ノーコメント
試合が終了すると、マスコミ各社はベンチ裏の通路で監督や選手たちを待ち、囲み取材を行うことになる。囲み取材とは、会見とは違い、その場で対象者を捕まえて取り囲んでする取材の事だ。
東洋スポーツの吉村も、他の記者たちと共に、初采配を白星で飾った森国を待ち構えていた。
暫くすると、ロッカールームから森国が姿を現わし、報道陣の前で立ち止まった。
「お疲れ様でした」
吉村が先陣を切ってそう切り出すと、他の記者たちも森国に向かい、「お疲れ様でした」と続く。
「初采配である開幕戦でしたが、白星でスタートを切れたことについては率直にどうですか?」
他のスポーツ紙の記者が、そう一つ目の質問をぶつける。
「あ、まあ、ホッとしてます」
そこからは記者たちが代わる代わる質問をしていく。短い時間の中で自分が必要な部分を聞き出すために、記者たちは静かに競争を繰り広げているのだ。
「相沢投手が先発し、以降は坂之上投手を始め、投手を何人も注ぎ込む総力戦でしたが、その意図は?」
「あれは、とにかく勝ちたかったんですよ。しかも相手はダイヤモンズですからね。勝つためには奇襲のような事を仕掛けないとと思ってましたから」
ここで吉村が声を上げる。
「監督の相沢投手への評価はどうですか?また、今日の登板で開幕投手に指名したのは何故ですか?」
それまでスラスラと答えていた森国だったが、ここで初めて考え込んだ。
暫くのちに「まずは開幕投手に指名した理由ですが、そのまま捉えていただければいいです。彼がそれほどチームにとってなくてはならない存在だという事です。ああ、彼への評価ですが、こればかりは言えません」
「言えませんとは?」
「ノーコメントということです」
森国はいくつかの質問に答えた後、取材を終えて球場を出た。
そこからは選手への取材となるが、開幕投手の相沢に対する取材は各社ともそこそこに、エースである坂之上や、この日のヒーローである石川に時間を費やしていた。
吉村は他の記者がインタビューを終え、相沢が一人になったタイミングに、近寄っていった。
「相沢投手、お疲れ様でした」
相沢は軽く微笑むと「お疲れ様でした」と返事をした。
「今日の投球は見事でしたね」
「いやいや、あれはたまたま上手くいっただけです。本当なら僕ぐらいの投手が抑えられる打者ではありません」
そう言う相沢は申し訳なさそうな顔で頭を掻いている。
「でも、さっきダイヤモンズの織田さんが『あの球は打てそうで打てない』とかって言ってましたよ」
「やめてくださいよ。僕には上で投げたり、下で投げたりパフォーマンスのような事しか出来ませんから」
確かにアンダースローからのトルネード投法には驚いた人間も多かっただろう。だが、相沢の力はまだはっきりとは見えておらず、本人もとぼけたように核心には触れない。
「分かりました。これからも頑張ってください」
吉村の言葉に、相沢はペコリと頭を下げるとその場を後にした。
「あ、そうそう、明日の東洋スポーツ楽しみにしててくださいね」と吉村が告げると、振り返った相沢はまたペコリと頭を下げて、すぐに前に向き直り歩き始めていた。




