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寂しさを抱いて  作者: 橘皐月
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第四章 寂寞

最近、以前より日が経つのが早いような気がする。

 進路調査やら紫野君のことやらで頭がいっぱいになっていた私は今週末に矢野とデートする約束をしていたことをすっかり忘れていた。そのせいで本来ならゆったりとした気分で目を覚ますはずの日曜日の朝、鏡の前で部屋にあるだけのお出かけ用の服をあれでもないこれでもないと合せながら、私は待ち合わせに遅れるのではないかとかなり焦っていた。

「もう、これでいいや!」

 結局一番のお気に入りである花柄ワンピースを着て家を飛び出した。うん、花柄ワンピと言えばデートの王道服よ!

 私は自分なりに満足して急いで雲雀駅から待ち合わせの浜辺駅に向かった。

「つ、着いた」

 時計を見ると午前10時25分。待ち合わせは10時半なので、我ながらグッドタイミングだと思う。しかし、そう思った矢先、

「おはよう、高木」

 と後ろから声をかけられた。

「矢野?もう来てたたんだ…」

「ああ。高木のことだから、5分前には来ると思って。高木を待たせるのは悪いからな」

「あ、ありがとう」

 ははは…。彼の計算は見事に当たり、抜かりのない行動をとってくれたというわけだ。うん、我が彼氏ながらジェントルマンだ。

「んじゃ、行こっか」

 彼はそう言って私の手を引いて歩き出した。と言ってもすぐに電車に乗ったので途中で手を放してしまったが。そのちょっとの間だけでも、矢野と手を繋ぐのが初めてだった私は、緊張で手汗かきまくりだったのですぐ手を放す状況になってほっとした。

「そういえば矢野、どこに連れてってくれるの」

「ん、それは着いてからのお楽しみ」

「えー、気になるなぁ」

 矢野は私が何を言ってもちっとも教えてくれなかったので、私も諦めて大人しく電車に揺られてることにした。日曜日の午前中の電車は思ったより人が多く、初めこそ椅子に座っていた私たちも、途中でお年寄りの方に席をゆずってからは入口近くに立って乗っていた。

「次はー菜畑、菜畑。お降りの方は…」

 電車に揺られること四〇分、車内アナウンスで『菜畑』と流れたとき、矢野が「次降りるぞ」と言った。

「う、うん」

 菜畑駅は浜辺駅から10駅離れたところにあった。雲雀駅や浜辺駅と比べると駅を利用する人が多く、私は矢野とはぐれないよう矢野にピッタリくっついて構内を歩いた。初めて来た駅なので、私はもう矢野に手を引かれるがままの状態だったけれど。

「やっと外だな!」

 菜畑駅を出て前方を見ると私は思わず「あ…」と息を漏らした。

 大きな駅だったから、きっと外は道行く人々でいっぱいの街中だと思っていたのに。

 そこには大きなビルもマンションもなく、だだっ広い公園があった。公園と言っても、浜辺第一公園みたいな、ブランコや滑り台のあるどこにでもありそうな公園ではない。この辺り一帯をすべて使って花畑や遊具、散歩コースなどあらゆる娯楽を楽しめる施設が備え付けられているような大型の公園だ。

「す、すごい…」

「だろ?」

 矢野は得意げに私の方を見て笑った。矢野は本当にすごい。私の好みを知り尽くしている。

 駅を出てすぐのところが、公園の入り口になっていた。『菜畑公園』といかにもな名前が入口に書いてある。

「この間友達にいいデートスポットがないか聞いたんだ。そしたらそいつがここを教えてくれて。実は俺も初めてなんだ」

「そうだったんだ」

 初めてなのに、堂々と迷いもせずに人の多い駅で私を引っ張ってくれた彼はやはりジェントルマンだ。

「公園の中に噴水があるみたいでさ、そこが一番人気らしいんだ」

「へぇ、行きたい!」

「おう、行こう」

 私たちは入口でもらった地図を見て『噴水広場』に行こうとしたが、そこで私のお腹がぐぅ、と小さく鳴った。

 私は恥ずかしくてこれ以上お腹が鳴らないように願ったが、そんな私の願いも空しく再びお腹は音を立てた。

「ははっ。高木、お腹すいたか」

「うぅ…そういえば今日朝ごはん食べてなかったんだ…」

 そうだ、今朝は普段ほとんど着ない洋服選びに時間をとられたせいで、まともに朝食を食べられなかった。

「なんだ。それなは早く言ってくれれば良かったのに。公園の中にこの前言ったカフェがあるこらそこに行こう」

「ありがと、矢野」

 矢野の紳士っぷりに私は自分の情けなさを痛感し、少しへこんだ。でもその後矢野が連れて行ってくれたカフェで食べたクリームパスタはかなりの絶品で、そんな些細なことも気にならなくなっていた。

 園内のカフェで一時間程くつろいだ私たちは矢野の「そろそろ行こうか」という言葉と共に席を立った。

『噴水広場』に着くまでに様々な花畑や、花で作った巨大なアートなどを見つけて二人で一緒に写真を撮った。初めてのツーショットだ。それから途中でアスレチック遊具があったので、私たちは

「行く?」

「もちろん」

 と童心に返って年甲斐もなく遊具で遊んだ。時折送られてくる小学生ぐらいの子供たちの視線がちょっと痛かったけれど。まぁ自分たちが楽しいのだから気にしない!

 一通り菜畑公園の施設を楽しんで、『噴水広場』に着くころにはもう夕方になっていた。

「噴水着いたね!」

「ふぅ、やっとだな」

 噴水は丸い形の広場の真ん中で心地よく水を噴き出していた。広場にはいくつも長椅子が置いてあって、家族連れやカップルたちがそこに座ってくつろいでいた。どうやらここは休憩にはもってこいの場所のようだ。

 私たちも散々歩いて疲れていたので迷わず椅子に座る。

「久々に遊んだ~って感じだね」

「そうだな。こういう大きな公園って何年ぶりだろ」

「それ、私も考えた。ちっちゃい頃は家族で来てたんだけどなぁ。さっき遊んだみたいな遊具もさ、昔はもっと大きくてなんだか冒険してるみたいな気分になるものだったのよね」

「確かにそうだな。知らないうちに俺たちも大人になったんだな」

「ちょっと切ないね」

 子供の頃、自分の目に映るもの全てがとても壮大で、新鮮で、きらきら光っていて。

語りかけてくる大人たちはいつも私を「かわいい、かわいい」と誉めてくれて。

そんなふうに大きくて煌びやかで優しい人に囲まれた世界の中心に自分がいると思っていた。

でも、そんなのは無邪気な子供の幻想だって気づく。

私の世界には私しかいなくて、子供には分からない大人の世界がある。私は世界の中心にいなくて、多分ずっと向こうの、神様にさえ気づいてもらえないほどのちっぽけな場所にいる。

「ねえ矢野」

「ん?」

「私がもっと大人になって、いろんなものを落っことしていったとしても…矢野だけは落っことさないよ」

 きっと矢野は、私が何を言いたいのか分かっていなかっただろう。私自身、自分がどうしてこんなことを言ったのか分からない。けれど矢野は、全部分かっているかのようにしっかりと頷いて言った。

「うん、俺もお前を落っことさない」

 私たちはお互いに顔を見合わせてふふっと笑った。

 私は世界の中心にはいないけれど、私の世界の中心にはきみがいる。

 きみの世界の中心にも、私がいてくれたらいい。

「高木、もうすぐ始まるぞ」

 『噴水広場』で矢野と話し続けてからしばらく経った頃、矢野が自分の腕時計を見ながら唐突にそう言った。時刻は午後六時前で、辺りが薄暗くなり始めた時だった。

「始まるって何が?」

「それは今からのお楽しみだな。お、ほら、噴水見て」

 私は訳も分からず矢野に言われるがまま噴水をじっと見た。すると、時計の針が丁度六時を指した時、噴水がピカッと光り音楽が流れだした。どうやら噴水の周りにカラフルなライトが置いてあるらしい。そのライトが、噴水を照らす。音楽に乗って水が赤、青、黄、緑に変わりながらピュッピュッと吹き出す。

 長椅子に座っていた人たちが楽しそうに噴水のショーを見ている。私もサプライズを受けた気分になって、色とりどりに踊る水に見入ってしまう。矢野は噴水ショーの存在を知っていたらしく楽しそうにしている私を見てにこにこと笑っていた。

 ショーは五分ぐらいで終わってしまったけれど、ショーが終わったあと観客の私たちは幸せな気分に包まれていた。

「すごいね!私、こんなにキレイな噴水初めて見た」

「だろう?友達に教えてもらってさ。今日はこれを高木に見せたかったんだ」

「そうだったんだ」

 菜畑公園も、噴水のショーもきらきらしたものでいっぱいで、私は今幸せな気持ちでいっぱいだ。でも何よりも私は、私を楽しませたいと思って今日のデートを計画してくれた彼の気持ちがとても嬉しかった。

「ありがとう、矢野」

 今の私にはこんなありふれた言葉しか出てこない。それでも彼には私の気持ちが伝わったらしく、彼は私の頭をわしゃわしゃ撫でて笑った。

「楽しんでくれて良かった」

 菜畑駅で電車に乗り、浜辺駅で矢野と別れた。彼と別れて家に帰ってからも今日という日が名残り惜しくてたまらなかった。でも同時に、今日1日で彼との心の距離が一気に縮まったことを思うと、何だか不思議と早く明日にならないかなとさえ思えた。


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