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1イニングのエース  作者: 冬野俊
挑戦への第一歩
43/171

努力の人 1

隅田正義。35歳。中国レッドスターズのショートとして、これまで活躍してきた。長打力には乏しいが、バント、エンドラン、盗塁と、打席でのバリエーションが豊かで、一方の守備では堅実さを売りにここまで歩んできた。


「あのさ、ちょっと良いか?」


練習中のグラウンドで隅田に声をかけられたのは真木だった。


「あ、隅田さん、何ですか?」


真木誠は昨年ドラフト2位で指名され入団した。大学時代は東京六大学野球でも好打者として活躍し、東都大の中心選手として実績を残していた。チームメートが羨むほど、整った目鼻立で、女性ファンからもすでに注目を集めていたほどだ。


「ちょっと、頼みたいことがあるんだが…」


隅田は真木に対して「守備練習を手伝ってほしい」と伝え、ノッカーとして真木を指名した。


「あ、でも、僕としては恐れ多いぐらいありがたいことなのですが、隅田さんは僕で良いんですか?」


隅田は「ああ、お前が良いんだ。もし、必要なら後でお前にもノックするから」と返す。


「分かりました」と答えた真木はグラウンドのホーム付近まで行き、ノックバットを構えた。


「それでは、行きますね」


真木の一本目の打球は隅田の正面へ。その打球は何の変化もないショートゴロだったが、隅田はどれだけ簡単なバウンドであっても、丁寧に捕球体制を確認しながらキャッチした。



次に放ったのは三遊間。

ゴロのスピードは遅めだが、多少バウンドがあり、隅田はそのバウンドの軌道を読み切って正面に回り込んだ。


三本目。再び三遊間に向けて放たれた打球だったが、二本目と比べて明らかに速いゴロ。隅田は素早いスタートからボールに向かい、今度は飛びついた。ボールには惜しくも届かず、レフト前へと抜けていく。



そこから、真木は次々とショートへノックを放っていく。速いゴロや遅いゴロ、コースも三遊間、二遊間と打ち分ける。だが、50球を超えても隅田は止めようとしない。隅田が肩で息をしているのは真木がホームから見ても明らかだった。


体力の衰えは隠し切れない。



「あ、あの、隅田さん、大丈夫ですか?」


思わず真木がそう声を掛けると、隅田は「全然大丈夫だ!」と顔を歪めながら構えている。


真木は心配になりベンチ付近にいた森国を見るが、森国はただ微笑を浮かべるだけだった。


真木は仕方なくノックバットを握り直し、再びボールを打ち始めた。


ノック数が100球を超えた。真木は手を抜いてなどいない。最初からボールに強弱を付けながら、補給する選手がなるべく予想ができない弾道でボールを打ち続けた。


ノックが150球を超えた時、とうとう体力の限界を迎えた隅田が倒れた。終盤はほぼ全力で左右に動き、ボールに飛びつき続けたのだから、無理もない結果だった。



真木は驚きからショートへと飛んで行き、隅田の様子を伺う。


「だ、大丈夫ですか?」


隅田は「はぁ、はぁ」と呼吸をするのみで、横向きに倒れたまま、暫く動かなかった。


真木が、その隅田の身体を起こそうとすると、突然「触るな!」と怒鳴り声が飛んできた。


それまで微笑んでそのノックの様子を見ていた森国だったが、真木が隅田に触れることについては、厳しい口調でそれを止めた。



「真木、戻れ」


「いや、でも…」


「良いから戻れ。まだ隅田はノックを受ける気だぞ」



見てみると、隅田は必死に身体を起こし、立ち上がろうとしている。



真木はどうしていいか分からず、とにかく森国に言われるがまま元の位置に戻る。



「おい、良いか、真木!遠慮するな!隅田が、ノックを受けたくなくなるくらい、厳しい打球を打て!」


森国はそう声を荒げた。



隅田は決してノックを止めようとしなかった。


一本打ち、飛びついて、倒れて、起き上がる。次は逆方向に飛びついて、倒れて、また起き上がる。その繰り返し。


ノックの球数が200に達しようかという頃、隅田はユニフォームはもちろん、顔、手、腕に至るまで頭からつま先までグラウンドの黒土によって、真っ黒に染まっていた。


最早、アメリカのB級映画に出てくるゾンビのようだった。意思を持たずして何度も立ち上がる姿はそう表現するのがぴったりだった。



そして、迎えた215球目。



隅田は補給の体制に入った直後、前のめりにゆっくりと倒れた。


真木にとってはその動きはひどくスローモーションで、隅田の倒れこむ音だけが脳内に響いてくるような感覚だった。




ここまできてようやく、チームスタッフが隅田の元に駆け寄り、担架で隅田を運んでいった。





ホームでへたり込み、隅田の凄さを実感していたのは他の誰でもない真木だった。




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