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寂しさを抱いて  作者: 橘皐月
12/24

第三章 心恋

矢野と彼方、そして私がメールでやりとりをするようになってから1週間が経った昼休み、矢野が教室にいないタイミングを見計らって私のもとにやって来た彼方が、妙に浮かれた様子だったので、どうかしたのかと私は尋ねた。

 すると彼方は待ってましたと言わんばかりにエヘンと胸を張って言った。

「昨日矢野君とメールして、なんと」

「なんと?」

「今度の週末にデートすることになりました!」

「え、それ本当?」

 まさか彼方と矢野がそこまで上手くいっているとは思っていなかった私は素直に驚く。

「うん!あたしがダメ元で矢野君を誘ったんだけど、予想外に『いいよ』って返事が来たから、今度二人でデートしてきます!」

「よ、よかったじゃん彼方」

「ありがとう高ちゃんっ。それもこれも全部高ちゃんのおかげだよ!」

「私はそんな、大したことしてないよ」

「ううん、あたし本当に高ちゃんには感謝してるんだ。ありがとうね」

「う、うん…それなら良かった」

 もうすぐ午後の授業が始まるので、彼方はそれだけ言うとじゃあ、と言って自分の席に戻っていった。

 彼方と矢野がデート。

 二人の関係が上手くいくように応援していた私にとってはこの上なく嬉しいことのはずなのに……なぜか今の私は心から嬉しいと思っていない。

 まあ所詮他人事だからかな、とも思ったがそれだけではない気もする。

 嬉しいとか嬉しくないとかいう気持ち以前に、彼方と矢野のデートを…面白くないと思っている自分がいた。

「いや、そんな、まさかね」

 そんなことあっていいはずがない。

 もしこの気持ちが本当ならば、それは彼方に対する裏切りだ。

 そうだ、私に限ってそんなことあるはずがないよ。

「高木、どうしたんだ?」

「…え、あ、矢野…」

 あんまり必死に考え込んでいた私は、矢野が教室に戻ってきたことさえ気づかなかった。

「顔色悪いけど…熱でもあるんじゃね?」

 矢野はそう言って私の額に触れようとする。

「ひゃ、だ、大丈夫、だから」

 寸前で立ち上がって矢野から退いた私は無理に笑顔をつくってその場を取り繕う。

「そうか。それならいいんだが」

「う、うん…気にしないで」

 それから私たちは大人しく席について授業を受けたが、その間私はずっと昼休みの出来事について考えていた。

 私は、もしかしたら矢野のことが…。

 いや…だめ。そんなの許されない。

 私は心の中で芽生えた感情を否定するように、頭をブンブンと横に振った。丁度私たちの方を向いていた先生が急に頭を振った私を見て「どうした高木?」と聞いてきたので、私はとても恥ずかしかった。

 放課後、私の班は掃除当番だったが、彼方は用事があるというので先に帰ってしまった。

席は隣だけど矢野は違う班なのでちょっとして教室から出ていくのを見た。気のせいかもしれないが、彼が教室から出る際、私は彼と目が合ったような気がした。

「掃除当番まじだり~」

「そんなこと言わないでとっとと片付けちゃおうよ」

「へいへ~い」

「ほら、高木さんも」

「う、うん…」

 今日は昼休み彼方と話してから、ずっと自分がどこか上の空な気がする。だめだめ、せめてやるべきことはちゃんとやらねば。

 気を取り直して、私はせっせと箒で床を掃き、机を運ぶ。

 こうして放課後残って教室の掃除をしていると、小学生の頃を思い出す。あの時は一人だったので、私が掃除を終えるころにはすっかり日が暮れていた。でも、掃除が終わって帰ろうとしたとき、花壇の花をじっと見つめながら私を待つ蒼衣がいた。

 こんなに長い間、文句も言わず私を待っていてくれた。

 あの時私がどれほど嬉しかったか、蒼衣は知らないでしょうね。

「蒼衣…元気にしてるかな」

「え、なに高木さん。何が青いの?」

 少し離れたところで机を運んでいた友達が訊いてきたが、私は「ううん、なんでもない」と言って誤魔化した。

「よっしゃー終わり!」

「うん、お疲れ~」

「お疲れ」

 やはり数人で掃除すると早く終わる。

 一通り仕事を終えた私たちはお互いに別れを告げて帰路につく。同じ班とはいえ、一緒に帰るほどの仲でもないので、私も一人歩き出した。

 いつもは彼方と一緒に帰っているので、一人で帰るのはちょっと寂しい。

 中2までは常に隣に蒼衣がいたので、一人きりになることはほとんどなかった。

「蒼衣…」

 蒼衣がいない日常が当たり前になって二年近く経つのに、私はいつまでも蒼衣の面影をどこかに探している。呼んだって現れるはずもないのに、自然と口から彼女の名前が漏れる……。

「…美桜ちゃん?」

 蒼衣のことを考えながら歩いていると、不意に前方から声がして私は立ち止まった。声の主は私の五メートル先で手を振っていた。

 二つに束ねた茶色いセミロング。

 「美桜ちゃん」と呼ぶ明るい声。

 彼女が――西野陽詩が私の元まで歩いてきた。

「美桜ちゃん、久しぶり!」

 陽詩は中学卒業前から変わらない明るいテンションで私に声をかける。

 私はそんな陽詩を見た途端、なぜか分からないけれど涙がブワっと溢れ出てきて、慌てて袖で拭った。

「ど、どうしたの美桜ちゃん⁉」

 陽詩は突然泣き出した私を見てうろたえる。無理もない、久しぶりに偶然再会した友人が何の脈絡もなく泣き出したら、誰だって戸惑うだろう。

「な…なんでもないの。ごめ、ごめん陽詩…」

「何でもないって、そんな嘘ついても…」

「本当っ…大丈夫だから」

「嘘だよ」

 陽詩がビシッと言い放った言葉に、私はびくっとして肩を揺らす。

「美桜ちゃん、泣いてるじゃない。それなのに大丈夫だなんて言わないで。あたしが話聞くから、ね?」

 陽詩は諭すように、それでいて母親のような優しい声でそう言った。

 そんな優しい彼女の言葉に、私はたまらなくなって「うん…」と頷いた。

 それから私たちは浜辺第一公園に入る。私はいつの間にか駅の側まで歩いてきていたようだ。

 私と陽詩は公園で座る椅子を探したが、椅子には先客がいたので、公園のできるだけ端に立って話すことにした。

「そういえば陽詩はなんでこの近くにいたの?」

 確か陽詩の通う私立三笠高校は、浜辺駅よりもっと向こうの駅近くのはずだ。

「ああ、あたしこの辺の塾に通ってるから」

「へえ、そうなんだ」

 陽詩が塾に通っていることを知らなかった私はちょっと驚いた。

「それなら、時々こんなふうに会えるかもしれないね」

「うん、実はその可能性に賭けてこの辺の塾に決めました!」

「え、それってつまり…私に会うために?」

「だからそう言ってんじゃん!」

 陽詩が、驚く私を見ておかしそうにふふふと笑う。

 嬉しい。

 陽詩も、私のことを忘れずにいてくれたことがとても嬉しい。

「美桜ちゃん、蒼衣ちゃんがいなくて寂しいかもしれないけど…あたしもいるから」

 あたしもいる。

 その言葉が、私の心の中に深く深く浸透する。

 私は今まで、誰かを想うことが自分よがりなものだと思っていたのかもしれない。自分が思っているより、他人は自分のことを気にしてなんかいない。でも同時に、自分が思ってるより、自分を気にしてくれる人だって絶対いるんだ。

「それで、美桜ちゃんはどうして泣いてたんだっけ」

 陽詩の好意に感動していた私は本来の目的を忘れてしまっていたので、「あ、そういえば…」と思い出しながら話を切り出した。

 私が友達の雪野彼方の恋に協力して相手のアドレスを彼方に渡したこと。

 相手の男子が私にもメールしてくるようになったこと。

 メールだけでなく、直接話しかけてくれるようになったこと。

 そして、彼方と彼が順調なのを心の底から喜べないこと…。

「そうやって悩んでた時に、蒼衣のこと思い出してたら余計に悲しくなって…。そうしたら今度は陽詩に会って…なんか、訳も分からず泣けてきちゃった…」

「そう、そんなことがあったんだ。もっと早く会っておけばよかったね…。ごめんね、美桜ちゃん」

 陽詩は何も悪いことをしていないのに、俯いて震える私の肩を抱き謝罪のことばを述べる。私は震えながら、必死に首を横に振った。

「陽詩が謝ることないじゃない。それより私、どうしたらいいんだろう…。やっぱり彼方のこと応援するしかないよね。ていうか、うん、応援すれば何もかもうまくいくわけだし…」

 私は自分の中にもうあるであろう気持ちを必死に押し隠してそう言った。

 けれど、そんな強がりが陽詩に通用することもなく、また陽詩が許してくれることもなかった。

「そんなのダメだよ、美桜ちゃん。美桜ちゃんはその彼のことが好きなんでしょ。好きなのに友達を応援するの?美桜ちゃんは本当にそれでいいの?」

 私が一番認めたくなかった気持ちをあっさりと言い当てた陽詩は、いつか蒼衣と喧嘩した私を説得した時みたいに私の気持ちを確かめようとする。

「違う、好きじゃない…好きじゃないっ」

「美桜ちゃん、そんなこと言っても自分の気持ちは誤魔化せないよ」

「違うの、違う」

 陽詩に肩を抱かれながら、私は激しく首を振った。

 認めたくない。

 この気持ちだけは絶対に認めたくないっ。

「美桜ちゃん…」

 私があまりにも頑なに認めないので、陽詩もそれ以上は強く言ってこなかった。

「ごめん、陽詩…。せっかく話聞いてくれたのに…」

「ううん…あたしの方こそ、無理に自分の意見押し付けようとしてごめんね。好きかどうかはともかく、美桜ちゃんが納得するようにしてほしい」

 優しい陽詩は私の気持ちを尊重して、私の背中を押してくれる。

 私だけが、駄々をこねる子供みたいだ。私は最低だ…。

「それじゃあ、また何かあったら遠慮なく連絡して。どんな話でも聞くから」

「陽詩、ありがとう…ごめんね」

 陽詩はそれだけ言うと通っている塾の方に歩いて行った。

「はぁ…」

 私は自分が情けなくて、大きく溜息をついてから浜辺第一公園を後にした。公園から一歩踏み出した後も、背後から公園で遊ぶ元気な子供たちの声が聞こえてくる。

 ふと空を仰ぐと、黄昏時の朱色の空が、雲一つない空が広がっていた。

 重たい気持ちを抱えた私とは正反対の天。

 そうだ、私が何をしてもしなくても、どんな悩みを抱えていようと、世界は変わらず回り続けている。もっと言うと、私が今日死んだってこの世界は何も変わらないだろう。私という存在は、ほんのちっぽけなものなんだから。

 やがて私は深く考えることにも疲れて、無心に歩いて電車に乗り帰宅した。そのままベッドに突っ伏して寝ようと思ったけれど、母に晩ご飯に呼ばれたのでやめた。

 私が何を悩んでいても家に帰って家族と接する時は、いつもの、何もないときの自分に戻る。でもそれは何も特別なことではないはずだ。多分誰もが同じようなことをやっている。家族の一員としての私と、学校にいる時の私はきちんと使い分けられている。

「ごちそうさま」

「あら、早いのね」

「うん、宿題終わってないから今からするよ」

「そうなの。頑張ってね」

 母は相変わらずおっとりとした口調で私と話す。

 父はとっくに食べ終わってテレビの前を陣取って時々大きな笑い声をあげる。

 毎日毎日繰り返される家庭の風景を見ると、私は何だかほっとして自分の部屋に戻った。

 一応母にも言ってしまったので、学校の宿題をさっと済ませてベッドに入った。まだお風呂にも入ってないから、1時間ぐらいしたら起きよう。多分母がまた呼びに来るだろう。


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