ほろ苦き登板
藤堂からすれば不用意な一球だった。
羽柴の後続は打ち取ったものの、ベンチに帰ってきた藤堂は自らの未熟さに苛立つように、無言でストンとベンチに座り、タオルで汗を拭いた。
「悔しいか?」
藤堂に声をかけたのは坂之上だった。
「ああ、本当にすいませんでした。皆さんがあそこまでして取った点を、こんなに簡単に取り返されてしまって…」
坂之上は藤堂の隣に座る。
「あ、いや、そんなに落ち込まなくてもいいと思うんだよ。あいつは怪物だ。俺も羽柴には打たれてるからなあ。だからお前の気持ちは分かる」
藤堂の中には確かに悔しさが残っていた。
「それはそうですが…」
心苦しそうにする藤堂に対し、坂之上は背中をポンと叩いた。
「いいか、別に今打たれるのは構わん。だが、少しずつでもいい。羽柴と対戦していく中で、奴を討ち取る方法を探し出してみろ。この日をスタートにして」
藤堂は何処か吹っ切れたような表情を見せる。そう、プロの世界とは、戦いたくない相手、苦手な相手であっても対戦しなければならない。
そして、戦わなければいけないのだから、きっぱりと対策を練るしかないのである。
もちろん坂之上が成功した方法が、必ずしも他の選手で通用するかは分からない。
一番効果があるのは、自身で対処法を見つけることである。
藤堂にとってはほろ苦く、しかし身になる登板となったのだった。
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その頃、記者室は騒然となっていた。
「おいおい、どうなってんだよ、今日の試合は。毎回投手変わったり、かといって続投させたり」
「バントの奇襲は監督の指示なのか?」
記者というものは不思議なもので、白熱した展開になるとついつい独り言が口を突いて出てしまう生物である。吉村もいつの間にか「今日の試合はやたらと面白いじゃねえか」と呟いていた。
それほどこの日のレッドスターズの試合ぶりは奇天烈なものがあった。セオリーを無視し、独自の作戦で相手を揺さぶる。
そうして、吉村の頭の中に、一つの記事の構想が浮かび上がった。
そう、吉村もまた、報道側の立場で各マスコミに奇襲を仕掛けようと考えていたのである。




