大切な人 4
隅田に待ち受けて居たのは二軍落ち。それもまあ、当然のことではあった。どこのプロ野球に、三試合で5回もエラーをする選手がいるだろう。プロとは観客にお金を払って見に来てもらい、それに見合うだけのプレーをしなければならない。
隅田は後悔した。
確かに加奈子の死は想定外だった。それでも、試合を見に来てくれた人たちには申し訳ないことをしたし、チームのメンバーにも迷惑をかけてしまった。
「俺はもう、一軍とか二軍とかの問題ではなく、プロ野球選手ですらないのかもしれない」
隅田は二軍落ちしたその日、ファームの試合が行われる地元のホーム球場に向かった。
そして、隅田が到着すると、球場入り口で待っていたのは、スカウトの小川だった。
「おう、隅田」
隅田は久しぶりに見る小川の顔に少し安心感を感じていた。
「小川さん…」
明るく振舞おうとはする隅田だったが、どうにも声が出ずに、表情も上手く笑うことは出来なかった。
「聞いたよ。彼女さんのこと」
隅田は球団の関係者には誰にも伝えていなかったが、風の噂で小川の耳に入ったのかもしれない。
「お前には黙ってて申し訳なかったが、実は詳しいことも加奈子さんの母親から聞いたんだわ」
隅田は驚いた。
「なぜ、小川さんが加奈子のお母さんを知ってるんですか?」
「実はな、昨日、球団の事務所に電話がかかってきたんだよ。加奈子さんのお母さんからな。それで、聞いてみたら隅田の彼女のお母さんだっていうから、俺が用件を聞いたんだ」
「お母さんは何て?」
「お前のあの五連続エラーの事を心配しててな。あのエラーは、いつもの実力なら絶対にやらかさない失敗だから、二軍落ちをなんとかしてもらえないかとな」
「そうだったんですね」
隅田は加奈子の母がそこまで気にかけてくれていたことに、深い感謝の気持ちしかなかった。一軍での試合があったために通夜も葬儀も出席は出来なかったが、それも加奈子の母は「加奈子は隅田さんが試合に出てくれた方が喜ぶから」と送り出してくれた。
「ああ。もちろん、俺たちの世界はプロの世界だから、それは出来ないと伝えたさ。でもな、隅田、これからできることは沢山あるんだぞ」
隅田には実感が湧かなかった。
「これから…できること?」
「これから努力するんだ」
隅田はその「努力」という響きにどうしても共感できなかった。
「努力…ですか?努力したら加奈子は…帰ってきますか?」
その精神状態はかなり追い詰められていただろう。小川ははっきりと隅田に告げる。
「帰ってこない。加奈子さんはもう居ないんだ。だがな、残ったお前は今のままで良いのか?」
隅田はもう答えなかった。大切な人を失い、野球というものに希望が見出せずにいる状態では、小川の声は届かなくて当然だった。
小川は「好きにすれば良いさ。プロは結果を出さなければすぐにクビだしな」と半ば諦めたように隅田を見つめ、そこから去っていった。
小川が立ち去った後、隅田はずっと考えていた。
隅田にとって、野球とは、加奈子とは、そして自分の人生とは一体何なのか、自身に問いかけ続けていた。
今、自分がやるべきことは何なのかと。




