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1イニングのエース  作者: 冬野俊
シーズン開幕
72/171

本当の奇襲

ダイヤモンズのバッテリーが一番警戒すべきことは、慎重さを忘れない事だった。ここまでのピンチを招いてしまったのは間違いなく、慢心と油断である。


「二死からのバントはないはずだ」「バントを連続でしてくるなど考えられない」。確かに野球のセオリーでは考えられなかったが、そこまでの可能性を追わなかった事はプロとしてみればミスである。


少なくとも警戒はすべきだった。



マウンド上の大八木自身、これまでの野球人生の中で、このような作戦は身に覚えがなかった。



だからと言って、やってこないとは限らない。



少なくともその日のレッドスターズに関しては「どんなに可能性が薄いことでもやってくる」という不気味さが漂っていた。




と、すれば次に考えて居る事は何か。



奇襲であれば、考えられるのは三連続のセーフティーバント、さらには一塁走者をもホームに返すためのエンドラン。裏をついてバスターを仕掛けてくる事も視野に入れる。



三反崎の技術を考慮すれば、バントは確かにあり得るだろう。しかも、バットコントロールとミート力もあるため、エンドランも可能性はある。




何が正解なのか。




大八木はとにかく相手の意図が知りたかった。



そして初球に選んだのは外角に外すスライダー。少なくとも、一球目からストライクゾーンに入れるのは危険すぎる。かといって際どいコースへのストレートであれば、少し内に入った場合にバントや強打を仕掛けてくるかもしれない。


「ここは様子見だ」


そう考えた大八木は自らキャッチャーにサインを出し、セットポジションに構える。



「やるならやってみろ」



そんな決意が打者を睨みつける視線に宿っていた。




ーーーーーー



レッドスターズが狙っていたのは「本当の意味での奇襲」である。


奇襲とは、相手が想定していない事を仕掛けてこそ奇襲。これまでのものは、次の作戦を成功させる布石に過ぎない。



三反崎は、マウンド上に立ちはだかる大八木をじっと見つめる。「打ってみろ」と言わんばかりの威圧感を放ちながら、セットポジションに入った。



三反崎はそのモーションに合わせてタイミングを取る。



大八木の腕からボールが投げ込まれる。スライダーだが大きく外角に外れそうだ。しかし、ここで右打者の三反崎はダイヤモンズベンチが思いもよらない行動に出る。


三反崎はそのボール球のストライクを思い切り空振り。ただ、そのボールを思い切りスイングした後、すぐさまバッターボックスの後ろに退いたのだ。





それは一瞬の出来事だった。





ダイヤモンズバッテリーは呆然としていた。三塁走者の石川がホームインを果たしていたのだから。




バントでもエンドランでも強打でもない。




レッドスターズが選んだのは、ダイヤモンズバッテリーの思考のさらに上をいく、まさに「本当の奇襲」。




打者に意識を持たせておいて、走者のみで点を取る、値千金の作戦。



そう、それはホームスチールだった。




「よしっ!完璧だ」




森国のその言葉と同時に、レッドスターズのベンチでは選手たちがハイタッチやガッツポーズを見せながら歓喜の声を上げていた。

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