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リトル・アルカディア  作者: さんずい
13/37

第13章 お互いを知るということ

 合宿の初日はダンスをメインにスケジュールを組んだ。午後から休憩を挟んで五時間。普段のレッスンではなかなか実現できないスケジュールだ。

 レプランのレッスンを担当してくれる講師たちは、合宿期間中のスケジュールを空けてくれていた。それでも、(かなで)たちが組んだスケジュールはかなり極端で、羽村(はむら)も最初は無茶だと断られるのではないかと不安だったが、小田(おだ)は快く引き受けてくれた。

 ただ、やっぱりこの講師は厳しかった。

「良く聞いて~。ぜんっぜん合ってないよー」

 電子メトロノームの音が響くレッスン室で、小田が手を叩く。

「動きを皆でそろえたいんでしょ? だったらもっとタイミングをシビアにしなきゃ。身体を動かすのもなんとなくじゃダメ。動きの始まりと終わりを意識して。位置、スピード、タイミングも自分の中でイメージをはっきり持って」

 言われることはいつも同じだった。最初はうんざりしていたが、休憩時間にレッスンの様子を記録した映像を見てみると、納得せざるを得なかった。

「私、全然合ってない」

 滴る汗を拭おうともせず、悔し気に翔子(しょうこ)がつぶやく。

「翔子ちゃんだけじゃないけどね」

 沙紀(さき)がタオルで額を拭きながら、苦笑いを浮かべる。

「やっぱり、自分ではできているつもりでも、細かい所はズレているんですね」

 タオルを口元にあてたまま、真剣に画面に見入っていた悠理(ゆうり)が眉間にしわを寄せる。

「この時の私の左手の動かし方、皆とは全然違ってます」

「んー、でもさ」

 理央(りお)が難しそうな表情を浮かべて、他のメンバーに目配せをすると、

「そうですね、私はこれはこれで間違っていないと思います」

 玲佳(れいか)がそれに応える。

「全員が動きをそろえるべき所と、そうではない所があって、この場合は後者だと思います。悠理さんのこの動きは不思議な魅力があって、失敗ではなく個性と表現する方が正しいと感じます」

 それに対して理央は賛同するように頷きを返す。

「そうだよね。あたしたちのゴールは一糸乱れないダンスで魅せることじゃない。もう大人たちに散々言われたけど、それは多分あたしたち以外の誰かの方がうまくできるし、その代わりにあたしたちはお客さんに何かを伝えられる存在でないといけないんだよね。そのためには、皆でバシッと決める所と、自分なりに表現する所のバランスが大事になるんじゃない? この辺は仁美(ひとみ)先生と相談してみようよ」

「うん、じゃあここ以外で生かしたい振りがないか見直してみようか」

 沙紀(さき)がそう提案しながら、

「でもね、基本はあくまで振付通りに踊ることだから、そこは気を付けよう。その過程で自然に個性が出る分にはいいんだけど、それをあえて出そうとするのは、少なくとも今の私たちではうまくいかないと思う」

 念のため、といった具合で釘をさすと、皆がそれぞれに頷いた。

 そうして、改めて映像を見直していると、

「でも、」

 それまでずっと黙っていた(かなで)が口を開いた。

「やっぱり違うね。ライブとは」

 何気ない口調だったが、その言葉に他のメンバーはドキリとした表情を浮かべる。

「それは――やっぱり、練習ですから」

 そう答えながらも、悠理は渋い表情を浮かべている。

「でも、あたしもやっぱり羽村(はむら)さんの言ってたことは気になってたんだよね。本番でも、何度もライブをやってると精神的な余裕はできるし、お客さんに対する信頼……までならいいけど、甘えが出ちゃう感覚も、正直分かっちゃう。練習から本番を想定したパフォーマンスを出せるようにして、そういう『慣れ』が出ないように対策する必要はあるのかも」

 メンバーの中で一番経験豊富な理央が、眉根を寄せながらそう言った。

「おっしゃっていることは分かります。ただ、常に練習を本番のつもりでやるというのも少し難しいのではないでしょうか。負担が大きくなることが予想されますし、練習の一番の目的は技術の習得ですので、そちらに集中したい気持ちもあります」

 玲佳も難しい表情を浮かべながら反論する。

 どちらの言い分にも説得力があって、誰もすぐには言葉を続けられなかった。簡単には結論が出なさそうな空気を感じ取って、

「難しいね。スイッチでもあればいいのに」

 冗談めかして奏がそう言った。瞬間に、

「それだ」

 思わず、といった態で沙紀がぽんと手を叩いた。


「あなたたちは、本当に面白いねぇ」

 小田が目を細めて、若干呆れ気味にも見える表情で微笑んだ。

 合宿初日のレッスンの締めくくりとして1曲通して踊ったが、あからさまにダンスの迫力が違っていて、本番を意識したパフォーマンスだったのはすぐに見て取れた。

「練習モードと本番モードの切替かぁ。ろくに技術も身に着けてないうちからそんなこと考える子たちなんて、あんまりいないよ?」

 微妙に棘がある言葉に奏は苦笑を浮かべるが、小田に悪意があるわけではないことは分かっているので反感を覚えることもない。

「それで、切替のスイッチは何?」

 事前にメンバー間でそうしようと示し合わせている様子もなかったので、何か約束事があったのだろうと察して小田がそう質問してみる。

「視線です」

 答えたのは奏だった。小田の推察は正しい。本番の緊張感を意識して出すための条件付けがそれだった。

「と言っても、仁美先生の視線まで対象にしたらあまり意味ないから、仁美先生以外っていう条件にしてたんですけど」

 沙紀が奏の答えを、そう補足した。

「なるほどね。だから樋口(ひぐち)さんに前に来てもらったんだ」

 小田が横にいた樋口に視線を向ける。先ほどメンバーに請われて彼女たちの目の前に来たが、その意図までは本人も聞いてなかったようで、あいまいに笑う。

「まぁそれはとにかく、最後は良かったんじゃない? 現時点で望めるベストに近かった。これで満足しちゃダメだけど、まずはこのレベルを確実に出せるようにしていきましょう」

 めったに褒めてくれない小田にそんな言葉をかけられて、奏たちはつい表情が緩むのを止めることができなかった。


 2日目は早朝に体力トレーニングをした後、朝食を挟んで歌唱レッスンを行った。

 最近は個別でレッスンを受けることが多かったが、今回は久しぶりに全員で講師の高宮(たかみや)の指導を受けた。

 そうすることで改めて、レプランのメンバーの声はバリエーション豊かであることをお互いに実感できた。

 沙紀は割と癖のないスタンダードな声質で、音域も標準的だ。メンバーの中では音程を取るのがうまい方で、安定感がある。

 玲佳は中高音から高音にかけての音域が得意で、逆にそれより低いと少し苦しそうだった。ただ、翔子も同じだが演劇経験者であるためか腹式呼吸が最初からきちんとできていて、良く通る声をしていた。

 その翔子は音域は玲佳よりも広く、声量や息遣いの強弱をつけるのもうまいために表現力の高さを感じさせる。ただ一方で、ちょこちょこと音程を外す所があって、少し不安定なイメージを持たせてしまっている。

 奏もあまり音程を取るのはうまくない。ただ、低音域が綺麗に出るのと、歌に強さを感じさせる声質とが合わさって、とても情感的で妙に耳に残る、もっと言えば心に刺さる歌い方をする。

 理央はどこか古典的な、アイドルっぽさを意識した歌い方にこだわっているようだった。わざとらしさやあざとさを感じさせる一方、音程は正確かつ技術も確かで、視線や表情などにもプロ意識の高さが見てとれる。そしてそこに見ている側にも伝わってくるような真剣さがあるために、無闇に観客に反感を感じさせることはなさそうだった。

 メンバーで唯一超低音域を出せるのが悠理だった。同時に、最も高い音を出すこともできるため、音域に関してはメンバー内で断トツに広かった。ただし、音程に関しては明らかに外してしまうことがある。そのせいか自信なさげにあいまいな音を出してしまうことがあり、よく高宮に注意されていた。

「さ、一通り皆に声出してもらったけど、もう何度も一緒にライブやってるし、特徴は大体つかめてるよね」

 そう言いながら、高宮は鍵盤の上で指を滑らせてサビの直前のフレーズを弾く。

「これからが本番。難しいよ、ユニゾンは。……3、4!」

 彼女の声に引っ張られるように、全員で声を合わせる。

「ダメ! 全然駄目。もっと他の人の声を意識して。音の揺らぎ方、音と音のつなぎ方、個性が出てる所をそろえて! コンマ数秒のずれが台無しにするんだから」

 難しい。確かにライブを通じてそれぞれの個性が分かりかけている実感はあるが、それにうまく合わせられるかと言えば話は全く別だ。

「それ最悪! 怖がるのが一番ダメ。それならズレたり外したりする方が百倍マシ!」

 もう一度同じ場所を再挑戦すると、より厳しい声が飛んだ。それを聞いて悠理が表情を歪める。今、明らかに悠理の声の入りがワンテンポ遅れた。周りの声を窺いすぎて、後から合わせにいってしまったのだ。

「ここ、あんたたちの見せ場なんだよ。本番じゃこれを踊りながら歌わないといけないんでしょ? 今歌えなかったら本番で成功するはずないよね?」

 熱のこもった言葉を身に浴びながら、奏たちはお互いに目配せをして、呼吸をはかろうとする。何度か繰り返すうちに、奏の額にいつの間にか汗がにじんできていた。ダンスならともかく、歌で汗を流すのは初めての経験だった。


「はっきりと外れている、って感じはないんだけどね」

 休憩に入ると、渋面を作りながら沙紀が愚痴っぽく漏らす。

 この曲に関しては何度もレッスンを受けてライブでも歌っているためか、翔子も悠理も音程は取れている。

「だけど、やっぱり何か違う。もどかしいな」

 奏もわずかに苛立ちを見せながら、そう口にする。

「やはり、個々のタイミングがわずかに異なっているように感じます。誰か指揮者でもいれば揃いそうなものなのですが」

 形の良い眉を寄せながら、玲佳が冗談――なのか本気なのか良く分からないことを言う。

 でも指揮者というか、誰かリードしてくれる人を立てるのは良いかもしれない。そんなことを奏が考えていると、鼻歌が聞こえてきた。悠理が、たった今まで散々歌っていた曲を口ずさんでいた。けれどそれは練習中の切羽詰まったものではなく、リラックスしたとても優しい歌い方だった。

「へぇ、いいじゃん。いつもそんな感じで歌えばいいのに」

 理央が感心した表情を浮かべる。

「なんか、改めて聴くと良い曲よね」

 翔子も優しげに微笑む。

 思いがけずにそんな言葉をかけられて、悠理は頬を赤らめた。

「私もすごく好きで、つい。すみません、休憩中にまで聞きたくなかったですよね」

 照れながら謝る悠理に、

「そんなことない。悠理の歌、私好きだな。もう一度歌ってみて」

 奏がそう促した。

 とまどいながらも悠理がもう一度歌い出すと、奏が、続いて沙紀がそれに合わせて歌い始める。

 玲佳が、すっと理央と翔子に視線を送ると、翔子が一瞬苦笑を浮かべた後、3人同時に声を重ねてきた。

 数フレーズ歌った後、かちりと、何かうまくはまったように全員の声がぴたりと合った。

 それぞれの声が共鳴しあって、ただ同じ音を出すというだけでなく、音と音が重なって膨れ上がるようなイメージ。自分の声がまわりに融けていくような、そんな印象だった。これまで何度も歌ってきた曲なのに、その感覚は初めてのものだった。

「うん、今のが正解」

 いつのまにか奏たちの傍らにいた高宮が、満足げな表情で微笑む。

 予想外の手応えに、驚いて硬直していた奏たちの表情が、それで少し和らいだ。

「でも、本番でこれを出せるようになるまでは、少し時間かかりそうねぇ」

 高宮は苦笑いを浮かべたが、一度正解を知った奏たちのモチベーションが高まっていることは彼女たちの表情を見れば明らかだった。

「さ、今のがまぐれでなくなるように、練習して覚えないとね」

 そんな奏たちに背を向けてピアノに向かった高宮の表情は、しかし厳しいものだった。彼女の指導ミスを痛感したからだった。今うまく行った理由は、おそらくイメージの共有ができていたからだ。最初に悠理の歌を聴いたことで、自分の声をどのようにそれに乗せていくのか、テンポ、強弱、タイミングといった点で具体的なイメージを持つことができた。高宮のレッスンではその作業を怠っていた。それぞれが自分のイメージで歌うのを是正できなかった。

 こっちが教えられてばかりだな。つい、そう思ってしまった。

 指導歴が10年近くになる小田と違い、高宮は講師としての経験は浅い。けれどそれが言い訳になるはずもない。

 ぱちんと、軽く自分の頬を両手で叩いて気合いを入れた。

 あの子たちの力になりたい。改めて、強く思いながら。


「つっかれたぁ」

 夕食の後、軽いミーティングをして今日のカリキュラムを終えると、沙紀が机に突っ伏して大きな声を上げた。

「2日間、なかなかタフな日が続きましたね」

 玲佳もさすがに疲労の色を隠せずに同調する。

「ね、皆でお風呂いこっか。それでさっさと寝ようよ」

 沙紀がぐるりと見回してそう誘うと、くすりと笑って玲佳が、そして奏と翔子がうなずいた。

 理央も、うん、と答えはしたが、目が半分閉じかかっている。

「理央さんは止めた方がいいですよ。その状態で浴槽入るのは危険ですから」

 悠理がいたわるような表情でそう諭すと、さして抵抗もせずに理央もうなずいた。

「私、理央さんを部屋まで送っていきます。お風呂も少し休んでから入りますので、お先にどうぞ」

 そう言って立ち上がった。

「うん、じゃあ悪いけど私らが先に入らせてもらうね」

 沙紀がそう言って、その場は解散になった。


 奏と翔子が着替えを持って大浴場の脱衣室に入ると、すでに沙紀と玲佳は浴室に入っているようだった。

「ね、奏ってまた筋肉ついた?」

 奏がレッスン着を脱いでいると、翔子がそう声をかけてきた。

「ん? うーん、まぁ最近レッスンも激しいし、自主トレもしてるし、最初に比べればね」

「そうだよね。腕とか足とか、結構きれいについてきてるよね」

「でも、バレー部の現役だった時に比べると大分なくなっちゃったよ。なんなら腹筋は割れてたからね」

 少し不満げに奏が言うと、

「は? 腹筋って割れるものなの? 女の子でも?」

 翔子が目を丸くして驚く。

「そりゃね。テレビに出てくる女性スポーツ選手でそういう人もいるでしょ? 私の場合は本当にうっすら、っていう感じではあったけど」

「なるほどね。でもうらやましいな。私全然つかないのよ」

 そう言いながら、翔子は二の腕をふにふにとつまんでいる。

「……ないものねだりだよね。私は翔子のスタイルの良さ、本当にうらやましい」

 すらっとした、細くて長い手足を見ながら、奏がため息をつきそうになりながら言う。

「顔も良くて、スタイルも良いって、普通にモデルさんできるよね」

 言ってしまってから、あ、しまったな、と奏は思う。

「まぁ、そういう話もあったけど」

 苦い表情を浮かべながら翔子が答える。

 それはそうだ。事務所にいたのだからそういう話がないわけがない。そして、翔子はその話を歓迎しないだろうというのも奏は分かっていたはずだった。

「別にモデルさんをバカにするわけじゃなくて。でも私が望むものとは全然違うお仕事なの」

 これまでの彼女の言動を少し知っていれば、容易に想像がつく答えだった。

「というか、モデルっぽいと言ったら私よりむしろ玲佳じゃない? あの人、私より胸大きいし」

 こういう言い方をすると、あたかも翔子が小さいかのようだが、そんなことはなく、平均程度は確実にある。玲佳が平均より確実に上なだけだ。ちなみに奏は平均かそれをちょっと下回る程度である。

「まぁでもそういう話をしだすと」

「あー……そうね」

 お互いに微妙な表情になりながら浴室に入ると、

「おー、待ってたよ~」

 浴槽から沙紀がそう声をかけてきた。

「さすがに、あそこまではいらないかな」

 切って捨てるような翔子の言い方に、ずいぶん失礼だな、と思いながらも、思わず奏もうなずいてしまった。


 奏は別に枕が変わったからといって寝つきが悪くなるようなタイプではない。部活の合宿などで外泊することも良くあったし、むしろ頓着しない方だった。

 それでもその夜、夢見が悪くて目が覚めてしまった。内容は思い出せないが、ひどい夢だったのか鼓動が激しく、汗も大分かいていた。時計を見ると深夜の2時。変な時間に起きてしまった。

 合宿は順調に来てると思っているが、どこか心の奥では不安なのだろうかとも思う。確かにこの合宿の成果がJIP Fes.の結果に影響し、その結果がレプリック・ドゥ・ランジュの将来に直結する。それを考えれば不安になるのも無理のないことだが、ただ漠然とした不安ということであればこれ以上考えていても仕方がない。そう割り切ってもう一度寝ようとする。

 しかし、どうしても汗が気になってしまった。せっかくお風呂で汗を流したのに台無しだ。

 すっかり目も覚めてしまったし、ということで奏は再度着替えを持って浴場に向かうことにした。

 部屋を出た瞬間、目の端に誰かの髪が映って、思わず背筋がぞくりとした。

 この場所になにか曰くつきの話でもあっただろうか、と考えたが、すぐに今の姿に見覚えがあることに思い至った。

 あの後姿は多分悠理だ。そう言えば奏たちが入った後にお風呂に行くと言っていた。しかしさすがに時間が遅すぎる。今まで何をやっていたのだろう。そんな疑問を抱きながら後を追った。

 しかし、脱衣所に着くとそこには誰もいなかった。さぁっと、奏の顔から血の気が引いていく。オカルト話は決して得意ではない。

 ただ、一つの可能性に思い至って、奏は脱衣室から出てみた。

 そして男湯と女湯の入替時間について確認してみたが、どうやらそういう制度もないようだった。

 それでも、どうしても先ほどのが見間違いとは思えず、ごくりと一度喉を鳴らしてから、恐る恐る男湯の方の脱衣室に入ってみた。

 自分たち以外に宿泊客はいないはずだから、だれかいればそれは悠理のはずだ。

 そう自らに言い聞かせて、中をのぞきこむ、と――いた。

 ほうっと、奏は安どの深いため息をつく。そして、

「悠理、あなた間違えて――」

 言葉を失う。

 肌は白くて柔らかそうで。身体の線も細くて華奢。胸はない。第一印象の、お人形さんのよう、というイメージを裏切らない。

 それでも違和感がある。違和感、ではない。おかしい。明らかにおかしい。

「へ? って、え、奏さん? 何で!?」

 悠理が混乱した様子でそんな言葉を口にしているが、その言葉の意味が頭に入ってこない。

 もうだいぶ聞き慣れた声。でもおかしい。いや、おかしい理由は分かっている。

 なんだ。人間意外とこういう時でも冷静なんだ。

 そう思いながら、じっと悠理の顔を見る。

「……あの、奏さん。後でちゃんと説明しますから。とりあえず、見ていないで出て行ってもらえると嬉しいかな、なんて」

 なるほど、そうなるのか。それはそうだ。だって――

「キ――イィィヤアァァァァッッッ!!!」

 ちっとも冷静なんかじゃなかった。

 奏は生まれて初めて、こんな大きな悲鳴を上げた。


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