の子が!」状態だったみたい。
そして落ちた先がゼニスという国のイェッセル領の領主様が暮らすお屋敷の敷地内で、私を受け止めてくれたのがその領主様の息子だった。
そのため、天から舞い降りた不思議な少女(私)の話はすぐにこの地を統括する領主様の耳に届き、目が覚めるとその領主様とご家族に囲まれていたというわけだ。
妙なことに、彼らは皆西洋人の見た目をしているのに流暢な日本語で話していた。言葉が通じて助かったが、話しているうちにおかしな事に気が付いた。
地名や国名を聞く限り日本ではなさそうだと予想していたが、それにしても話が噛み合わないのだ。アメリカもイギリスも中国も何も知らない。
ここ最近の出来事を手当たり次第並べてみたが、ピンと来ないらしい。ならば歴史はどうだと世界史の有名どころを思い付いた順に言ってみるが結果は同じ。
生活様式を見る限りかなり遅れているようなので、もしや全く知らない国の過去にタイムスリップしてしまったのではと思ったのだが、だとしても言葉が通じるのはおかしい。
その上、文字は全く読めないのだ。ここでは平仮名も片仮名も漢字も使わない。アルファベットとも違う記号のような字を書いた。何それどうなってるの?どういう仕組み?
この時点で頭がパンクしそうだった。最終的に考えることを放棄した私は、世界が異なるという結論に無理矢理持っていった。
異世界に来ちゃいました。はい、解決。
こんな感じで、ある日突然空から落ちてきて不可解なことを口走る私は端から見たら怪しすぎるのだが、領主様やご家族はそう思わなかったらしい。
自分達が知らない文明を語り、豊富な知識を持つ神秘的な私をすっかり気に入り、屋敷に置いてくれたのだ。
実際のところは神でも知識人でも何でもない現代社会を生きるただの女子高生なのだが、空から落下という最高の演出のお陰で上手いこと不思議オーラが出たようだ。落ちてよかった。
身一つで異世界に来てしまって他に行く当てもなかったので、ご厚意に甘えて暫くご厄介になりつつ、この世界の情報を集めていたある日、とんでもない事実が発覚した。
異世界に来たからか、私は特殊能力に目覚めてしまったのである。
発端は領主様の奥様が高熱で寝込んでしまい、世話になっている者の礼儀としてお見舞いに行ったことだ。
お話し中に偶然、奥様と私の手が触れたのだが、その瞬間二人の手が光り、私は奥様から“悪い何か”を吸い取った。
驚く暇もないくらい一瞬の出来事だった。それがきっかけで熱が一気に引いて、奥様は全快。
私が吸い取った悪い何かは黒い粒子となってすぐに手から出てきて、部屋の窓から外へ消えた。
この一連の流れで私が思ったのは「あ、これグ○ーンマイルで観たやつ!」だった。
私と違って元ネタを知らない奥様は感激し、命の恩人だと拝み倒す勢いで感謝された。ちょっと大げさでは。
当然のように領主様にも話は伝わり、このグ○ーンマイル能力は増々私という存在に箔をつけた。
だが、話はこれで終わらない。
情報収集の一環で領地内の地図を見せて頂いた時、光って見える部分があった。比喩ではなく、私の目からは本当に光って見えたのだ。
しかし聞いてみると誰もそんな風に見えないと言う。次いで、脳裏に映像が浮かぶ。暗い洞窟のような場所で、そこの一か所に光り輝く何かがある。
そこら一帯は鉱山が連なる山岳都市とされ、私が示したところは人が足りずに中途半端な所で開拓が止まっている鉱山だった。
非常にふわふわした私の話に興味を懐いた領主様が「これは何かあるぞ」と人を派遣し、大掛かりな探索が始まった。
こんな小娘の言う事を信じて動いて大丈夫だろうか、と不安になるくらい多くの人が携わることになった探索の結果、なんと金鉱脈を発見した。マジか。
透視?予言?自分でもどういった能力なのか分からなかったが、これがまた、私という存在を大層なものに仕立て上げた。
グ○ーンマイルと透視もしくは予言という2つの能力を手に入れた私は「神より力を授かったのでは……?」「神の代理人」「いやいや生まれ変わり!」などと言われ、気付いたら女神様と呼ばれるようになっていた。
本当は普通の女子高生なんだけど、と思いつつもここまで来るとそうも言えない。
領主様は2つの能力が及ぼす影響から人知を超えた存在である私をこの家だけに置くわけにはいかないと考え、今までのことを全て王様へ報告した。
知らないところで話はどんどん進み、その四日後には王都へ向かい王様と謁見することになった。
一国の主がよくこんな不審者と会う気になったなーという感じだが、実は奥様が今の王様の実妹らしく、彼女の口添えに由るところが大きいみたいだ。
そして王城にて顔を合わせた王様は、私を見るなり頭を下げた。急すぎて吃驚した。
何事かと思えば、息子、つまり王子様がひと月前から原因不明の奇病を患っており、それをグ○ーンマイルで治してほしいとのことだった。
治療法のない奇病ということから国民の不安を煽らないように内緒にしていたそうで、随分困っていたみたいだ。
にしても謙虚だな。治さないと殺すくらい言ってもいいのに。
なんて意外に思いながら手を握ってグ○ーンマイルで悪い物を取り除くと王子様はすぐに元気になった。
この治療は手っ取り早く私が“女神”である証明となり、正式に国の客人として持て成された。王族にまで奇跡だ!神だ!とか言われちゃうと流石に照れる。
それから偉い人達に囲まれて、色々とお話をしていたらよく分からないがこの国をより良くするために私の特殊能力を貸すことになった。
それが冒頭の台詞に繋がる。
以降、私はお城で暮らし始めた。
私こと女神の存在は国中に伝えられ、お医者様では解決できないような重病者が私の元へやってくるようになった。
予知だか透視だかの方は発動条件がよく分からず、私が使うのは専らグ○ーンマイルである。
手を握るだけで、吸い取ったものは外へ出せば消えるので体力的には問題なかったが、流石に毎日のように続くと精神的な疲れが溜まって結構大変だった。
けど、お世話になっている身なのでこのくらいして当然だろう。それに感謝されると気持ちいい。
そんな生活を続けて早二か月。私へのご機嫌取りがすごい。
遠慮しているのに贅沢三昧させてくれるし、色んな人から素敵なドレスやアクセサリー、小物が毎日部屋に贈られてきた。
私利私欲からあわよくば城ではなく自分の家に来てほしい、と画策する方もいるのだろうが、大半はこの国に繋ぎ止めることが目的だろう。
でもこんな事しなくても私ってば元々は何の後ろ楯もないただの小娘な訳ですし?ここ追い出されたらどうせ生きていけない……こともない、と最近気が付いた。
どんな奇病も治せる上に、予知あるいは透視能力もある。よその国に売り込めば良いのだ。
勿論人を選ばなくては自分が大変な目に遭うが、大抵のところでは丁重に扱われるはずだ。
私は偶々ゼニスという国に落ちてきただけで、ここで生まれたわけでもなんでもない、元はフリーの女神様。その気になればあっちへふらふらこっちへふらふらできるのだ。それだけの強大な力が今の私にはある。
王様や家臣達はそれを恐れている。こんな良い商品をよそに取られたら大変だ。だから手荒な真似は絶対にしないし、不満を抱かれないように厚待遇。
こうやって一生、私をこの国に置くために浪費させるのだろうか。大人は大変だなあ。
「は?結婚……?」
なんて思っていたら縁談話を持ってこられた。
動揺し過ぎて私は目の前の美しいお姫様に情けない顔を晒してしまった。
城で暮らし始めてから王様の紹介で愛娘であるロミルダ姫と親しくさせてもらい、二人でお茶会を開くのが習慣になりつつあったのだが、その楽しいお茶会で今日は爆弾発言が飛んだのだ。
王様が、私の結婚相手を探していると言う。
恐らく王様は、私に守るものがあれば、この国に留まりたい理由があれば、他国に無理矢理奪われない限りはこの国に居続けてくれるだろうと考えたのだ。
そこで、この国での私の居場所をより磐石なものにするために、縁談話を持ってきた。
嘘でしょー!?あり得ないんですけどー!我十七ぞ!?女神(女子高生)ぞ!?
癖一つない鳶色の髪に宝石のような翠色の目を持つ美姫は「本当はテオドールの元に来てほしかったようですが……」と続けた。それがまた私を混乱させた。
「テオドール王子!?無理です、犯罪です!」
「はい、きっとそう仰るだろうと思って別の方が選ばれたみたいですよ」
安心してください、とロミルダ姫がにっこり笑った。
テオドール王子とは私がグ○ーンマイルで助けた例の王子様なのだが、彼はロミルダ姫の弟でまだ五歳の子供である。
結婚云々の年じゃないし、成長を待つにしても中々厳しい年の差だ。流石の王様もその点は私の意を汲んでくれたらしい。
そもそも人のことを女神とか讃えておいて人間を結婚させようなんてふざけている。
そう、結婚話を持ってくるってことは結局私のことを女神ではなく人として捉えているってわけだ。まあ、間違ってないけど。
「でも私、まだ十七ですよ?結婚なんて」
「あら、丁度良い年頃じゃないですか」
「ええ……」
十七歳は、この国では結婚適齢期だそうだ。
貴族だろうが平民だろうが女の子は早くて十三、遅くても二十までには結婚して一人か二人子供を産むのがざらだと言う。早すぎても良くないが、遅くても問題ありということで十五から十七が理想とされるそうだ。
あまり遅くなると元気な子が産めなくなるからだろう。この世界は現代と違って医療が遅れているので寿命は短いし、出産のリスクが非常に高いのだ。
私の二つ下で同じく適齢期のロミルダ姫は「私も早く結婚したいなあ」とうっとりしていた。
姫である彼女には物心ついた時から既に婚約者がいて、その相手とは歳も近く、ずっと一緒に過ごしてきたのでとても仲が良いらしい。
そりゃ、私もそういうのだったらいいけど。
異世界のよく知らない人と結婚とかあり得ないだろう。もっと言えば結婚なんてしたくなかった。
私は決して元の世界に帰ることを諦めたわけではないのだ。ここで結婚なんてしたら、もう一生帰れなくなる気がする。
「誰が選ばれるのか分からないけど、私、よく知りもしない相手と結婚したくありません……」
「ええ、お気持ちは分かります。私も女神様の立場なら同じことを思ったかもしれません。でも女神様がこの国にいるのなら……いえ、この世界にいるのなら結婚しなくてはいけません。そして子を産むのです。女性とはそういうものです。それが務めです」
ロミルダ姫が震える私の手を優しく包むように握って諭すように言った。
郷に入っては郷に従えということだろうか。従いたくないよう……。
「よく知らない相手だから嫌だと言うなら、知れば良いのです。まずは色々とお話をしてみたら如何でしょう」
「う、うん……そうですね……」
嫌な理由はそれだけではないが、この世界ではこれが常識なのだ。
本当は分かってるよ。望んだことではないと言え、ここにいる限りはそのルールに従わなければいけない。
いくら特殊能力を持っていても全く誰にも頼らず一人だけの力で生きていくのは無理だ。こうして衣食住を保証してもらっているのなら、ある程度はお世話になっている人達に合わせなくてはいけない。
それに、よくよく考えてみたら、候補者となる方も可哀想なものだ。
万が一にでも私に気に入られたら、女神様とかいう正体不明の怪しい女と結婚しなくちゃいけないのだ。
仮に本気で私を神格化しているのなら、それはそれで人身御供みたいなものだし。
うん、嫌なのは私だけじゃないはずだ。
ということで全く乗り気ではないが、王様の顔を立てるためにも人生初のお見合いを引き受ける事にした。
◆◆◆◆◆◆
王様を通して紹介された婚約者候補は四人いた。その誰もが貴族家出身である。
そりゃ出来れば手元に置いておきたいのだから平民に嫁がせるわけがない。けど、必要以上に力を持たれても困るから恐らく“王家の邪魔にならない”家を選んだのだと思う。
じゃなきゃ自分で言うのも何だが、候補者の数が少ない。私を欲しい家はいくらでもあるだろう。
そんな政治的な思惑の絡んだ候補者達と社交界で一度顔を合わせ、その後日にちと場を改めて一人ずつお話をする機会を設けることにした。
というわけで王様に厳選されたメンバーを紹介するぜ!
一人目は王都より東に位置するバルト領の領主を務めるヴェルマー公爵の三男、ヨハン・ヴェルマー様。
王様の従兄弟に当たる方で、二十五歳。
紳士的で周囲の評判も良いらしく「三男とはいえ公爵家の方ですし、贅沢できますよ」とロミルダ姫のお墨付きだ。人を浪費家みたいに言わないでほしい。
二人目は王都の北側、ブランク領の名門貴族であるシェルマン伯爵家の長男アレクシス・シェルマン様、二十二歳。
代々グリュック騎士団なるものの団長を務める家系で、彼もつい最近団長に就任したそうだ。ちなみにその騎士団は基本的に貴族の息子達で構成されており、実践経験は乏しいとか。
童話に出てくる王子様のような綺麗な金髪に青い瞳の素敵な方で、面食いでミーハーな私はちょっとだけときめいた。
三人目は王都の西、リーネルト領の領主を務めるラルフ・ラングハイム侯爵。三十六歳。
三十超えには見えないほど端正な顔立ちの若々しい方で、大人の余裕というか、人生経験も豊富であり話していてとても楽しかったが、無理だ。本当に申し訳ないが、二十近く上は無理だ。
もう少し若かったら絶対にこの人が良いと断言できるくらい優良物件なのだが、世の中は難しい。
とりあえず、四人中三人と顔合わせ&お話は済んだ。候補者が年上ばかりなのは男性の結婚適齢期が女性より十は遅れているからである。
王様にも彼らの家の方にも好きに選んでください、と言われたのでそれぞれと色々じっくり話をさせてもらったのだが、どうもピンと来ない。なんか全然話が合わないのだ。
生きている時代が違うからだろうか、育った環境、いや、世界が違うからだろうか……。
と言うより、この三人は私を崇拝していたからかもしれない。え、人身御供?それでも光栄です!みたいなノリだった。
特に一人目のヨハン・ヴェルマー様は『敬虔な信者』というのがぴったりだった。私というより女神に傾倒している。
これってなんか違うよね。夫婦関係でお互いを尊敬し合うのは素晴らしいことだけど、片方が相手を崇拝しているのは違う。
「レナさん」
「あ、クラウスさん」
バルコニーで一人唸っていると随分久しぶりに名前を呼ばれた。
振り向けば、四人目の婚約者候補であるイェッセル領の領主カレンベルク公爵の次男、クラウス・カレンベルク様がいた。
一つ下の十六歳の彼は、空から落ちた私を受け止めてくれた人だ。従妹であるロミルダ姫と同じ鳶色の髪に、カレンベルク公譲りの空色の目は、強烈な印象を与える。
王様やその臣下は勿論、仲良くしてくださっているロミルダ姫も先の婚約者候補の三人も今じゃ皆私を女神様と呼ぶ中で、本名で呼んでもらえるのは何となく嬉しかった。
思い返せば、私が女神扱いされ始めたのは金鉱脈を発見してからで、最初の頃は普通に名前で呼ばれていたのだ。
あの頃のお屋敷での生活は、不安も沢山あったけど新鮮な出来事も多くて楽しかった気がする。
領主様も奥様もクラウスさんを始めとするご家族も使用人の方々も皆さん親切で、私の世界の話を興味深く聞いてくれたし、この世界のことも教えてくれた。能力のことが分かるまで、私は女神と言うより異邦人という扱いだったように感じる。
お城の人達が親切じゃないって言いたいわけじゃないけど、私を取り巻く空気が違ったのだ。
「お話がしたい、という事でしたが……出直しましょうか?」
「大丈夫です。中に入りましょう」
最後の一人として、お話に来てくれたクラウスさんを部屋へ促す。
私を以前のように名前で呼んでくれる時点で、彼は私を女神として崇拝していないのだろう。
「では、クラウス様に決まったんですか?」
四人全員と話し終えて出した結論を聞き、ロミルダ姫が手を合わせて明るく言った。
「決まったと言うか、もしお話を進めるならクラウスさんかなーって」
「決定じゃないですか。おめでとうございます」
「いや、だから決定ではなく。仮定の話です」
どうしても結婚しなくちゃいけない状況になったらクラウスさんがいいかな、って話だ。
何度も言うけど私は十七歳だし、決して元の世界に帰ることを諦めたわけではないので、やっぱりまだまだ結婚なんてしたくない。
帰れなかった時のことを考え、四人の中から一人選ぶなら、城に来る前から知っていて決して女神信者ではないクラウスさんが一番だった。
ヨハン・ヴェルマー様は信者だし、ラルフ・ラングハイム侯爵は年が離れすぎ。容姿にときめいてしまったアレクシス・シェルマン様には、なんと既に婚約者がいた。
これを知ったのはクラウスさんとのお話が済んだ後だ。
さあ、どうしようかと宛がわれた客間の窓から外を眺めていると見覚えのある金髪の美男子を見つけた。
ブランク領に居を構える彼が、城まで来ているってことは私に会いに来たんだろう。
今日も美形だなーと彼の横顔を観察してにやにやしていたら、頭の中に映像が流れ始めた。
私とそう年の変わらない美しい少女が「あの泥棒猫!絶対に許さないわ!」とブチ切れている様子だ。物凄い剣幕に、本能的に殺されると思った。
久々の予知だか透視だかの能力が発動したのである。アレクシス・シェルマン様を見て浮かんだという事は、彼に縁のある方だろう。
そして泥棒猫という単語。まさかと思って調べて見れば、彼は私と結婚するために婚約破棄をしたそうだ。つまり私が能力で見た女性は、彼の元婚約者というわけで。
やっぱりそういうことなの、とげんなりした私は、彼を候補から外してもらった。
既に婚約者がいるならその人を優先してあげてほしい。私も要らぬ恨みを買いたくない。
クラウスさんを選んだのはそういった理由もあった。婚約者がいたなら最初から外しておけよと言う感じだが。
というお見合い結果を王様にも報告し、私はクラウスさんと婚約することになった。
王様としてはすぐにでも結婚させたかったみたいだが、無理なので「元の世界に帰りたいから」という理由は秘めておき「とりあえずお互いをよく知る時間が欲しいです」と言っておいたら婚約という形で許してくれた。まあ、その理由も嘘ではないし。
ここまでの話を聞いたロミルダ姫は「あとはお互いを知るのみですか」とキラキラした目で言った。私よりもやる気満々である。
「お相手のことを知るには会ってお話をするのが一番ですよ」
「でもここからイェッセル領のお屋敷って結構距離がありますよね。私は自由に外へ出られないから、会うならクラウスさんにここまで来てもらうことになりますし、それは申し訳ないと言うか……」
「でしたらお手紙はどうでしょう。文通です」
「文通ですか」
なんて古風。クラウスさんラインやってないの?
面倒だったが、この世界には電話もメールも何もないんだから仕方がないか。
しかし忘れちゃいけないのが、私は殆ど読み書きが出来ないということだ。一応練習はしたものの難しくて半分も身についていない。
そのため手紙は字の書ける人に代筆してもらうことにした。クラウスさんから届いた分も代わりに読んでもらうのだ。
プライバシーの欠片もないが、婚約者とは言え恋人同士ではない私達に何も疾しいことはないし、とこの時点ではナイスアイデアぐらいにしか思わなかった。
いざ文通を始めると代筆の人を前にして焦った。書くことが何もないのだ。
これはお互いを知るための文通なので自分のことを書けばよいのだが、私は異世界人。私が当たり前のように知っていることも向こうは知らないのだ。それを説明するにも全てを文章で伝えるには限界がある。
そうなると書ける事は限られてきて、主な話題はお城での生活や周りの人々とのお話などになるのだが、ロミルダ姫や王様のプライベートをつらつらと書き連ねるわけにはいかない。
散々悩んで、結局書けたのは挨拶と最近の天気とご飯が美味しいという話だけである。
これが文通開始一発目の手紙だ。四行くらいで終わった。酷い、酷過ぎる。
代筆の人も「マジかこいつ」という顔をしていた。内容がクソなのは自分でも理解しているので許してほしい。
それに対するクラウスさんのお返事は丁寧なものだった。
お元気そうで何よりです、という挨拶から始まり、自分との婚約に関してのお礼、カレンベルク家の近況、以前私があのお屋敷で過ごしていた頃の思い出話、何か困っていることはないか、とこちらでの生活の様子を尋ね、最後は体調には気をつけてと私を気遣う文で締めくくられていた。
自分が恥ずかしくてたまらなかった。どうしてあんな適当な手紙を送ってしまったのだろう。
ベッドで枕に顔を埋めて足をバタバタさせた後、貰った手紙の返事に取り掛かった。
書く内容が思い付かないなら、出てくるまで待つのだ。暇を潰すテレビも雑誌も何もない分、時間はあるのだから。
そうやって文通を続けていると段々代筆という形で間に人を入るのが恥ずかしくなってきた。内容が個人的なものになればなるほど、他の人の目に触れたくないと感じるようになったのかもしれない。
そこで自分一人で返事が書けるように、今まで以上に真剣に読み書きの練習を始めた。目標を持った人間の学習能力はすごい。
ロミルダ姫にも手伝ってもらい、高校受験よりも真面目に取り組んで何とか形になった字で初めて一人の力で手紙を書きあげてクラウスさんに送った。
わくわくしながら待っていたお返事には「字が乱れていますがどうしました?体調でも悪いんですか?」と書かれていた。泣いた。
◆◆◆◆◆◆
「女神様、最近元気がないようですが大丈夫ですか?」
「大丈夫です……」
「大丈夫とは思えない声色ですが……」
「いつもこんな感じです……」
「そうでしたか……」
分かりやすい嘘をつく私にロミルダ姫はそれ以上何も言わず、眉を下げていた。
心配かけてごめんなさい。文通は難しいな、と思っていただけなんです。
あれからまだ返事を書けていなかった。もっと綺麗な字が書けるようになるまで練習しよう、と思っていたら随分間が空いてしまったのだ。
どうしよう、あんまり待たせるのもアレだし、今回はまた代筆してもらおうかな。いや、でも……。
一人の世界に籠って悩んでいたら、ロミルダ姫に「女神様」と肩を叩かれた。
はっとして顔を上げると部屋の外で待機していたはずの侍女が数人、こちらを覗き込んでいた。え?何?
「あの、クラウス様がいらしているそうですよ」
「え、なんで?」
「さあ……?何か仰って?」
ロミルダ姫が侍女達に聞くが、彼女らは「いえ、何も」と一様に首を振った。確かなのは、私に会いに来たという事だけだと言う。
会いに……って、なんで?何しに来たんだ?
訳が分からないまま「お待たせしてはいけませんよ」とロミルダ姫に促され、彼が待っているという部屋へ向かった。
「ああ、レナさん。こんにちは」
「こんにちは、ってどうされたんですか」
相変わらず強い印象を与える空色の目がこちらを捉える。
私の質問にクラウスさんは照れたように笑った。
「いえ、ずっと手紙の返事が来なかったので、てっきり体調を崩しているのかと思って来てしまいました」
「え、あ、ああ……!」
「でも私の早とちりでしたね。お元気そうで安心しました」
「はい、あの……すみません!私が返事を出さなかったせいでご心配をおかけしまして。でもその、何もありませんので」
「そうですか。良かったです」
やっべー!
勝手にショック受けて手紙出さなかったせいで心配かけてわざわざ来てもらっちゃったよ。手紙も出せないほどの重病かと思われちゃってるよ!
カーッと顔が熱くなるのを感じた。
ぐだぐだ悩まず代筆でいいから生存報告をするべきだったんだ。うわ、やばい、やばいぞ。
「あの、違うんです」
「はい?」
「手紙の返事が遅れたのは、文字の練習をしていたからなんです。私、ずっと字が書けなくて代筆して頂いてたんですけど、やっぱり二人の手紙なのに他の人に内容を晒すのは違うんじゃないかと思って少し前から練習し始めまして!でもまだまだ汚い字なのでちゃんと書けるようになるまでお返事は出せないかと……あの、えっと」
焦った私は赤い顔のままごちゃごちゃと浮かんだ言葉を纏めることなくそのまま口にした。
やばい、急にコミュ障みたいになってきた。
どうしよう、どうしよう!?
あわあわしている私の耳に「なんだ、そうだったんですか」と優しい声が届いた。
「そんな風に思っていてくれたんですね。嬉しいです」
とほっとした様子を見せた彼に、私の心も落ち着いた。
ああ、なんか私も嬉しいです。
「そうだ、……こちらでの生活はどうですか?皆がレナさんの力を頼っていると思いますが、毎日忙しくありませんか?」
「ええ、疲れることはありますけど、平気ですよ。皆さん良くしてくれますので。お気遣い感謝します」
「いえ、父も母も、うちの家の者は皆心配しているんです。王の分家の立場でこんな事を言うものではありませんが、最初からうちでのんびり暮らしてもらった方が良かったんじゃないかって」
言って、彼は目を伏せた。
クラウスさんや領主様たちは、国のためにと私の力が酷使されつつある現状に本当にこれで良かったのかと自問しているそうだ。
確かに王様に報せなければ私はあのお屋敷で今のように国中の人に力を使うこともなく、自由に静かに過ごしていたのかもしれない。
けれど、同時に救えなかった人も出てくるわけだ。今まで私が出会ってきた人達を思い出すと自然と言葉が出てきた。
「私はお城に来て良かったと思いますよ。自由に外出できないとか、監視されているみたいで色々息苦しい点もありますけど、力があるのにそれを使わないのは勿体ない事だと思いますから。お城に来なければ助けられない人も沢山いたでしょうし」
テオドール王子とかね、とは口に出さなかった。
私の発言にクラウスさんは頬を緩めた。
そのすぐ後に、部屋のドアを数回叩く音がした。
どうぞ、と声を掛ければ侍女が慌てた様子で私に「国王様がお呼びです」と言った。どうやら急病人が運ばれてきたらしい。
「お忙しい様なので私はこれで。お会いできて良かったです」
「あ、はい。こちらこそ」
照れながらへらりと笑う。
「じゃあ、また」
挨拶をしてクラウスさんと別れる。“また”か。
にやにやしながら侍女に引っ張られて廊下を進んだ。
その途中で、あることを思い出した。
あ!言い忘れた!
慌てて振り向くと小さくなったクラウスさんの背中が目に入った。
「クラウスさん!」
迷うことなく名前を呼ぶ。
この世界に来てから一番大きな声が出た気がした。
小さくなった背中の主が、立ち止まってこちらを向く。
「あの、またすぐに手紙書きますから!ちょっとだけ待っててください!!」
殆ど叫び声に近かった。
遠すぎてクラウスさんの表情は見えなかったが、手を挙げたので聞こえただろう。
その日の夜、今より少しだけ大人になったクラウスさんと私が皆に祝福される映像が流れた。
私の二つ目の能力は、透視ではなく予知だったのかもしれない。
意外と悪い気はしなかった。