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1イニングのエース  作者: 冬野俊
挑戦への第一歩
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休息 2

開幕二日前。相沢は北陸の実家に帰郷していた。休みは一日しかなかったため、日帰りになることは決まっていたが、どうしても相沢にとって帰りたかった理由があった。



相沢の実家は福井県の片田舎にある。長閑な田園風景が広がっているのは、栃谷の故郷とよく似ているかもしれない。


JR福井駅からローカル線で数十分。そこからタクシーでしばらく走った先に相沢の実家があった。


タクシーを降りて、玄関先へと向かうと、相沢の母である良子が庭仕事をしていた。


「あらー?どうしたのお?」


良子はいつでも同じ言葉で相沢を出迎える。


そしてまた、相沢も同じ言葉で『ただいま』を示す。


「母ちゃんのへしこが食べたくて」



へしことは、魚を糠漬けにしてある福井の伝統料理で、ご飯のお供に、酒の肴に、と根強いファンが多い。


現代でこそ福井ならスーパーでも販売しているが、良子は昔から自らの手でへしこを漬けていた。普段は金沢に住んでいる相沢も、ふと良子のへしこが食べたくなって隣の福井へと帰ってくることが幾度かあった。



良子は庭仕事の手を止めて、ゴム手袋を外しながら玄関へと向かう。



「ゆっくりしていけるんけの?」



「いやあ、明日からまたチームに戻るから今日は日帰りやわあ」


「ほーかー、忙しいんやのおー」



相沢の座っている目線の先、奥の仏間には仏壇が開かれ、父である義一の遺影が飾ってある。


義一がこの世を去ったのは五年前。六五歳だったが、脳卒中で倒れ、意識が戻らないままこの世を去った。


「もう父ちゃんが死んで五年かあ」


相沢に野球の面白さを教えたのは他でもない義一である。といっても、幼い頃のキャッチボールなどで、本格的に技術を教わったわけではない。


ただ、野球をやっていく上で、「好きである事」以上に大事なことはない、と相沢は信じている。


そのきっかけをくれた父に対しては、どれだけ恩返しをしても足りないほどの感謝が溢れていた。そして、その恩返しをできないまま、別れを迎えてしまったことを相沢は深く後悔していた。


「お父ちゃん、喜ぶやろのお。俊佑がプロ野球入ったって言ったら」


「しかも、父ちゃんの好きなレッドスターズやでの」


「今頃、天国でプレイボール!って言ってるかもしれんよ」


そこで母子は、示し合わせたかのように、同時に吹き出して、笑う。


きっと義一がその場に居たとすれば、一緒に笑って居たであろう。



「母ちゃん」


「ん?」


「俺は、ちょっとは父ちゃんに恩返しできたかな?」


良子はお茶を手に取りながらはにかむ。


「まだまだ足りんよ。レッドスターズ優勝すれば、ちょっとは足りるかもしれんけどのお」



「まあ、それを目指して頑張ってみるわ」



久しぶりに、良子と遺影の中の義一に会った相沢。今まで何の恩返しもできて居なかったため、良子のそんな言葉を聞いて、多少の安心を得られた事は確かだった。


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