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寂しさを抱いて  作者: 橘皐月
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第三章 心恋

 あれから、何もかもが一瞬の出来事だった。

 青鳥川の橋の真ん中で泣き笑いした蒼衣が、私の頭の中に何度も何度も現れる。

 あの後彼女を家まで送り届けてから、きちんとお別れをした。私も蒼衣も、お互いの顔が見えなくなるまで暗いことは言わずに終始笑っていた。

 でも、バイバイ、というありふれた台詞を言って蒼衣に背を向けた途端、私はどっと涙を流していた。

 その言葉が、あまりに平凡だったから。

 まるで「また明日ね」とでも言うぐらいに日常的なものだったから。

 私は普段蒼衣と下校していた時も、バイバイなんて普通に使っていた。そのことに特別な意味なんてなかったはずなのに。

 それなのに、もう私たちに“明日”はないんだ、「バイバイまた明日」なんて言えないんだ、と思うとたまらなく悲しかった。

 もうない。

 二人の明日なんてやって来ない。

 一生会えないわけでもないのに、その時の私にとっては蒼衣との別れが今生の別れみたいに思えた。

「…木」

「……」

「高木」

 私が昔のことを考えていると、すぐ近くから男子生徒の声がしてはっとする。

「これ、落ちてたけど」

 そう言って黒のボールペンを手渡してくれたのは、隣の席に座っている1年3組矢野(やの)勇人(ゆうと)。授業に集中していたせいか、どうやら私は自分でもペンを落としたことに気づいていなかったらしい。

「あ、ありがと…」

 私がお礼を言ってペンを受け取る時、彼はなぜかむっとしたような表情をしていた。矢野はもともと表情の少ない人だけれど、クラスの皆が言うにはイケメンらしく、めったに笑わないところがまたクールで素敵だと誰かが言っていた。

 私は今まで1回も彼と話したことがなかったので、お礼を言ってもしかめっ面をする彼のことを「なんだこの人」ぐらいにしか思わなかった。

「じゃあ今日の授業はここまで」

 ここで授業終わりのチャイムが鳴ったので、つい今まで黒板に数式を書いていた数学の北野先生が手を止めて終わりの合図をした。

「きりーつ、きょうつけ、れい」

 委員長が号令をかけて今日も一日の授業が終わる。

 私は今、浜辺高校という地元で数少ない進学校に通っている。

 中学2年生の時蒼衣が“転校”してしまってから、私はしばらく親友がいない寂しさで落ち込んでいたが、学年が上がってからはいつまでも悲しんでいる場合じゃないと思い、部活と勉強に集中した。特に、秋の文化祭で部活を引退してからは、高校受験に向けて今振り返っても胸を張れるくらい勉強を頑張ったと思う。

 そしてこの春、晴れて浜辺高校に合格して早3か月が経とうとしていた。

「ねえねえ高ちゃん、さっき矢野君と話してたよね!何話してたの?」

「話したって…落とし物を拾ってくれただけだけど…」

「ええっ!矢野君ってやっぱ優しいなぁ…。高ちゃんが羨ましいわ…」

 そう言って肩を落として落胆しているのは、私と同じ1年3組の雪野(ゆきの)彼方(かなた)。黒髪のポニーテールが似合う元気っ子…に見えるが、実はかなり恥ずかしがり屋で好きな人と目を合わせることもできない。事実、彼女は矢野に好意を持っているが、彼とは一度しか話したことがないらしい。しかもその内容は、「学級日誌、今日雪野だからな」だそうだ。

 そんな彼方はさっきの授業中に矢野が私のボールペンを拾って渡してくれたところを目撃したらしく、かなり嫉妬している。

「てゆーか高ちゃん、その席ずるいよぉ~。矢野君の隣だなんて…。うぅ、あたしと変わってくれ~」

「ずるいって…私は別に矢野のこと好きじゃなし。ほらほら、もう授業終わったんだから帰ろうよ彼方」

「はーい…高ちゃんはつれないなー」

 何か最後に悪口が聞こえたような気もしないこともないが、今はスルーしておこう。

 彼方とは最初の席替えの時に隣の席になり、よく話すうちに私たちは仲良くなった。丁度私も蒼衣や他校に進学した陽詩と会えなくなって寂しかったので、新しい友達ができたのがとてもありがたかった。

 彼方は蒼衣みたいに感傷的なわけではなく、陽詩のように周りをよく見て動く人でもないけれど、一緒にいるとなぜかほっとするのだ。

「ねえ、今日太田さんのとこに寄って行かない?」

「えーまた?」

「いいじゃんいいじゃん。たまにはあたしの悩みも聞いてよ」

「たまにはって…毎日聞いてあげてると思うけど…」

「はいはい、細かいことは気にしない。行くよ~」

 と、こんな感じで今日も私は彼方に腕を引っ張られて下校する。ちなみに「太田さん」というのは「太田アイスクリーム」というアイスクリームの店で、学校の最寄り駅の側にあるので私たちはよく帰りにそこに寄ってソフトクリームを買い、近くの公園で食べながら喋っている。

 まあちょっとした青春だ。

「今日はチョコレート!」

「じゃあ私はイチゴでお願いします」

「はいは~い、いつもありがとうね」

 太田さんはにこにこしながら私たちにそれぞれの味のソフトクリームを渡してくれた。

 そしていつものように近くの「浜辺第一公園」のベンチに座ろうとしたところ、彼方が「今日はあっちに座ろうよ」

 とブランコを指さして言うので、私は「えー、もう子供じゃないのに」と悪態をつきながらも大人しく彼方の言う通りにブランコに座った。

「こっちの方が青春っぽいじゃない」

「はあ」

 どうやら彼女はやたらと「青春」したがっているようだ。

「いただきまーす!」

「いただきます」

 高校一年生の女子二人はブランコにちょこんと座ってソフトクリームを齧る。

「「おいしい」」

 まあいつも思うことだが、何度も同じ言葉が出るほど太田さんのアイスはおいしかった。

 あまりにおいしいので、私たちはすぐにアイスを食べ終わってしまった。

「でさ~あたし、どうしたらいいと思う?このまま待ってても矢野君と何も接点ないよ…」

 チョコレートアイスを口の端につけた彼方は「はあ」と大きく溜息をついてそう言った。

「そうだねぇ…誰か仲を取りもってくれる人でもいればいいんだけれど…」

 いつもは明るく元気な彼方が恋に悩んでいる姿を見ると私も何だか助けたい気持ちになって、今思いつく唯一の策を講じた。

 すると彼方は目を丸くしてブランコからシュタっと降り、依然ブランコに座っている私の前に来て、それからぱっと笑顔になって言った。

「それだ!それだよ高ちゃん。高ちゃんが仲介人になってくれればいいんだよ!」

「え?」

 というか「は?」という顔で私は彼方を見上げた。

 目の前の彼女はにこにこと花が咲いたように笑っていた。

「ね、いいでしょう?お願い高ちゃん!ジュースおごるから!」

 全く…そんな顔されたら断れるわけないじゃない。

「しょーがないなぁ…なってあげる、仲介人」

「ありがとう高ちゃん!やっぱ持つべきものは友達だね!」

「でも」

「でも?」

 飛び上がって喜ぶ彼方に私はビシッと一言。

「ジュースは安すぎっ」


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