EX.2 交流会(3)
「相変わらず見事に化けるわね」
フッと霧香が鼻を鳴らす。
「まぁでも、私は今のあなたの方が好きよ。あなた自身の欲に純化していて、余計なお飾りがない。そう思わない?」
「思います」
霧香に視線を向けられて、奏も迷わず首を縦に振る。
「エーコさんには嘘がない。それに乱暴なようでいてとても懐が深く、純粋な印象があります」
いつも彼女に抱いていたその印象に、奏は確信を持つようになった。
エーコは、いつだって攻撃的に見えて、その実苦しんでいる人の心を慮る言動が多かった。それはサンドリヨンの楽曲にも顕著に表れている。そのギャップに至る背景を、奏は今日知ることができた。
「そりゃどーも。でもな、二人してそんな歯の浮くようなこと言われたんじゃ、鳥肌立つわ」
本当に嫌そうに顔をしかめるものだから、奏はつい小さく噴出してしまう。横を見ると霧香も意地悪く口の端をゆがめている。
「で? 音楽の魅力を知って、プロを目指したの?」
「いや、最初からそんな風に考えてたわけじゃなかった。言葉じゃあいつを救えないことを痛感したあの日、美奈に曲を送ってみようって提案された。今考えてみりゃ、ずいぶん無謀な発想だよな」
くっくっとエーコは顔を伏せて笑う。
確かに、普通は友人でもない素人が演奏した曲を送り付けられても、相手は困るだけだろう。
「でもまぁ、あの時はそれしかないと思ったんだよ。美奈にギターと歌唱法を習って、必死で曲も覚えて。いざそれをどう届けようかって話になった時に、動画をSNSに上げることにした。アタシら二人ともあいつのIDなんて知らないからさ。クラスで連絡先知ってるやつ探して、動画をアップロードした先のURLを送ってもらったりした。見てもらえるかどうかは分からなかったけど、そこは祈るしかなかった」
「見て、もらえたんですか?」
つい、奏がそう尋ねると、エーコは目を細めて笑みを浮かべる。
「分からねぇ。けど、アップロードした数日後に、あるアカウントからメッセージがあったんだ。『ありがとう』って、一言だけ。そして、アタシらはきっとあいつからだって思ってる」
エーコの口調は確信めいていて、自信があるようだった。
「結局あいつはアタシたちが卒業するまでに登校することはできなかった。だから、意味はなかったんじゃないかって思われるかもしれねぇけど、でも、確かに届いた実感がある。だとしたら、その後はあいつ次第だからさ。冷たいかもしれないけど、アタシらはその先までは踏み込めねぇ」
どこか優し気な口調でそう言って、エーコはギターに置いた自らの手を見つめる。
「だから、できることがあるとすれば続けることだけだと思ったんだよ。忘れてねーぞ、音楽を届けることをやめたりしねーからな、ってさ。そしたら、いつの間にかアタシらが上げた動画の再生数がすごい勢いで増えていった」
エーコは苦笑を浮かべる。
「もともとあいつのためだけに上げた動画だったけど、アタシもビーナも動画を上げることなんてしたことなかったからさ。公開設定とかよく分からなくてデフォルトのままにしてたんだよ。そしたら、ビーナのテクとかアタシの声、それにアタシらの恰好、それがインパクトあったらしくてさ。後で聞いた話なんだけど、マイナーバンドを紹介するインフルエンサーに取り上げてもらったみたいなんだよ。で、それをきっかけに今の事務所の人間に連絡もらったってわけだ」
そう言うと、エーコは長い溜息をついた。彼女の話は、どうやらそこで終わりのようだった。
「なるほどね。ま、期待していたほど突飛なエピソードってわけではなかったけど、聞かせてもらった御礼くらいはするわよ」
霧香はからかうような視線をエーコに向けながら、テーブルの上に置きっぱなしだったマイクを手に取った。
「はっ。こんなまるっきりプライベートな場で、しかもちゃっちい設備で披露する歌が代価になるだなんて本気で思ってるんだから、お前も相変わらず図太いよな」
エーコもまた、片眼を細めながらにやりと笑う。
そんな二人の様子を見ていた奏が、
「あれ?」
思わずそう声を漏らした。
「エーコさん、弾かないんですか?」
ギターを傍らに置いたエーコが、目を丸くして奏を見る。
カラオケのリモコンに曲名を入力中だった霧香も唖然とした表情を奏に向ける。
そんな二人の反応の意味が一瞬わからずに、奏は小首をかしげる。が、
「へぇ、言うじゃん」
キリキリと口角を上げるエーコ。
「煽ってくれるわね」
半眼になって、今にも溜息をつきそうな表情を浮かべる霧香。
彼女たちの変化を見て、奏もようやく気付く。
エーコと霧香、そして奏は友人ではない。ライバルであり、そしてそれぞれがプロなのだ。
二人のパフォーマンスはライバルの前であろうと無償であろうと気軽に聞ける―—要は、もったいぶるほどのレベルではないこと。
ついでに言えば、エーコがシンシアリィの曲を知っていて、それを弾けること。
そんなことを前提にしている発言をしたのだということを理解して、奏は顔を青ざめさせる。
「ごっ、ごめんなさい。そういうつもりじゃ――」
「いや、いーぜ。興が乗った」
慌てて釈明しようとした奏を遮って、エーコはパキパキと指を鳴らす。
「ま、仕方ないわね。二人でよくここに来ると言っていて、ギターもあって。いつもそういうことをしているんじゃないか、って思わせてしまうような状況ではあるもの」
霧香も肩を軽くすくめる。
「私も、いいわよ。エーコ、何ならいける?」
「何でも、って言いたいところだけどな。まぁでも、それこそ学園祭で弾いた曲なら全部覚えてるぜ」
「そ。じゃあ任せるわ」
そんな掛け合いをしながら、二人はお互いに挑戦的な視線を向けあう。
エレキギターに持ち替えたエーコの演奏が始まると、そこから先の二人のパフォーマンスに、奏は圧倒され、息を吞む。
エーコが最初に弾き始めたのは、シンシアリィのメジャーデビュー曲だった。特に曲名を口にすることもなく、サビの直前のBメロからいきなり始めたが、霧香はすぐにメロディに合わせて歌い始めると、振りを付けて踊る。
すると、サビが終わった瞬間に、エーコはメロディーを変えて次の曲を弾き始める。ギロリと射貫くような、霧香の圧の強い視線を受けて、エーコは楽しそうにニヤッと笑う。そこからメドレー形式で次々に曲を切り替えながら演奏したが、その度に霧香はきちんと歌もダンスも合わせて、ミスらしいミスもなかった。
そんなお遊びをまじえながらも、霧香のダンスは本番さながらで、キレがあって、見る者の目を惹き付けてやまない華があった。
エーコもまた、即興であるにも関わらず、演奏は淀みなく、もののついでとばかりにコーラスまで入れていた。
そんな二人の圧倒的なタレントを、こんなにも間近で見れることの幸運を改めて奏が噛み締めていると、エーコが演奏を終えた。
約10曲、ほぼノンストップのメドレーを終えて、霧香は大きく肩で息をしている。
「……やって、くれたわね」
はめられたと言わんばかりに、霧香は剣呑な視線をエーコに向けるが、
「楽しかっただろ?」
エーコはニヤニヤと会心の笑みを浮かべる。
そう言われて、霧香は返す言葉がなくなり、悔し気に椅子に腰を下ろす。と、
「カナデ。まさか貴方、独りだけ聞くだけで終わらせるわけじゃないわよね」
八つ当たり気味に言いながら、視線を奏に送る。
「え、でも――」
奏の言葉を遮るように、エーコは演奏を始める。
そのフレーズが、『レプリカ』のイントロであることに気付き、奏は目を丸くする。
「どうして……」
かすれた声でつぶやく奏に、
「何度聞いたと思ってんだよ」
エーコは笑顔を向ける。
何を驚いているのかと、霧香もいぶかし気に眉をひそめている。
そんな二人の様子を見て、奏の瞳に涙がにじむ。
改めて、実感した。こんなにもすごいこの人たちが、レプリック・ドゥ・ランジュのことをきちんと見てくれている。
「おいおい、どうした?」
戸惑ったように尋ねながらも、エーコはギターを弾く手を止めない。
「ごめんなさい。……嬉しくて」
そんな彼女に応えるべく、奏はぐっと唇を噛んで立ち上がった。
『レプリカ』の振りなんて、呼吸するのと同じくらい身に沁みついている。
ふっと息をついて顔を上げると、霧香と目が合った。彼女がそっと微笑んだのを見て、またぐっとこみあげてきたものがあったが、それを振り払うように、奏は右手の指を広げて顔の前に持って行った。
《登場人物》
雪村 奏 (第1章~) 15歳。レプリック・ドゥ・ランジュのリーダー。部活をケガで引退。アイドルへの憧れが強く、理想が高い。
クノ・エーコ(久能 英子)(第16章~)サンドリヨンのリーダー。ギター兼ボーカル担当
本城 霧香(第17章~)シンシアリィのリーダー
ソノ・ビーナ(園生 美奈) (第16章~)サンドリヨンのメンバー。ベース担当




