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寂しさを抱いて  作者: 橘皐月
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第二章 雨雫

「高木、今日日直だよ」

「あ、うん、ありがとう」

 前の席に座っている七瀬(ななせ)いつきは無造作に私の机の上に学級日誌を置くと、「でさ~、昨日のドラマが…」と友達のところに駆け戻っていった。

 私が通う中学校は二つの別々の小学校から上がってきた人たちで構成されている。だから、生徒の半分は同じ小学校出身の人たちで、この春中学二年生になった私や隣のクラスの蒼衣に対する軽蔑は今も当然のように続いていた。それでも私たちは二人で一緒にいられるなら全然怖くなかった。ただ、中学生にもなると小学生の時とは違い、やることもより陰湿なものになって、ある時は鞄から大量に画鋲が出てきたり、またある時は教科書がビリビリに引き裂かれていたりもした。

 もちろん、皆が皆私たちにいやがらせをしているわけではなく、特に小学校が違った人たちは、普通に仲良く接してくれていた。そういう面では、クラスメイトが全員敵だった2年前より、よっぽど気楽だった。

「美桜、お昼食べよ~」

 今日もいつものように隣のクラスの蒼衣が、私の教室の扉からひょっこり顔を出したが、私が教室を出ると蒼衣の隣に見慣れない子がいることに気づいた。

「えっと…その子は?」

 私がそう訊くと、蒼衣が「あ、」と口を開きかけたが、その前に隣の子が前に進み出て、

「あたし、蒼衣ちゃんと同じクラスの西野(にしの)陽詩(ひなた)っていいます」

 と律儀に自己紹介してくれた。西野さんは茶色がかったセミロングの髪を二つに束ねていて、蒼衣を綺麗な子、と形容するなら西野さんは可愛いらしい子、という感じだった。

「ひなちゃんはクラスの中で一番仲良しの子だから美桜にも友達になってほしくて連れてきたの。これから時々お昼一緒に食べてもいいかな」

 蒼衣の友達。

 小学生の頃、友達が一人もいなくて寂しそうに笑っていた蒼衣が連れてきてくれた友達。

 それだけでもう嬉しくて、私は迷わず頷いた。

「もちろん!私は高木美桜、よろしくね」

「よろしく、美桜ちゃん」

 それから私たちは蒼衣たちの教室、2年2組でお弁当を食べた。陽詩は明るい性格で、ころころと表情を変えて笑っていた。この子なら、蒼衣も素直に自分を出せるだろうと思った。

「美桜ちゃんは、部活何やってるの?」

 私たちがお弁当を食べ終わり、昼休みもそろそろ終わりという時に陽詩がそう訊いてきた。

「蒼衣と同じ、演劇部だよ」

 そう、私たちは演劇部員なのだ。

「へえ、楽しそうだね。演劇部だったら、やっぱり役者さんとか?」

「うん、蒼衣はいつも役者さん。でも私は脚本」

 小学生の時、私は蒼衣を大人っぽい子だと思っていた。そして今、中学生の蒼衣はストレートの長い黒髪と漆黒の瞳が魅力的で綺麗な女の子になっていた。蒼衣が昔からいじめられるのは父親のことだけでなく、周りの子たちが美人な蒼衣を妬んでいたからという理由もあったに違いない。

 そういうわけで、役者の中でも蒼衣はいつも主役に選ばれている。

「蒼衣ちゃんが役者っていうのは納得だなぁ」

「そんなたいしたものでもないのよ」

「いやいや、謙遜しちゃって」

「もう、そんなことないんだって」

 私は二人のやりとりを見て、二人が仲の良い“普通”の友達であることに大きく安堵していた。

蒼衣が友達と笑っている。

そんな当たり前のことが、私にとっては特別なことのように思えた。

「美桜ちゃんは脚本なんだ、すごいな。ねえねえ、どうして脚本担当になったの?」

 陽詩は屈託のない楽しそうな表情でそう訊いた。多分彼女は、素直で好奇心旺盛な子なんだとその時思った。

「それは――」

『脚本を書いてみないか?』

 中学1年生の秋、私が昼休みに担任の細谷先生に用があって職員室に行った時、細谷先生がそう訊いてきたのだ。実は彼は演劇部の顧問で、私が部活に入っていないことを知っていたのでそんなことを聞いたのだろう。

「脚本、ですか」

「そうだ。高木は物語を書くのが好きだろう?」

「え、それは…」

 私は咄嗟に開いていたノートのページを閉じる。細谷先生の言う通り、私は物語をつくるのが好きで、授業の合間の休み時間や家に帰って何もすることがない時はいつも小説を書いていた。でもそれは単なる趣味のようなもので、書いた小説を誰かに読んでほしいとか、新人賞に応募して受賞したいとか、そんな大それたことは思っていない。だから演劇部の脚本を書くなんて、私には荷が重い。正直やりたくない。

「無理です、私が脚本なんて…」

「まあそう言わずにさ、1回だけでもいいからやってみないか?」

「でも」

 私は必死に脚本執筆を逃れるための糸口を探した。

自分の腕に自信がありません。

演劇に興味がありません。

第一小説と脚本では根本的に違うのでは…。等々、色んな言い訳を考えていたが、細谷先生にも私を誘うだけの理由があったらしく、「実は」と口を開いた。

「山里が、高木なら脚本を書けるって言っていたんだ」

「え?」

 細谷先生の口から蒼衣の名前が出てきたので私は驚いたが、よくよく考えれば蒼衣は演劇部で一年生にして時々主役を任されるような腕利きの役者だと、演劇部の友達が言っていたのを思い出した。

「高木は、山里と仲が良いらしいな」

「ええ、まあ…」

「山里が言ってたぞ。『美桜は人の気持ちがすごくよく分かる子なんです。私も何度も美桜に助けてもらいました。友達のために、一緒になって泣いてくれる子です。だから演劇でそういう人の気持ちの揺れ動きを、あの子なら上手く書けると思うんです。』ってな」

「蒼衣が、そんなことを…」

「ああ。お前たちは本当によくお互いのことを知っているんだな。山里は主役をやることも多いし、高木が脚本を書いてくれたらもっといい演技ができると思うんだ。だから山里のためにもやってみないか、脚本」

 私が書けば、蒼衣の演技が引き立つという先生の主張も嬉しかったが、それ以上に蒼衣が私のことをそんなふうに思っていてくれたことが、心底嬉しくて私は思わず頷いていた。

「…分かりました。私演劇部に入って脚本を書きます」

こうして私は蒼衣と同じ演劇部員になったのだった。私が脚本を書くことになったきっかけを話している間、陽詩は「へぇ」とか「うんうん」とか相槌を打ちながら楽しそうに聞いていた。一方蒼衣は、「そんなこともあったね」と半年前のことを懐かしんでいるようだった。

「今は、秋の文化祭に向けて新しい脚本を書いてるんだ」

「そっかぁ、楽しみだな。文化祭でも蒼衣ちゃんが主役?」

「そうそう。実は私の脚本で蒼衣が主役を演じるのは今年の文化祭が初めてなんだ」

「美桜が書いた話、すっごく楽しみなの」

 蒼衣は頬を染めてふふっと笑った。私も、大好きな親友に期待されていると思うときちんと仕事をしなくちゃ、という緊張感と同時に自分の脚本で蒼衣が演じるという嬉しさで胸がいっぱいになった。

「私、頑張って蒼衣が気持ちよく演じられるような脚本を書くよ」

 その日の夜、私は机に向かってどんな話にするか考えていた。

 私の話で蒼衣が主役……。

 私の記憶の中で、2年前の蒼衣は寂しそうに笑っていたのに、時が経つにつれてだんだん心からの笑顔を向けてくれるようになっていった。

 私には、徐々に自分に心を開いてくれるようになった蒼衣が、強くて優しい蒼衣が自慢の友達だ。そんな蒼衣が上手く演じられるような話は……。

「そうだ!」

 私たちの出会いの話を書こう。

 私が蒼衣と出会って、辛いことや嬉しいことを二人で分け合ってきたことを。

 話の内容を決めると、早速私はペンを握って原稿用紙を埋めてゆくのだった。


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