心理戦3
九回裏、一死走者なし。
投手にとってのキーポイントは各回の先頭打者である。一死後、二死後に走者を出したとしても、連打を許さなければ、かなりの確率でチェンジに到達する。先発投手の場合は、その先頭打者を毎回抑えることができれば、失点率はかなり抑えられる。
が、抑え投手の場合、最終回の頭からマウンドに上がったとすると、先頭の一人だけを抑えるだけで3アウトに持っていける可能性が高まるのだ。その意味を踏まえると、この回、相沢が先頭を打ち取ったことはそれだけの価値があった。
カウントはワンナッシング。
土方と視線をぶつけ合いながら、相沢は第2球へと移る。
ノーワインドアップから身体を折り畳んで屈むと、地面すれすれのところから、ボールを放つ。開幕戦の時に見せたアンダースローだ。
相沢の手を離れた白球はおよそ時速90キロ前後のスピードで真ん中へと入ってくる。
土方はそのボールを捕らえに行くが、その速度の遅さが想定を超えたものだったため、体勢を大きく崩された。
「くっ、ならばっ!」
土方は、なんとかそのボールに食らいつき、カットしようとした。
が。
バットは空を切った。
土方はさらにバランスを崩し、危うく尻餅をつきそうになる。
土方のミート力、粘り強さ、選球眼は一流である。体勢を崩されたとしてもカットする技術については申し分ない。それでもバットには当たらなかったのだ。
脳内で相沢のボールを再生する土方。
土方にはすでにその正体が見えていた。
「そうか、ナックルか」
土方の推定通り、相沢が投じたのはナックルで間違いなかった。ただ、それを決め球に持ってこなかったことに、土方は大きな違和感を感じていたのである。




