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寂しさを抱いて  作者: 橘皐月
17/24

第四章 寂寞

「矢野は、進路調査票出した?」

 翌日の放課後、私は隣を歩いている矢野に訊いた。

 昨日の夜から今日の授業中もずっと進路のことを考えていたが、いくら考えたって拉致はあかなかった。こういう時は、他人の意見を聞くに限ると考えた私はまずは一番近い存在である彼に尋ねることにした。

「ああ、一応大学進学で出しといた。て言っても、まだ未定だけどな」

「そうなんだ…ちなみにそれってどこの大学?」

 矢野が口に出したのは、隣の県の有名国立大学だった。

「へぇ、矢野は目標高いなあ」

「そんなことないよ。成績だってまだ全然追いついてないし。高木は?進路決めたのか?」

「私、そういうの全然分かんなくて…。ずっと考えてたんだけど決められなくて、矢野の意見を参考にしようと思ってたの」

「そうか。高木は成績いいんだし、俺の志望校よりもっと上を行ける気がするんだけどな」

「そうかなあ…。うーん、でもなんか普通に公立とか私立とかの大学に進学しても、自分が何をしたいのか決められない気がするの」

 私は溜め息混じりにそう言った。

 すると矢野はそんな私にどんな言葉をかけるべきか迷ったのか、しばらく沈黙していたが、やがて

「ぷっ」

 と吹き出して笑った。

「な、なんで笑うの?」

 まさかこんな真剣な場面でそんな反応が返ってくると思っていなかった私は、お腹を押さえて笑いをこらえている彼を見て、ちょっとむっとした。

「人がせっかく真剣に話してるのに…!」

「悪い悪い。いや、高木があまりに深刻そうな顔してたから」

「何よ、深刻な顔してたのがそんなにおかしいの?」

「いや違うって。そこがおかしかったんじゃなくて、うーん、そうだな…とりあえず高木は真剣に悩みすぎなんだって」

「悩みすぎ…?」

 だって進路のことよ?

 ここで真剣にならなければどこで真剣になればいいのよ!

 そんな私の気持ちもお構いなしに、矢野は唐突にこう言った。

「高木はさ、小さいとき何になりたかった?」

「え、小さいとき…?」

「そうそう。幼稚園とか、そのぐらいの」

「うーん、そうねぇ…花屋さんとか言ってた気がする」

「ははっ、高木らしいな。じゃあ小学生の頃は?」

「小学生の頃は、学校の先生。あとキャビンアテンダント!それから総理大臣!」

「…総理大臣は難しいと思うぞ。ちなみに俺はサッカー選手になりたかったり、パイロットになりたかったりしたかな」

「…で、何が言いたいの?」

 矢野は何でそんなことを聞くのだろう。さっきからずっと昔思い描いてた夢を語る会になってる気がするんだけど…。

「つまりさ、夢っていっぱいあってどんどん変わっていくものだろう?」

「う、うん」

 言われてみれば確かに、今でこそ将来の夢が見つからないが、私だって昔はいろんな夢を見ていた。

「今の夢が1年後、2年後も続くとは限らない。行きたい大学だって、今行きたいところが1年後も行きたいところなのかは分からない。でも先生たちだってそんなこととっくに知ってて、その上であえてこんな進路希望調査なんてしてるんだろう?ってことは、進路希望なんて、今率直に行きたいと思う大学を書けばいいんだ。たとえそれが1日だけの夢でも、3年越しの夢でもいいんじゃないか?」

「あ……」

 カチリ、と。

 何かが動いた気がした。

 私は何をそんなに悩んでいたんだろう。

 進路希望調査票なんて、単なる一枚の紙切れにどれだけプレッシャーを感じていたのだろう。

 矢野が言うように、私は深刻に捉えすぎていたのだ。

 昔、「大きくなったら何になりたい?」と言われて「お花屋さん!」と勢い良く答えたみたいに、今度も自分の夢をただシンプルに書けばいいんだ。それがまだぼんやりとした目標でも、明日変わってしまう夢でも。

「そっか…そうだよね」

 今はただ、自分の思うことを書けるだけ書こう。だって私はまだ、何にだってなれる。お花屋さんにだって、学校の先生にだって、キャビンアテンダントにだって、総理大臣にだってなれるんだ。

「私、ちょっとだけ分かった気がするよ」

「それなら良かった。あんまり思い詰めんなよ」

「うん、ありがとね、矢野」

 私がお礼を言うと、矢野も笑って「おう」と応えてくれた。

「それじゃあ、また明日ね」

「またな」

 歩きながら進路のことを話しているといつの間にか浜辺駅に到着してしまっていたので名残惜しいけれど、改札前で矢野と別れる。今日は矢野からいい話をいっぱい聞いたことだし、家に帰ったらネットで大学を調べよっと。


 結局、進路希望調査票には県内で一番レベルの高い大学名を記入した。ちょっと背伸びしすぎた感はあったが、まだまだこれからだもんね。

 一応親にも行きたい大学を告げると、県内ということもあって素直に応援してくれた。

 翌日担任の坂井先生にプリントを渡すと、先生はにこにことしながらそのプリントを眺めていた。どうやら私の選択は周囲のお気に召したようだ。

「皆さん、進路調査票の提出は明後日までなので忘れないようにね」

 朝のホームルームで今日持ってきた人の分のプリントを回収し終えた坂井先生は、最後にお決まりの注意をして教室から出ていった。

「なぁ高木、お前はどこの大学行くの?」

 1限目の数学が始まる五分前、私が授業の予習を確認していると隣の紫野君が話しかけてきた。

「うーんと、○○大学だよ。ほら、県内の…」

「え、まじ?あそこ受けるんだー。んじゃ、俺もそこにしよ!」

 彼があまりにもさらっと志望校を決めてしまったので、私は驚いて彼に言った。

「ちょっと、そんな適当でいいの?自分が行きたいところを書かなきゃ」

「いいんだって。それに、高木が行くところがいいし」

「え、それってどういう――」

 彼が意味深なことを言ったので私はどういうことか聞こうとしたが、ちょうど始業のチャイムが鳴ってしまったので聞くのをやめた。

 それから数学の先生がやってきて、私たちはいつも通りの授業を受けるのだった。

「なあ高木、さっきの授業のこの問題教えて」

 授業が終わると紫野君が再び声をかけてきた。彼が“この問題”と言って指差したのは、先程先生が説明した教科書の応用問題だった。

「さっき説明してたじゃない」

「いや~、先生の説明速すぎて理解できなかったんだ」

「しょうがないな…」

 私は紫野君の言い分もちょっと分かったので渋々彼に説明した。説明していて分かったのだが、人に教えるのって自分もそれなりに理解しておかないといけないから、なかなか勉強になる。

 にしても紫野君が人に解説を求めるほど勉強熱心だったとは知らなかった。

「高木、さんきゅ。よく分かったぜ」

「いえいえ。説明下手でごめんね」

「そんなことないよ。すっごい分かりやすかった」

 そう言って彼は二カッと歯を見せて笑った。

 その後も四限目まで退屈な授業を受けて昼休みになった。昼休みになると左隣の紫野君は威勢よく教室を飛び出していった。高校生にもなってすごい元気だな、と私はババくさいことを考えてしまう。

「ねぇ高ちゃん」

 私がお弁当を広げていると、右隣の彼方が私の名前を呼んだ。そういえば彼方から名前を呼ばれるのが久しぶりな気がして私はちょっと嬉しくなった。

「彼方、どうしたの?」

 私はお弁当を持ってくるりと体を右に向け、彼方に聞いた。

「あのさ…単刀直入に言うけど、紫野君って高ちゃんのこと好きなんじゃない?」

「え?」

 彼方の爆弾発言に、私は口に運びかけていたタコさんウインナーをポロッと落してしまった。

「な、な、なんで⁉」

 私の素っ頓狂な声に、彼方は呆れたように「はあ」と溜息をつく。

「なんでってねぇあんた…見てたら分かるよ。彼、高ちゃんの隣になってからやけに楽しそうだし、授業も前より熱心に聞いてるし」

「そ、そうなの?」

「そうよ。全く…高ちゃんってば鈍過ぎ」

「ごめんなさい…」

 まぁ言われてみれば確かに、今日も私と同じ大学に行きたいだの、分からない問題を教えてだの、やけに私に絡んでくるなとは思っていた。

 でもまさか彼が私に好意を持ってるだなんて、思いもよらなかった。

「それで…私、どうしたらいいの?」

「どうするもこうするもないよ。高ちゃんはいつも通りでいいと思うよ。それより…」

「それより?」

「このこと、矢野君にバレないようにした方がいいよ」

「あ…」

 そうだ、つい先日矢野が意外にもかなり嫉妬する人だということを知ったのだ。

 私は慌てて教室の後方を見たが、そこに彼はおらずほっと胸を撫で下ろした。

「バカねぇ、あたしがそんなヘマするわけないでしょ。さっき矢野が先生に呼ばれて教室から出て行ったの、ちゃんと見てたんだから」

「さ、さすが彼方」

 彼女の周到さに、私はもう感服するしかなかった。

「とにかく、高ちゃんは紫野君の好意に気づかないふりするんだよ」

「うん…そうする」


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