優勝への覚悟
次の日のミーティング。森国はホテルの会議室で、開幕戦のオーダー構想を選手たちに伝えていた。
ホワイトボードにはグラウンドの絵と、各ポジションに選手名が書かれていた。
「真木、一軍に上がってもらったばかりで悪いが、お前はサードに入ってもらおうと思う」
真木は何も答えず、じっと森国を見つめている。
森国が「頼んだぞ」と付け加えると、真木は意を決したように頷いた。
だがここで別の声が上がった。
「監督、ちょっと良いですか?」
そう反論したのは捕手の蔵前だ。ガッチリというよりは、ふくよかと言った方がいい体型で、それは年齢を重ねるごとにスケールアップしているように思えた。顔はそこまで肉付きの影響はなく、バストアップだけ見ればダンディーな男性。頑固なところと融通がきかないところがたまに傷だった。
開幕オーダーの捕手の場所には辻の名前が書かれていた。
「何だ、蔵前」
「私は納得できません。確かに辻は若いし、打撃にも勢いがあります。ですが、まだまだ荒削りな部分もあると思うんです。私ではないという理由を教えていただけませんか?」
「蔵前、お前は開幕メンバーにこだわりがあるのか?」
「もちろんですよ!うちのチームの場合、一年でも一番注目を集めるのは開幕戦だと思います。しかもダイヤモンズ戦ですよ!」
「そうか、それなら開幕は蔵前で行く」
それに驚いたのは当の蔵前だ。
「えっ、そんなに簡単に変えて良いんですか?このオーダーは」
「ああ、良いよ。ただ、開幕戦が終わったらお前は二軍だな」
蔵前が慌てて席を立つ。
「ちょっ、ちょっと、ちょっと!待ってくださいよ!もう全く意味が分かりませんよ!」
森国は飄々とした様子で答える。
「それじゃ、説明をしようか。その前に、辻に聞いておきたい。お前は開幕戦にこだわりはあるか?」
突然質問された辻は最初、どう答えようか悩んだ様子だったが、それもわずかな間で思いを述べ始めた。辻は蔵前とは打って変わって中肉中背。筋肉質でガッチリとした体つきだった。だが、性格は少し弱気でそれがレギュラー獲得にも少なからず影響はして居ただろう。
「いえ、私はこだわりがあるとかないとかの前に、まだ実力不足だと思いますので。さっきも名前があって驚いたくらいですから。ただ…」
「ただ、何だ?」
「私は開幕戦よりクライマックスシリーズとか日本シリーズの方が注目を集めると思います。その舞台では正捕手で居られるように、今シーズンは頑張りたいと」
もう、蔵前にも分かったようだった。キャンプであれだけ森国がテコ入れをしたのはもちろん、優勝を目指すためだ。
にも、関わらず、蔵前はこれまでのシーズン通り、優勝する事をハナから諦めているように、『開幕戦が一番注目を集める』と言ってしまった。
「な、分かっただろう、蔵前。気持ちの差だよ。お前に足りないのは。だからこそ、開幕は辻で行こうと思ったんだ」
蔵前は何も言い返さず、再び椅子に腰を下ろした。
「蔵前、聞いてほしい。そして、みんなにも聞いてほしい。俺はこのチームを優勝させたい。何としても優勝させたいんだ。捕手だって辻一人じゃ無理だ。蔵前がいなければ投手全員の持ち味は出せないし、チームも回らないと俺は思ってる。だから、信じてくれ、俺を。このシーズンだけでいい」
選手たちは言葉を発することはなかった。
しかし、返事がなくともその目は森国の言葉にきちんと応えていた。
何より必要なのは意思の統一であり、それが出来れば、少なくとも昨シーズンよりはいいチームとして生まれ変われるはずだと、森国は考えていた。




