EX.2 交流会(4)
《登場人物》
雪村 奏 (第1章~) 15歳。レプリック・ドゥ・ランジュのリーダー。部活をケガで引退。アイドルへの憧れが強く、理想が高い。
クノ・エーコ(久能 英子)(第16章~)サンドリヨンのリーダー。ギター兼ボーカル担当
本城 霧香(第17章~)シンシアリィのリーダー
「いやあ、楽しかったねぇ」
カラオケボックスを出ると、腕を大きく伸ばしながら、英子が言った。
ウィッグは取ってしまって、ここに来た時と同じ格好になっている。
「で、奏は駅から電車?」
英子が振り返ってそう問いかけると、奏はうなずきを返す。
「はい。英子さんもですよね。霧香さんは―—電車じゃないですよね」
「そうね。車を呼んでるけど、駅に来てもらうことにしているから、そこまでは一緒」
「よし、じゃあ駅まで行こうか」
英子が先導するように歩き出し、霧香もそれに続く。
奏もその後をついてしばらく無言のまま歩いていたが、
「そう言えば、二人で何度も会っている理由って何なんですか?」
ふと思いついてそう尋ねてみた。
「え、それ聞いちゃう?」
英子はにやあっと笑って、奏の肩を抱く。
「そんなの、霧香に友達がいないからに決まってるじゃん」
うししっとこらえ切れずに噴き出す英子を見ながら、奏は困ったように眉を寄せて苦笑する。
英子が自分で語っていた『お堅い学級委員長』の面差しは、その姿からは想像できなかった。
「出鱈目を吹き込まないで。別に、一緒に遊ぶ友人くらい―—その、瀬利とか」
不満げに反論する霧香だが、段々勢いを失っていく。
「ちょっと! 奏、その生温い目を向けるのをやめなさい! それが一番腹立たしいのよッ」
顔を真っ赤にして叫ぶ霧香を見て、英子は声を上げて笑う。
しばらくの間、自らを落ち着かせるように、手で顔を覆っていた霧香だが、
「英子と話していると色々と刺激を受けるのよ」
ようやく真面目なトーンで話し始めた。
「自分たちの音楽の話、気になった他人の音楽の話。それに、出演した番組の話、その共演者の話」
「定期的に会っていると、話の鮮度もいいしね」
相槌を打つ英子に頷きを返しながら、霧香は言葉を続ける。
「そういう話をするたびに思い知らされるわ。アイドルの世界って、狭いんだなって。私はアイドルのトップになるつもりでいるけれど、今のままじゃ意味がない。私たち―—シンシアリィやサンドリヨン、レプリック・ドゥ・ランジュが新しい切り口で、アイドルの世界を広く、深く切り開いていって、その中でのトップになる。それが、今の私のビジョン」
「でも、私は今でもアイドルはいろんなジャンルの仕事ができる職業だと思いますけど」
奏の反論に、霧香は笑みを浮かべる。
「確かにジャンルは幅広いかもしれないけど、でもその分どのジャンルでも底が浅いとみられてしまう。お客さん扱いなのよね。もちろん例外はいるけれど、そんなの、本当に一握り。だから―—」
霧香は二人を真っすぐに見据えて、
「私たちが変えるのよ。アイドルだからこそできる演奏、アイドルだからこそできる演技。そういうものがあるっていうことを、証明してみせる」
そう言い切った。
「……私、霧香たちは『BYTH』を目指しているんだと思ってた。今一番売れているアイドルで、同じ事務所の先輩だし。でも違うんだね。確かに雑誌のインタビューとかでも一度も彼女たちが目標とは言ってなかった。その理由がやっと分かった」
英子は頷きながら、言葉を続ける。
「正直、私は『アイドル』って括りには興味ないけど、新しい切り口を模索するのは賛成。それは霧香に言われるまでもなく、サンドリヨンの基本的な姿勢。それが結果的に霧香の目的に沿うのなら、良いんじゃないかな、とは思うよ」
にこりと微笑みながらそう言う英子に、霧香は毒気を抜かれたように苦笑いを浮かべる。そして、奏に視線を向けるが、
「私は―—賛成です、けど。でも、きっとそんな余裕はないんです。私は、レプリック・ドゥ・ランジュのカナデがどんなことをできるか、ということを考えるのが精一杯だと思うんです。今、私の目の前にいるお客さんに、どうやって応えるか、何ができるのか。そこまでが精一杯で、『アイドル』としての可能性とか、評価についてまでは考えはきっと及ばない」
奏は難しい顔をしながらそう答える。
「全く。勝手な事ばかり言って。締まらないわね」
霧香は肩をすくめるが、
「でも、だからこそ、とも言えるのかしらね。私たちは目的も、動機も、手段も、きっとバラバラで、だからこそ刺激があって興味が湧くんだわ」
どこか納得したような表情を浮かべる。
「そうかもしれないですね」
奏もそう言って微笑みながら、
「あの、また三人でお話できますか?」
そう問いかけると、
「もちろん。どうせまた霧香がオフの日が決まったら連絡してくるんだから、その時に奏にも声かけるよ」
英子がそう答えた。
「別にいつもじゃないわよ。あくまで気が向いたら、だから。話がしたいのだったら奏から連絡してきてもいいのよ。……あら」
霧香が反論していると、ちょうど駅へ向かう所だったのであろう黒塗りの外国車が、三人が歩く道の少し先で止まり、後部座席の扉を開けた。
「私だけ、少し早くお別れみたいね」
霧香が自分のお迎えであることを二人に伝える。
何か、話忘れていることはないだろうか。そんな焦りに奏がとらわれていると、
「あ、そうだ」
英子が口を開いた。
「奏、どこかのインタビューで、憧れたアイドルグループが居たって言ってたけど、それってどのグループ?」
奏は思わず目を瞬かせた。このタイミングで聞かれるとは予想だにしていなかった。
「そう言えば、今日は奏の話は全然聞いてなかったわね」
霧香もその質問に乗っかる。
「えっと、『アスハレ』……『アシタハレルヤ』さん、です」
とまどいながらも、そう答えると、一瞬の沈黙の後、
「あっははは! 納得、納得でしかないわ!」
大声で笑いながら、英子はバンバンと奏の肩を叩く。
「なるほど。言われてみれば、それ以外にはないわね」
「……どういう…?」
目を白黒させて問いかける奏に、
「あの人たちは、CDが一番売れてるわけじゃない。テレビの出演料やイベントのギャラもトップというわけでもない。言っちゃえば、パフォーマンスの完成度とか技術の面で言えば、BYTHや他のトップグループのアイドルと比べると見劣りする。でも、」
奏の肩をつかみ、真っすぐに視線を合わせながら英子が言う。
「それでも『BYTH』に比肩する人気を持ってる。彼女たちには、見る人の心に力を与える、特別な力がある」
ぞくりとした。それは、奏がアイドルになることを決めたあの日に抱いた印象を、裏付ける評価だ。
「色々と例外すぎて、真似しようとは思わないけどね」
霧香はそれを肯定しつつ、含むものがあることを伺わせる。
それに対して奏が疑問を持ったことを察したのか、
「あのグループにはね、化け物が一匹いるのよ」
そう言って、霧香は苦笑いを浮かべた。
霧香と別れた後、ほどなくして駅に着くと、奏と英子はそれぞれ別方面だということが分かった。
ホームでしばらくお互いの電車を待っていると、先に英子が乗る方が到着した。
「さ、じゃあ私はこれで」
英子が手を振ると、名残惜しさが奏の表情に出てしまっていたのか、彼女は少し微笑んで口を開いた。
「ね、今日は楽しかったよ。また次もやろう。その時、私たちはどう変わってるかな。すごく楽しみ」
それは、次に会うまでにお互いが少しでも進歩していることを前提とした話で、少しだけプレッシャーを感じる言い方だった。でも、それは信頼を感じるものでもあって。
「はい。私も、楽しみです。じゃあ、また」
奏も微笑みを返して、手を振った。
先日、この作品の総PV数が5000を超えました。
平均に比べて多いのか少ないのかさえ分かりませんが、そんなことは全く関係なく、これだけの回数見ていただけたことに感謝しています。
今までほとんど他人に作品を読んでもらったことのない私にとって、全エピソードを読んでくださる方が1人でもいれば望外の喜びでした。
ましてや、年に数回しか更新されない、超スローペースな作品であるにも関わらず。
またしばらく更新は止まってしまうと思いますが、まだ少し書きたい話もあるので、作品は完結にはせずにいようと思います。
よろしければ気長にお付き合いいただければと思います。